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水の都にて3


「お帰りなさいませ」

 ナターシャ家別荘の入り口では、数時間前に会った使用人が3人を待っていた。ずっと立っていたのだろうかという疑問を飲み込み、彼が開けてくれた扉から屋敷の中へ入る。

「うわぁ、広いね……」

 セレマウの法皇モードは対貴族用のためなのか、使用人たちの前での彼女はいたって普段通りの自然体だ。

「これで別荘ですか……首都のうちより数段豪華ですね……」

 ナターシャ家別荘を見回したナナキは実家を思い出し、若干引いた様子で屋内を見渡していた。天井からつるされたシャンデリアは煌々と明かりを放ち、もう日も暮れたというのに屋内を明るく照らす。随所に施された鏡の装飾が灯りを広げる役割を持っているようだった。

「最後に来たのはいつだったかしらね……」

「お嬢様がいらっしゃったのは、もう13年前になりますかね。シックス坊ちゃんの10歳のお誕生祝いに、ご家族でいらっしゃったときです」

 別荘内の部屋を案内する使用人が、懐かしい記憶を思い出すように教えてくれた。13年前といえば、ユフィはまだ3歳頃。ほとんど記憶にない話だった。

「母様だけじゃなく、父様もきていたの?」

「はい。先々代法皇様より強制休暇を与えられたのだとお聞きしております」

 先代法皇88世の治世はわずか5年であり、13年前は法皇87世の時代、リトゥルム王国との戦いも苛烈を極めた頃のはずである。

 そんな中で皇国軍軍事最高顧問たる父までも水の都でバカンスをしていたとは、ユフィには想像もつかなかった。現在もユフィの父エドガー・ナターシャは同役職のまま皇国軍の総司令官を務めている。使用人が坊ちゃんと呼んだユフィの兄であるシックス・ナターシャは大司教の近衛騎士団長であり、塔の守護者と呼ばれるほどの実力者だ

 今ではすっかり兄も出世してしまい、ユフィにとって家族が一緒に集まった記憶など、ここ数年思い出せなかった。

「家族旅行かぁ。いいねっ」

 使用人に案内された部屋は3部屋あったのだが、その中でもセレマウにあてがわれた部屋に3人は集まっていた。ベッドに座り、セレマウが先ほどの使用人の話を思い出しユフィに笑顔を向ける。

「私はほとんど覚えてないけどね」

 そう言いながら横向きにセレマウを眺めつつ、苦笑いを浮かべるユフィ。

 恒例になった一つのベッドに3人で寝っころがるという構図に、ナナキも既に慣れを見せているようだ。

「13年前といいますと、我が父もまだ現役で皇国軍に所属していた時期ですね」

「そっか、公爵も言ってたけどナナキのお父さんも昔は皇国騎士だったんだね」

 そう聞くと、幼い頃、いや生まれる前からからずっと戦争続きだったのだと考えさせられる。東部出身のセレマウはそのイメージは強くないのだが法皇に据えられてからはずっと誰が出陣し、誰が戦死したという報告を数多く受けている。

「戦争、無くならないかなぁ」

 セレマウの囁くようなつぶやきに、ユフィとナナキは答えない。答えられない。

 こんな平和で美しい街があるのに、世界は戦争をしているのだ。

 皇国軍に属し戦場を経験するユフィには、このまま戦っていればいつか平和が訪れるとは、到底思えなかった。自身はまだ戦場にはでていないが、父やユフィの話を聞くナナキも、戦争が終わる未来は見えない。

 セレマウにそんな世界を見せたい、そんな世界を統治してほしいとは願うが、力なき理想は夢に過ぎない。自分一人で世界を変えられると信じられるほど、ユフィもナナキも愚かではない。

 少しだけ場の空気が重くなった時だった。

「お嬢様、“湖風呂”のご用意ができましたが、お入りになられますか?」

 沈黙を壊すように、ノックの後、扉越しに屋敷のメイドであろう女声が届けられた。

「湖風呂っ!?」

 その単語に真っ先に反応したのはセレマウだった。普段は見せない機敏な動きで上体を起こし、扉へ向かって聞き返す。

「ねぇねぇ、何それっ」

「公爵の宮殿や一部の邸宅では、湖に入水できるとは聞いておりましたが、湖風呂とは聞いたことがございません……」

 律儀に答えるナナキもどこかそわそわしていて、興味津々のようだ。

 扉を開けたメイド服姿の使用人は、にこやかな表情を浮かべたまま、一礼して説明を始める。

「ナターシャ家の使用人どもで開発した、湖の一部を囲い、湖水に浄化魔法を重ねた後、水魔法で適度に加水し、魔道具により加温したお風呂にございます。湖水の塩分濃度により美容効果が高く、水魔法による加水のため魔力回復も望めるとあり、使用人たちの中でも人気なのですよ」

 ナターシャ家の別荘だが、激務をこなすナターシャ家の一族はなかなかこの屋敷にはやってこない。使用人たちが暇だったからこそ開発した施設なのだが、美容効果が高い、という言葉に年頃の少女三人の目は輝いていた。

「はいるはいるっ」

 目を輝かせるセレマウは起き上がり、ユフィとナナキの手を取る。その身分差から本来であれば入浴を共にするなど有りえないのだが、子どもモードのセレマウにそんな道理は通じない。

 一緒に入らない、などといえば彼女が悲しい顔をするのを知っている二人は何も言わずメイドに案内されるセレマウについていくのだった。


「わっ、すごい、勝手に浮くっ」

 案内された湖風呂と呼ばれる浴室は、ナターシャ家の別荘の一角に作られていた。5メートル四方はあろうかという大きな浴槽はヒノキで作られているようでいい香りがした。湖水100%であればどうやっても全身が浮いてしまうのだが、適度に加水されたおかげか、浴槽内の段差に腰掛けることができるようだ。それでもふわっと両手が勝手に浮かびあがるのは、水の都の湖の力なのだろう。

「このくらいあると泳げちゃうねっ」

 脱衣所で服を脱いだセレマウはタオルも持たずに浴槽に飛び込み、はしゃいでいた。一糸纏わぬ姿になることに少しだけ抵抗のあった二人はタオル巻いて、浴槽の外側からはしゃぐセレマウをやれやれといった様子で見守る。

「お風呂で泳ぐんじゃないわよ」

 ばしゃばしゃと水しぶきをあげるセレマウに注意しながら、ユフィもタオルを取って湯船につかる。

「わっ、ほんとだ、変な感じ」

「むむ、たしかにこれは初体験ですね……」

 後ろで束ねた髪をほどいた姿のナナキもユフィに続き湯船につかり、経験したことのない浮遊感を味わっていた。少しだけ白い半透明のお湯を両手ですくい、まじまじと眺める。

「気持ちいいねっ」

 ざばっと湯船の中心部で立ち上がったセレマウはご満悦の表情で二人に笑顔を振りまく。

「……いいなぁ」

 笑顔のセレマウとユフィの視線は合わない。そっと自分の胸に手を触れたユフィ視線が、セレマウの顔よりも少し下に向けられていることに気づいたナナキは、思わず笑ってしまう。

「あ! 何笑ってるのよっ」

「す、すみま、ひゃあ! やめてくださいっ」

 普段はゆったりとした法衣を着ているため意識しづらいが、3人の中で最もシルエットの凹凸が大きいのがセレマウであり、ナナキが次点だ。まだかなり発展途上のユフィがそれに対し思わず本音をもらしたのだが、それは笑ってはいけない虎の穴だったのだ。

 そしてナナキはユフィの襲撃を食らう羽目になる。

「え、楽しそう! ボクもまぜてっ」

 取っ組み合いのようなじゃれ合いを始めたユフィとナナキを見て、セレマウがそれに参加する。

「あんたは少しくらいわけなさいっ!!!」

「ひゃぁ!!」

 セレマウの胸を鷲掴みしたユフィが、その後しばらく阿修羅の如く暴れまわっていた。 

 結局、落ち着いて入浴などできるはずもなく、3人のじゃれ合いはしばらく続いた。ナナキの中でユフィにスタイルの話をするのはタブーだと、強く心に刻まれる。完璧な美を備えた顔立ちとはいえ、人間誰しも欠点はあるのものだ、そう自分に言い聞かせる。それを欠点などと言ってしまえば、また逆鱗に触れることは間違いなく、その思いはしっかりと心の中で留めておくことにした。

 3人の美少女たちはその後疲れるまではしゃぎあい、ナターシャ家使用人の特製湖風呂を出て夕食を食べたあとは、3人揃ってぐっすりおやすみとなったのは言うまでもない。

 法話まで残り7日。

 セレマウに残された幸せな旅は、もう半分を過ぎたのだった。



次話に続きます。

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