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08

「貿易に制限を設ける、というバタノフ王の案には賛成だ。しかし許可を受けた交易船とその他をどうやって見分けるつもりだ」

「ダールでは割り札を持っとるね。二つがぴったり合ったら正当な取引相手や。それに代わるものを考えたらええんちゃう」


 勘合貿易、懐かしい。シマを荒らされて憤慨していたダニエルに提案したのだがまだ現役だったらしい。


「船が行き交うようになればそれを狙う海賊も出るだろう」

「まあ、出るやろね。各自自衛するしかないわ」

「武装した船を領海に入れろというのか!」


 眉間にしわを刻んだ武王が苛立ちを含んだ声をあげる。

 武王アレクシス・アルバーンは機嫌の悪さを隠そうともしない。

 大声を上げているわけではないが、武王の二つ名に相応しい堂々たる体躯から発せられる低い声には威圧感がある。

 話し合いが始まってはや数時間。遅々として話は進まない。

 ――疲れた。ふかふかの布団にくるまりたい。あー、そういえば洗濯物干したまま。エアコンも入れっぱなしだったような。まあ元の時間に戻れるから関係ないけど。

 開始宣言からものの数分で私の現実逃避ははじまっていた。

 黒のヴェールのおかげでどこを見ているかわからないのをいいことに、大半の時間をステンドグラスの模様を眺めることに費やしている。

 だって一介の会社員、それも一年目の私に、この世界の明日を決めると言っても過言ではない事案の採決などできるわけもない。

 六大陸の代表者が自分たちで知恵を絞ればいいのだ。

 ずずっと四杯目のジュースをストローで飲み干す。耕王カミーユの国で食べた果実の味がする。この離島で採れるとは思えないから、わざわざ持ってきたのだろう。

 行儀悪く音を立てたのがいけなかったのか、ダニエルを捉えていた武王アレクシスの鋭い眼光が私に向けられた。


「会談に参加する気がないと見える」


 そのとおり。

 いや、最初は表面上だけでも頑張ってたよ。

 なんせ今回のコンセプトはチョモランマよりプライドの高い神の御使様である。

 背筋を伸ばして椅子に腰掛け、皆が何かを発言する度に鷹揚に頷いて見せたりしていた。

 この中で一番偉いのは私だ。文句あるか。という雰囲気を醸し出していた……はず。

 でも、端から興味がない上に、全く進まない会談を数時間も聞かされれば飽きもする。

 アレクシスは他大陸からの侵攻を危惧した発言しかしないし、カミーユは自大陸に根付きそうな植物を探るのに忙しそうだし、サルヴァトーレは相変わらず弦楽器を抱えてるし、ナルヒは一言も発言しない。一番建設的だと言えるのはダニエルで、いかに有利に大陸間の商売を軌道に乗せるか模索している。だが、それがアレクシスの気に触るようで、さっきからずっと衝突していた。因みにパーヴェルは当初、二人の間に入っていたが、途中から匙を投げたようで静かにお茶を飲んでいる。

 私は慌てず騒がずアレクシスに顔を向ける。


「呆れました。あなた方ときたら自分のことばかり」


 とくにサルヴァトーレ。つまらなそうに楽器を撫でるのをやめろ。


「他者を理解しようという気持ちが足りないのではありませんか? 武王アレクシス・アルバーン。貴方の辛い過去は存じております。しかし相手を信じる気がないのでは話は進みませんよ」


 アレクシスの眼光がより一層険しくなる。

 昔からその切れ長な目には独特の迫力があったものだが、月日の流れはそれに磨きをかけたようだ。

 今は他の王の目があるからいいものの、二人きりで睨まれたら震え上がりそう。


「商王ダニエル・ダールクヴィスト。自国の利益ばかりを優先させるのは賢いやりかたとは思えません。損して得とれ、という言葉があります。皆が豊かになればより大きな見返りが得られるはず。もう少し未来に目を向けられてはいかがですか」


 何よりも金を愛しているのは知っているけど、商人代表じゃないんだから。

 上から目線で偉そうに言ってみたが、もちろん私に皆が納得するような妙案があるわけではない。

 言うだけ言って放置。あとは知らぬ。

 私の目標は、この一年を無事に過ごすこと、それだけだ。


「バタノフ王、このヤマダと言う女、信用できんのではないか? 聖女などと……胡散臭いことこの上ない」


 皆が皆思っていても今まで口に出さなかった一言を、アレクシスがついに言葉にした。


「お気持ちはわかります。ですが、神の御使でないのなら、この孤島にどうやって入り込めたというのです? 万一の事態を避けるため、人員の入島は特に厳格に行いました。それは武王とてよくご存知のはず。只人ではないと思えばこそ、聖女ヤマダの臨席に納得なさったのでしょう。ご自身の言を覆されるのですか?」


 うんうん、一度納得したならば今更しのごの言うのは良くない。

 口には出さず、こっそりパーヴェルを応援する。

 なんなら、神の奇跡を知らしめるため、いつでも腕を切ってみせる所存だ。

 私を睨みつけていたアレクシスが苦虫を噛み潰したような表情で顔をそらした。


「俺はただ聖女を騙る女を見てみたかっただけだ。聖女など――いない」


 唾棄するようにそう言うと、アレクシスは腕を組み、目を閉じた。

 その態度は随分と頑なに見えた。


「かまいません、信じるも信じないも自由です」


 パーヴェル相手にやったように「不愉快です」と言い放って出て行きたいところだが、この部屋から出て行ったところで島から出られるわけではない。

 聖女たるもの、器の大きさを示す機会も必要だろう。

 私はさも気にしていませんというように、皆の顔を見回した。

 それにしてもアレクシスは随分と偏屈な男になったものだ。

 そもそも私が聖女を自称するようになったのは、アクスウィスでの経験が大きい。

 劣勢だった戦況が好転した。その切っ掛けを私が作ったことで、誰かが冗談半分で聖女と呼び始めたのが始まりだった。

 当時はそう呼ばれるのが恥ずかしくて、辟易したりもしたけれど、人は奇跡を求めるものだと知った。

 だから異世界で少しでも快適に生きるために奇跡を求め縋る気持ちを利用することにしたのだ。

 六年前のアレクシスは、国を滅ぼされるという憂き目に遭いながらも、腐らず諦めず仲間と共に立ち上がって懸命に戦う健気な少年だったのに。


 ――六年?


 じっと彼の顔を見つめる。

 ずっと気になっていたのだが、やはりおかしい。

 アレクシスめっちゃ歳とってない?

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