01
今日は私の二十二回目の誕生日。
社会人になって一人暮らしをはじめ、数ヶ月がたった。
西の端に位置する部屋は夏の暑さには辟易するけれど、見晴らしはいい。
夕焼けに照らされ赤く染まる部屋の中で、私は呆然と呟いた。
「嘘でしょ」と。
私には秘密がある。
誰に話しても信じてもらえないが故の秘密だ。
私は過去に六度異世界に召喚されている。
誰に呼ばれたわけでもないから、厳密には召喚とは違うのかもしれない。
けれど私はそれ以外の言い方を知らない。
六度の召喚はいずれも誕生日の夕方に起こった。
もしかしてと思って産まれた時刻を確認したら夕方だった。産まれたその日その時刻に私は異世界に飛ばされているらしい。
初めて異世界の地を踏んだのは一六歳の誕生日、それから毎年、毎年、違う地に飛ばされる。
そしてきっちり一年経って日本に戻るのだ。
全くふざけている。
現世と異なる世界を往復する。なんてデタラメな体質ながら、日本で人並みの生活がなりたっているのにはわけがある。
一つは異世界にいる間は体の成長が止まっていること。もう一つは異世界にいた一年間がなかったかのように一年前の日本に戻されること。
どちらか一つでも欠けていたらと思うとぞっとする。
一年前の記憶を綺麗に維持できるはずもなく成績は一年ごとに下がるし、衣服が異世界のものに変わっているなどの苦労もある。それでも六度も召喚されると慣れるものだ。
誕生日の夕方は、心の準備をして一人で過ごすのが慣習になっていた。
今年も異世界に飛ばされる日がやってきた。そう身構えていたのに……
「飛ばされない」
もしかして壁掛け時計が故障しているんじゃないかと、スマホで確認する。
「過ぎてる」
いつもならとっくに異世界にいる時間だった。
「過ぎてる! 過ぎてる! 飛ばされない!!」
傍迷惑な因果に勝ったと、その時の私は確信していた。
浮かれに浮かれて、飲み屋に繰り出し、友人たちとしこたま酒を飲み美味しいものを食べた。
寝る時は少し怖かった。今日本にいることが夢で起きたら見知らぬ遺跡やら森やら草原にいるんじゃないかと想像してしまったから。
けれど、翌日、目覚めても私は日本にいた。
翌日も心は軽かった。会社が休みだったこともあり、朝から遊びに出かけた。新しい服や靴を買って、美容院で初めて髪を染めた。
その日の夕方……私は見知らぬ泉に足を浸した状態で、叫んだ。
「嘘でしょ!?」
右を見ても森、左も見ても森。足元には小さな泉。
また異世界に飛ばされたのは火を見るよりも明らかだった。
この六年回きっちり同じ日、同じ時刻に起こっていたというに。
まさかのフェイント。
「信じられない。誰か嘘だって言ってよ」
呟けど、周囲に答えてくれる者はいない。
澄んだ泉は雪解け水のように冷たい。肌を刺すような冷たさに耐えかねて、ざぶざぶと水をかき分けて陸にあがる。
びしょぬれになった足を見てがっくりと肩を落とした。
「この靴高かったのに……」
奮発して買った憧れのブランドの皮靴が台無しだ。
昨日はどんな場所に飛ばされてもいいようにスニーカーを履いて、長袖長ズボンに身を包んで準備していた。
今日はヒールにスカートにブラウスだ。
おまけに人気のない場所である。
私は目一杯肺に空気を吸い込むと叫んだ。
「責任者でてこーーーーーい!」
答えるものは当然いなかった。
梢の向こうから長閑な小鳥の鳴き声が聞こえるのみである。
「とりあえず。人里目指そ……」
叫んだら少し、すっきりした。私は不安定なヒールの靴で森の中を歩き始めた。
どの方角を目指せばいいかなんて分からない。それでもパニックにならないのはこれまでの経験があるからだ。
度重なる召喚で得た結論だが、どうやら私は、人が利己的に召喚したのではないらしい。
なぜ、何度も異世界に召喚されるのか、私は異世界に飛ばされる度に自問し、また出会った人々に質問をぶつけた。
ある者は、神の意思だと言い、ある者は世界に請われたと言い、ある者は精霊の気まぐれと言い、ある者は必然と言い、ある者はすこぶる運が悪い結果だと言い、ある者は親和性の問題だと言った。
要するに全くわからない。
分からないけれど、六回中六回とも、それほど時間をおかずに人に出会え、生き延びて、日本に帰れた。
――だから七回目もきっと大丈夫。