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 まずは、このバツィンの邪魔なドレスをどうにかしなければ。

 適当な理由をつけて動きやすい服を手に入れよう。

 さっと手で払ってドレスの皺を伸ばすと、廊下に出る。


「聖女様! 失礼いたしました」


 扉を開けたところで侍女の女性と鉢合わせした。手には服が乗せられている。


「着替えをお持ちいたしました」


 どうやら寝間着を持ってきてくれたらしい。

 背後には軽食が乗ったトレイを持った侍女さんもいる。


「お気遣い痛み入ります。ちょうどお願いに上がろうかと思っていたところです」


 食事をテーブルに並べてもらい服を受け取る。


「ありがとうございます。今日はもう結構です。考えをまとめたく思いますので朝まで一人きりにしていただけますか」


 部屋の中に待機しようとする侍女さんズに退室をお願いした。

 二人は「かしこまりました」と頭を下げると、部屋を後にする。

 窮屈なドレスと違い、バツィンの寝間着は男性も女性も同じ、動きやすい羽織とゆったりとしたズボンだ。

 日本なら近くのコンビニぐらいなら行けてしまう格好である。

 あまりに楽なので、この服で城の中を歩いたらパーヴェルに見つかり、小一時間説教をくらい涙目になったものだ。

 紺色の上下に着替えると、皿の上からサンドイッチを一切れつまんだ。

 燻製の肉と新鮮な野菜が、ハード系のパリッとしたパンの食感とよく合う。見た目に楽しいサデーロの食事も美味しかったが、バツィンの料理も負けていない。

 ズボンの腰紐をギュッと締めると、私は窓を開け外に出た。

 十歩も進まないうちに建物の角から足音が聞こえ、さっと近場の藪に身を隠す。

 今の私はヴェールを被った寝間着姿の珍妙な不審者である。見つかるわけにはいかない。

 アクスウィスでは半年近く、森の中で暮らした。ダールでは最初の一月はほぼ野宿だった。森に身を隠す術には少しばかり自信がある。

 ナーリスヴァーラ特有の腰まであるケープを羽織り、フードを被った女性が通り過ぎるのを見て、これだと思った。

 ナルヒほど目深に被りはしないが、ナーリスヴァーラの女性は基本的に肌が人目に晒されるのを好まない。ケープの下はロングスカートだったり、ガウチョだったりするから、今の私のズボンでも違和感はない。

 森の中を移動しながら、建物を遠巻きに観察する。

 ナーリスヴァーラの人々が滞在している区画を見つけようと思ったのだ。

 警備の兵の目を掻い潜り、さらにナーリスヴァーラの人々の目を盗み、ケープを盗み出す。いざとなれば「聖女ですが、何か?」攻撃で乗り切るつもりだが、それでもリスクは高い。

 しかし、すぐにそんな手間もリスクも負う必要がなくなった。

 洗濯場をみつけたのだ。

 はたはたと風に靡くケープを一枚拝借して羽織る。ヴェールは外し、フードを被った。

 これで傍目にはナーリスヴァーラの人間に見えるだろう。

 あまりにすっぽりとフードを覆って顔を隠してはかえって怪しいので、目元が影になるぐらいにしておく。

 幸いにして今は夜だ。簡単に顔の判別はつくまい。

 建物内部に戻ると、なるべく松明から離れた場所を歩く。

 まずはぐるりと内部を一周。

 思ったよりも広かったが、風呂場や炊事場や兵士がたむろする食堂など大事な場所は把握できた。

 炊事場では夜の警備を担当する兵向けの食事や飲み物が用意されていた。

 兵や侍女が好き好きにそれらを手にしている。

 私は素知らぬ顔で、トレイを手に取りいくつかの皿をのせた。

 あとは……アクスウィスの兵士を探すだけだ。

 トレイを持って、再度ぐるりと一周。

 今度は建物内部ではなく、暗い外を。

 ほどなくして手頃なアクスウィスの兵が見つかった。休憩中のようで篝火に手をかざし立ち話をしている。

 まだ若い。二十代半ばだろう。一人は金髪で、もう一人は黒髪だ。

 十二年前の話を知っているとは思えないが仕方がない。

 何か手がかりになる話でも聞ければいい。


「アクスウィスのお方々」


 声をかけると、振り向いた兵士たちは一様に不思議そうな顔をした。

 ナーリスヴァーラの人間が何の用だと思ったのだろう。しかし私が手にするトレイに目を落とすと、その顔が嬉しそうに綻ぶのを見逃さなかった。


「夜の警備、お疲れ様でございます。これからは六大陸が力を合わせる時代。友好の第一歩に、分け隔てなく心を配るようにと主より申しつかっております。お夜食などいかがでしょう」


 湯気を立てるスープにふっくらと焼いた卵を挟んだパン。それから甘味も調達した。

 金髪の兵が相好を崩す。


「それは有難い」


 言って、スープに手を伸ばす。


「ささ、遠慮なさらず」


 未だ戸惑い気味の黒髪に、スープを押し付ける。黒髪の兵は、両手で包み込むようにお椀を受け取った。


「冷めないうちにどうぞ」


 そう言って促すと、黒髪はスープに口をつけ、はぁと息をこぼす。

 夜の警備は冷えるのだろう。

 二人の体と心が解れるのを待って私は口を開いた。


「六王の会談が無事に開かれ安堵しております。ナーリスヴァーラは穏やかではありますが長きに渡り停滞した国。此度の世界の変化についていければよいのですが……。ときに、アクスウィスは戦乱が続き大変であったと聞きました」


 二人の兵士は揃って頷いた。


「ええ、ですがアクスウィスが戦火に苛まれたのは、過去になりつつあります。それもこれも武王が帝国を倒したおかげですよ」

「武王の武勲はナーリスヴァーラにも響いております。過去……ということは帝国の残党などはもういないのですか? あれほどの勢力を誇った国です。地下に潜り、例えば、武王の仲間を捉え、再起を図ろうとしているなどということは……」


 二人は顔を見合わせた。


「帝国を倒した直後はそのようなこともあったという話は聞いたことがあります。なんでもファウラー将軍が残党狩りに躍起になっておられたとかで……。ファウラー将軍は長く武王の右腕として活躍されている方で、鬼神と崇められています。ですから、そのような輩は一掃された、と思っています」


 私は「そうですか」と頷いた。


「ああ、噂をすれば、ファウラー将軍が……」


 黒髪の兵士が私の背後に視線をやって言う。

 一気に血の気が引いた。


「ファウラー将軍もこの島にいらっしゃっているのですか?」

「ええ、当時の話を聞きたければ、将軍本人に聞かれては? 気さくな方なので、きっと面白い武勇伝を話してもらえますよ。将軍!」


 金髪の兵が、ありがた迷惑にも声を上げた。私はトレーを二人に押し付けて口早に告げた。


「い、いえいえ。私などが将軍のお時間を頂戴するなど、おこがましいことでございます。あ、いけない。やり残した仕事を急に思い出しました。では、私はこれで……食器はあとで食堂に戻しておいてください」


 フードを抑え、サイがいるだろう位置と正反対の方向に歩き出す。

 背後で話し声がする。

 サイと二人が話している声だ。

 走りだしそうになる足を抑え、私は歩いた。

 松明を避け暗がりを選んで進むうち、背後から誰かの足音がするのに気づく。

(まずい……)

 非常にまずい。

 心持ち歩くスピードを上げれば、背後の足音もまた早まる。

 角を曲がると私は一気に森の中へと走った。

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