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09

 六年前、アレクシスは私より一つ年下の十五歳だった。一緒に過ごした一年のうちに誕生日を迎えささやかなお祝いをした。

 つまり今は二十二歳のはずなのだが……


(どう見ても私より年上だよね)


 まだ細かった体は肩幅が広がり、サイほどではないものの全体的にがっしりとした。

 短かった茶色い髪は軽く左右に分けられ自然に流されている。晴れた日の海を思わせる青い瞳の色はそのままに、しかし目つきは格段に鋭くなった。

 眉間に常に刻まれる皺と不機嫌な表情が実際の歳よりも年上に見せているのかと思ったが、それだけでは説明できない。

 私はつっと隣のカミーユに視線を移した。

 カミーユと出会ったのは彼が二十一歳のとき。同じく共に過ごすうちに一つ歳をとり二十二歳に。今は二十七歳のはず。こちらは元が童顔なのでアレクシスほど違和感はないが、やはりもっと上に見える。

 私は首をまわし、反対側に座るパーヴェルを見た。

 出会った時、彼は二十五歳で別れたときは二十六になっていた。

 一年後に再会しているから、今は二十七? うん、パーヴェルはそんなもんだろう。

 カミーユの隣に座るサルヴァトーレに視線を合わせる。

 二十歳で出会い二十一の時に別れている。それが四年前だから今は二十五。ダメだ。分からない。当時から美容に気を使っていたサルヴァトーレの肌は今も変わらず憎らしいほどのぴちぴちで年齢不詳である。

 今度は四度目の召喚で出会ったダニエルに視線を定めた。

 二十二で出会い二十三で別れ、今は二十六のはずだが……。やっぱりもう少し上に見える…かな?

 ナルヒは十八で出会い十九で別れた。が、フードで顔が隠れているので論外。

 いや、待て。

 私は長く伸びたナルヒの髪に目を止めた。

 別れたとき彼の髪は肩の上で切りそろえられていた。

 人の髪が一年に伸びる長さは十五センチと聞いたことがある。別れたのは二年前だから三十センチだ。だが、どう見てももっと伸びている。

 これは、もしかして……


「ときに武王アレクシス・アルバーン。歳はおいくつですか?」


 静まり返った議場に唐突に投げかけられた突飛もない質問。

 アレクシスはジロリに横目に私を睨みつけながら口を開く。


「二十八だが。それがどうかしたのか」

「いえ。耕王カミーユ・カルノー貴方は三十二で合っていますね?」


 カミーユは戸惑いを顔にのせながら「ええ」とうなずく。

 間違いない。

 私が日本に戻るとき常に一年巻き戻っていた。しかし彼らの時はそのまま流れているらしい。

 つまり今の皆の年齢は……


 武王アレクシス、二十八

 耕王カミーユ、三十二

 歌王サルヴァトーレ、二十九

 商王ダニエル、二十九

 幻王ナルヒ、二十三

 賢王パーヴェル、二十八だ。


 ああ、すっきり。


「おい、聖女ヤマダ。歳がどうかしたのかと聞いている」


 ひとり得心して頷く私に、納得のいかない様子でアレクシスが尋ねる。

 ただ、確認してすっきりしたかっただけとは言えない。

 私はひたとカミーユを見つめた。


「亀の甲より年の劫という言葉がございます。耕王カミーユ・カルノー、年長者である貴方が取り仕切られては?」

「わ、私がですか!?」


 カミーユが驚きの声をあげた。

 わかっている。優しく自己主張の控えめなカミーユにはナルヒに次いで向かない役だろう。

 だが、そんなことは知らぬ。

 せいぜい頑張れ。

 私は「期待しています」と全てカミーユに押し付けるとジュースのお代わりを要求した。



 もしかしたら私には人を動かす才能があるのかもしれない。

 カミーユの采配は意外にうまくいった。

 ダニエルの提言にアレクシスがいちゃもんをつける。

 そこにカミーユがおずおずと割って入る。

 パーヴェルが入ると、三つ巴の睨み合いになったが、どこまでも優しげなカミーユが加わると、まずアレクシスの態度が軟化した。

 ダニエルはカミーユの控えめな物腰に若干イラッとしているようだったが、さすがにそれを口には出さない。

 おかげで喧嘩腰にならずに話が進む。

 またカミーユは、パーヴェルはもとより、ほっとくと話し合いに加わろうとしないサルヴァトーレやナルヒにも上手く話をふっていた。


「では割り札代わりに使うのは、アクスウィスの馬の角でよろしいですね」


 角の模様は二つと同じものがなく、腐食に強い。また一年に一度生え変わる。それを使うことになったようだ。


「遠目に船を判別するため、帆を染める染料はサルヴォとカルノーで用意。配合は決して漏らさぬようにいたしましょう」


 カミーユの言葉にパーヴェルが頷く。


「ええ、差し当たっては自大陸の領海を越える商船と軍船を急がねばなりませんね。軍船が立ち入れるのは公海までということでしたか」

「はい。よろしいですか? 武王、商王、歌王、幻王」


 パーヴェルの言を再びカミーユが受け取り確認をとる。

 皆がそれに頷き、今晩の会談はお開きになった。

 これ、あと何回やるの……



「皆、ご苦労様です」


 上から労をねぎらうと、私は足早に去ろうとして……アレクシスに捕まった。


「待て。聖女ヤマダ」


 なにかな。こっちはトイレにいきたいのだが。

 何度もジュースをおかわりしたおかげで、膀胱はぱんぱんだ。


「俺の過去を知っていると言ったな」


 私は自然の呼び声を我慢して、アレクシスに向き直る。

 六年前……彼にとっては十二年前はさほど身長が変わらなかったのに、今はもう見上げなければ顔が見えない。


「私は神より遣わされた聖女です。貴方がた六王のことはよく存じております」


 各自、一年だけだけど。


「一体俺のなにを知っている」


 国が滅ぼされたこととか、父母が殺されたこととか、兄が行方不明なこととか……

 どれもアレクシスにとっては思い出すのもつらい過去だろう。

 彼が生まれた頃には、すでにアクスウィスには暗雲が立ち込めていたという。戦に次ぐ戦の中生きてきたのだ。猜疑心が強くなるのも無理はない。


「貴方が他者を容易に信じられぬのもわかります。しかし今こそ辛い過去を乗り越えるべき時です」


 そう言うとアレクシスは何かを探るように私を見つめた。

 容姿は随分と変わってしまったけれど、真っ直ぐに他者を射抜くその眼差しは変わらない。

 強い意志と少しの悲しみを感じさせる目だ。

 十六歳の私は、アレクシスに見つめられると、それだけで夢見心地になったものだ。

 懐かしさにまかせてアレクシスの瞳に見入っていると、彼は逡巡しながら口を開いた。


「お前は、ナコのことも知っているのか」


 私はぎょっとして辺りを見回した。

 ナルヒの姿はすでにない。彼は会談が終わると風のように去っていった。

 カミーユとサルヴァトーレは入り口近くで立ち話をしている。植物に詳しいカミーユと染色技術に長けたサルヴォの代表であるサルヴァトーレで染料の話でもしているのだろう。

 パーヴェルは椅子に座ったまま、何やら手元の用紙に書き綴っている。議事をまとめておくと言っていたので恐らくそれだろう。その隣ではダニエルがパーヴェルに話しかけていた。あの二人をひっつけてはマズイ気がするけど、今はこちらのほうがマズイ。


「武王アレクシス・アルヴァーン、こちらへ」


 私はアレクシスの腕を掴むと、ぐいぐいとひっぱって廊下に連れ出す。


「聖女ヤマダ! 彼女のことを知っているのか!」

「お静かに!」


 私の態度から何かを察したらしいアレクシス。その腕をさらにひっぱり廊下を進み、会談の場から離れた中庭に連れ込む。

 警備の兵から距離を取り、大きな木の幹にその体を押し付けた。


「その名をみだりに口にしてはなりません」


 他の人に聞かれたら困るから!


「やはり、知っているのか。彼女は今どこにいる。あいつは……あいつは……」


 絞り出すように話すアレクシスに胸が痛くなった。アレクシスは十二年たっても消えた私のことを忘れてはいなかったのだ。


(アレクシス……)


 普段は悲しみを押し隠し気丈に振る舞っていたアレクシスだが、時折無性に抱きしめたくなるような表情を見せた。その度に、抱きしめそうになるのをぐっと我慢して、背中を撫でたものだ。

 当時を思い出し思わず手が伸びる。


「あいつは……俺を裏切って、料理番の男とどこへ消えた!」


 はい?

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