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02

 目の色を見て悟った。不良少年ではない。

 ここは、私の知らない場所だ。こんな森の中に一人で置いていかれたら、明日の朝日を拝めるかもあやしい。

 嫌がられて嫌がれても、私はスッポンのように掴んだ手を離さなかった。

 やがて少年は諦めたようにため息をついて、森の中を歩き出す。

 石や枯れ枝を踏む度に悲鳴を上げそうなほど痛かったけれど、ぐっとこらえて歩き続けた。少しでも手を緩めたら置いていかれそうな気がしたから……



「で、連れて来たってか」


 頼る相手を待ちがえたかもしれない。

 目の前に立つ熊のような大男を見て、私は自分の選択を後悔した。

 頰に走る傷痕、大岩のような巨躯。腰にぶら下げた大ぶりの剣。完全に山賊な見た目である。

 しかも男は一人ではなかった。

 少年とともに辿り着いた森の中を流れる川のほとりには、十数人の男がたむろしていた。

 いずれも、筋骨隆々の身体で、剣を佩いている。どう見ても堅気ではない。


「嬢ちゃん、あんたなんだってこんな森の中に? 逃げるにしたって、奥深くに入り込みすぎだろ。獣の餌になっちまうぞ」


 ――逃げる。何から?

 少年の腕にしがみつきながら、私は大男を見上げた。

 男の頭上越しに広がる赤い空。

 ずっと夕焼けだと思っていた。

 でも、違う。この赤は夕焼けなんかじゃない。火事だ。それも町が丸々一つ燃えるほどの……

 よく見れば、男たちの服はあちこちに煤がついて黒くなっている。

 だが、大火から逃れてきた住人には見えない。


「わ、わたし、気づいたら森にいて。ここがどこかも分からなくて。だから、だ、誰にも喋りません!」


 少年の腕を放して、逃げなければ。

 そう思うのに指はこわばり、ますます強く腕を握りしめてしまう。


「うーん」


 大男は困ったように自身の頭に手をやる。ふとその視線が私の足元に向かった。


「嬢ちゃん、その足……」

「足がどうかしたのか?」


 そう言ったのは私ではなく少年だった。

 青い瞳がすぐ隣に立つ私の足を捉え、見開かれる。

 少年についていくのに必死だった私の足の裏の皮膚は枝や石で幾度も裂かれていた。傷こそ見えないものの、赤い足跡が点々と続いていた。


「おいおい、アレクシス気付かなかったのか」

「見てなかった」


 少年――アレクシスは視線を伏せ気まずそうに口を引き結んでしまう。


「しゃあない。傷の手当てがてら連れてくか。顔も見られちまったしな」


 大男は腕を伸ばす。

 思わず後退りするとアレクシスの腕が離れた。

 あっと思った時には私を大男に抱き上げられ、そのまま子供のようにその片腕に座らされる。


「お前ら引き上げるぞ!」


 大男の号令に男たちが口々に「おう!」と返事を返す。


「お、おろして」

「その足じゃついてこれんだろ」


 言うなり男は森の中を駆け出した。

 揺れる視界はいつもより高く、男が一歩進むごとに体が飛び跳ねる。私は大男にしがみつきながら叫んだ。


「自分で歩けます!」

「気にするな、嬢ちゃんぐらいいくらでも担いで走れる」


 にかり、と笑うと男はさらにスピードを上げる。

 怖いからおろして欲しいのだ。気になどしてない。


「しっかり掴まってろよ」



 私は目を閉じ、ひたすら男にしがみ付いて過ごした。

 落ちたら死ねる。

 いい加減腕の力もなくなってきた頃、ようやく男が足を止める。

 ずっと川沿いを走っていたらしく、右手には川が見えた。

 左手には一台の馬車と数頭の馬……


「馬!?」

「馬がどうかしたか?」


 どうしたもこうしたも、馬の眉間あたりから角が生えている。

 だが男たちはそれが当たり前といった様子で、馬の背を撫でたり、鞍にまたがったりしていた。


「いえ、立派な角だなぁ……と思いまして」


 青い目の少年、剣を持った現代にそぐわない男たち、そして角の生えた馬。これだけ揃えば嫌でもわかる。

 どうやら私は来てはいけない場所にきてしまったらしい。


「嬢ちゃん悪いな、自分で足を洗っといてくれ。おーいアレクシス、薬と包帯だ。あと予備の靴があれば持ってきてくれ」


 男は私を川沿いの岩陰に下ろすと、仲間たちの元へいってしまった。


(今なら逃げられるんじゃ?)


 男たちは馬の世話をしたり、何やら話し込んだりと忙しそうだ。

 反対側……元来た方へ視線を向ける。

 道などない森の中。たとえ逃げられたとしても、森を抜けて人里へ辿り着けそうにない。

 大男の言うように獣餌まっしぐらになりそうだ。

 それに……


(思ってたより悪い人たちじゃなさそう)


 私を抱えて走り、薬まで用意してくれるという。もう少し様子を見てもよさそうだ。

 とりあえず足を洗ってしまおう。

 私は履いていたズボンの裾をまくりあげた。

 きっと染みるだろう。恐る恐る川の水に足をひたす。

 ところが痛みはいつまでたってもやってこなかった。

 不思議に思いながら、ごしごしと足の裏を手でこすり乾いた血を洗い流す。


「うそ……」


 きれいになった足の裏を見て私は絶句した。

 そこは傷一つついていなかったのだ。

 皮膚が切れる感触は確かにあった。痛みも。血だって出ていた。それなのにどこにも傷が見当たらない。


「おい」


 背後から声をかけられ、私は足を川の中につっこんだ。


「薬、持って来た。包帯と、あと大きいと思うけど靴も」


 振り返ると、アレクシスが薬や靴を手に立っていた。


「痛むか?」


 水の中に浸かった足を見ながら言う。


「え? いやー。そんなに、痛くないかな?」


 嘘だ。全く痛くない。

 ど、どうして、なんで、傷がないの!?

 胸中に吹き荒れる疑問を、笑顔を浮かべて隠す。

 だって、こんなの普通じゃない。いきなり知らない場所にいたことよりも何よりも、自分の体が怖かった。


「……薬、塗ろうか?」

「い、いやいやいや、そんな、滅相もない。自分でやるから」


 必死に固辞すると、アレクシスは手にしていたものを私の隣に置いた。


「気付かなくて、悪かった」


 そう言うと、大男たちのもとへ去っていく。

 その背中が遠ざかってから、私は傷一つない足に薬を塗り、包帯をきつく巻いた。

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