一章06.「覚醒?」
ステーキを食べ終えたイツキは、この世界のことについて詳しくエメラダに聞いていた。
未知の世界において一番重要なのは情報だ。他にも大事なことは多々あるが、情報のあるなしでは生存確率がウンと違う。
「そういえば、この世界には魔法ってあるんですか?」
「うん!魔法はね――」
この世界には、人間の魔力を消費して使ういわゆる魔法というものと精霊を操って使う精霊魔法というものがあるらしい。精霊魔法は、精霊に好かれる人間しか操ることができないらしくこの世界にもあまり使える人がいないという。エメラダは、どちらかというと精霊魔法が得意らしく、会話ができるようになったのもその力を使ったかららしい。
精霊は気を許した相手にしか姿を見せることがなく、この小屋の中にも何体かいるらしいが僕には全く見えない。つまり、精霊魔法の適性が無いということだ。残るは魔法。これが使えなければもう僕にはこの未知の世界で生き残る術はない。
「その…魔法ってどうやったら使えるんですか?」
「まずは、どの属性の魔法で魔力がどれぐらいあるかを確かめる方法があって…。」
エメラダはそう言いながらコップいっぱいの水を用意した。
「ここに手をかざして、力を込めて見て。」
言われるがままに力を込める。
――コップの水位が少し下がった。少しなんてレベルじゃない。零れそうな水がギリギリ零れなくなったぐらいだ…。
「これは、闇属性かな。あんまりいないからよくわからないけど、魔力はちょっと言い辛いんだけど少ない方…かな。」
彼女曰く、この水の変化で属性と魔力量が分かるらしいのだが、水はほんの少し嵩が減っただけというパッとしない結果だった。僕は異世界に来て何の能力もない上に魔法の適性も一般人レベルどまり。正直異世界に来たのだからそれなりに期待はしていた。自分に自信が持てるかもしれないと希望を抱いていた。
それなのに、それなのに…。
一体僕が何をした。生きていることに何も意味を見出せず、死を受け入れようと決意したのに結局死ねず、死ぬ苦しみだけ味わってまた違う世界で何の取り柄もないまま生きるだなんてどんなゲームのハードモードよりも難易度が高いじゃないか。この世界でこの先どう生きて行けというんだ。
あからさまに落ち込むイツキを見たエメラダはどうにか元気づけようとするが、かける言葉が見つからない。
そのまま会話が終わり、二人は各々寝床に着いた。さすがに同じベッドで寝るというエメラダの案は却下したイツキは居間にあったソファで眠ることにした。一日にあまりにも壮絶な体験を何度も繰り返ししからか、まるで死んだかのように深い眠りについた。
☆
「――りたい。――になりたい。――前になりたい。――お前になりたい。」
急にハッと目が覚めた。何だか胸がざわつく。怖い夢を見て起きた後になる憂鬱な気分だ。その夢の内容を覚えていないから、不思議な感覚だ。
そのせいかは分からないが、具合が悪い。昨日起きたことが鮮烈すぎたのもあるだろう。一日で体験できる容量を完全に超えていた。むしろ今生きていることが奇跡なほどに。その疲れが一気に襲ってきたのだから具合が悪くなって当然だ。もう少し横になっておこう。
それにしてもこの先僕はどう生きて行けばいいのだろうか。身元の分からない僕を雇ってくれるようなところはあるのだろうか。もしかしたら奴隷にされて一生コキ使われて死ぬとかもあり得るかもしれない。そんなことになるくらいなら今のうちに死んでしまった方が楽なんじゃないのか――いや、あんな思いはもう二度としたくない。
でも、実際僕には目標とか夢とかそういうものが無い。それなのにこのまま生きていくなんて何の意味があるのだろう。何故、僕は命を得たのだろうか。運命とかそういう言葉は嫌いだ。だって、そんなものある訳がないから。たった十七年生きただけでそれは分かる。運命とは人生を上手く生きている奴だけにやってくるご褒美なのだ。僕みたいな底辺には一度も訪れたことがないし、この先訪れることもないだろう。
「あ、おはようイツキ。」
そんなことを考えていると目を覚ましてきたエメさんに声をかけられる。寝癖を跳ねさせながら、うっとりとした瞳がなんとも可愛らしい…。
「お、おはようございます。エメさん。」
「昨日から思ってたんだけど、そんなよそよそしくしないでいいよ?エメって呼んで!」
コミュ症には普通に喋ること自体、ハードルが高いというのになんてことを…でもそんな可愛い顔で言われたら断れるわけがない。僕だって男なんだ。
「わ、わか…った。え、エメ…。」
「うん。それでよし!」
この距離感がどこか涼香と似ていて苦手だ。あいつのことを考えるだけで気持ち悪くなってくる。でも、この子と涼香は違う。別人だ。
「それで朝ご飯はどうする?何か作ろうか?」
まずい!すっかり忘れていた。彼女の料理を口に入れては、身が持たない。そのままで食べれるものは…
「えっと、パンとかフルーツとかないですか?」
「ごめんね。昨日ので最後だったの。フルーツなら外の森に生ってるのがあるけど、取ってこようか?フルーツも少し調理すると美味しいんだよ!」
「い、いえ!大丈夫です。自分で取ってきます!」
イツキはそう言って逃げるように家を飛び出した。
☆
まずい。勢いに任せて外に出てきてしまったが、どうしよう。また魔物に襲われたらひとたまりもない。早い所見つけて戻らなきゃ。
朝日に照らされた森の中を歩くイツキ。兎やらの動く音にビビりながらもようやくフルーツらしき…というよりもどう見てもオレンジにしか見えないものが生っている木を見つけた。順調にそれを何個かもぎ取り、帰路に就く。
突如――
「ぐっ…ぅぁあ…。」
目的を達成して少し警戒を緩めてしまったイツキの背後から、いきなり口を塞ぐように何かが襲ってきた。
やばい。早くどかさなきゃとそれを必死に引きはがそうとするが掴めない。得体のしれないそいつはついに口の中に侵入してきて少し飲み込んでしまう。飲み込むと同時にそいつは驚いたのか身体から離れ、その小さめの水色の液体がイツキの視界に飛び込む。
――スライムだ。目とか口がついているわけではないが、その形状は紛れもなく僕の知っているスライムだ。
イツキの元いた世界のスライムは基本弱いモンスターとして扱われることが多く、実際この世界のスライムも別段強い魔物というわけではなかった。だが、無力なイツキからしてみれば手で掴むことも出来ず、呼吸器官を潰してくるそいつは強敵に他ならない。何の能力もなしに勝てるような相手ではなかった。
逃げなきゃ。このままだと死んでしまう。
そう思ったイツキは全力で走った。元々足は、50メートル7.5秒という至って平凡な速さだった。それでも必死にスライムから逃げた。しかし、スライムは思っていた以上に早く地面を這い追いかけてくる。
このままじゃ追い付かれる!速く。もっと速く走らないと!
――次の瞬間、イツキは風を切っていた。人間では到底出せるはずのないスピードで地面を四足で踏みしめながら走っていた。
スライムがもう見えなくなった頃、やっと違和感を覚えたイツキは自分の姿を見やる。
そこには、人間ではない。イノシシの姿の自分がいた。