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人間嫌いだから異世界で人間辞めることになりました  作者: 夢見人
第一章「王都ユーティス」
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一章05.「イノシシのステーキ」

 ☆


「なんだか、未だに現実にいる気がしないな。」


 そんなことを温かい湯船につかりながら考える。

 エメさんから逃げるようにお風呂に来てしまったが、正解だった。お風呂は桶に湯を張った簡易的なものだけど、とても心地良い温かさで身も心もほぐれる。


 たくさんの経験を一度にしたイツキにとって、一人になれる時間というのはご褒美だった。誰にも干渉されず自分だけの時間を過ごせるこの時間というのは、何よりも有意義なのだ。しかし、現状それを満喫している場合ではなかった。


「これからどうしよう…。」


 ずっとエメさんに頼り切りな生活を送る訳にもいかず、だからと言って村に向かって三日もあの森を彷徨う訳にもいかない。まさに八方塞がりなこの状況を打開する策を模索するが一向に糸口すらつかめない。


 くそ、僕に何か力があれば…。異世界転移とかしたら普通なんかしらの能力を手にするものなんじゃないのか。生身の身体で異世界に来たって、結局元の世界と何一つ変わらないじゃないか。


 あまりに理不尽なこの状況にだんだん怒りを覚える。


「そういえば、異世界ってことは魔法とか使えるようになるのか?」


 実際、イツキの元居た世界の物語にはそういった類のものは多く、最強の魔法使いに慣れる可能性に少し心が躍る。


 もしかしたら、エメさんが何か知っているかもしれない。後で聞いてみよう。


 ☆


 イツキは、お風呂から上がり、良い匂いのする方へ向かう。


「あ!湯加減は平気だった?今からご飯温めなおすね!」


「あ、はい。何から何までありがとうございます。」


 新婚夫婦かよ!と突っ込んでしまいそうになる台詞に出迎えられ、食卓に座った。


 エプロン姿で台所に立つ女の子を見ていると妙に心がざわつくのは一体何なのだろう。それにしても可愛い…。じゃなくて、本当にエルフなんだな。


 ピクピクと動く尖った耳を見つめながら、そんなことを考えていると――


「そういえばイツキは誰かに召喚されてこっちの世界に来たの?」


 確かにそれは、気になる。エメさん曰く時人は、基本的に召喚されることでこちらの世界にやってくる仕組みらしい。基本的にというのは他に伝説の物語となった英雄が別の方法でこの世界に来たという言い伝えがあるかららしい。でも、僕がこの世界に来た理由は全く分からない。


「いや、よく分からないんです。気づいたらあの森に居て…。」


 実際の所、死の直前に何か声が聞こえたような気がしたがあまり詳しくは、覚えていない。


「そっか。召喚されたならどこかの国の勇者さんの可能性が高いと思ったんだけど…。」


 そういえば、僕のほかにもこの世界に召喚された時人とか言う人たちは一体どうやって暮らしているのか気になっていたけど、やっぱり他の人達はちゃんと異世界生活しているのか…。それにしても勇者…か。


「えっと、勇者って魔王を倒したりするあの勇者ですか?」


「うーん。昔はそうだったみたいだけど、今は国を守るために戦うことが多いらしいの。ごめんね?私もあまり詳しくはないの。」


「い、いえ。」


 僕は、誰かのために命懸けで戦ったりできない。だから、僕なんかが勇者になっていたとしてもきっと意味はなかっただろう。国のためとかそんな大層なことは、似合わないし、第一に勝手に勇者として呼ばれて勝手に戦いを押し付けられて勝手に感謝されるなんて御免だ。身勝手な人間の口車にわざわざ乗ってやる気になるわけがない。結局、勇者なんて生贄に過ぎない。それでもこの世界に来た理由があるだけ僕よりマシだろう。


「お待たせ!ご飯出来たよ!」


 そうこう考えているうちにご飯が出来た。エメラダが食卓に料理を並べ、向かいの席に座った。


「それじゃ、いただきます!」


 大きな声で嬉しそうにご飯への挨拶を済ませたあとこちらをじっと見てくる彼女。


「い、いただきます。」


 期待に応えて小さな声でいただきますといった後、目の前のステーキの一切れを口に運んだ。


 ぐっ…。ま、不味い…。匂いはすこぶるいいのに味が壊滅的だ。噛んだ瞬間に獣臭が鼻から抜けていく。それを掻き消すために隣に置いてあったパンにかぶりつく。幸いにもパンは最高にうまい。そうでなくては困る。何も加工していないパンが不味かったらこの世界の食べ物全てが不味い可能性が出てきてしまうから。


「よかった!そんなに美味しかった?今日は豪華に猪のステーキにしてみたの!」


 とんでもない勘違いをしながら、こちらをキラキラした瞳で見てくる。


「は、はい…。」


 そんな瞳に負けて咄嗟に嘘をついてしまった。仕方がない。彼女が一口あのステーキを食べるまでの辛抱だ。不味いことに気付いて食べなくていい流れを待つしかない。

 だが、そんな希望はすぐに打ち崩される。


 彼女は目の前のステーキを口に運び、


「わ!本当に美味しい!!私ってやっぱり料理の天才かも!」


 …。こいつ…。さては、不味い方を僕に食わせて自分だけ旨いのを食べてやがるな。これを旨いなんて言う人間がいるはずがない。腹の立った僕は、彼女の皿に乗ったステーキを奪って、口に運んだ。


 な、なんだと…。しっかりマズイ…。


「もう、そんなに美味しかった?私のから取らなくてもまだおかわりできるからね?」


 さらなる勘違いを加えたエメラダは、ようやくの思いで食べ終えた僕の前になんだかさっきよりも匂いの強いステーキを持ってきた。


 結局その日、僕は食べるたびに臭くなるステーキを三つ、胃の中に運んだ。


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