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人間嫌いだから異世界で人間辞めることになりました  作者: 夢見人
第一章「王都ユーティス」
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一章04.「時人」

 待て、待て。僕が一目惚れ?そんなことある訳ない。ついさっきまで好きだった幼馴染に裏切られて、それで今いきなり一目惚れ?それじゃ、あいつと、涼香と変わらないじゃないか。


 彼女の作り笑いがどこか悲しくもどかしい。そう思ってしまっている自分は確かにいる。彼女を見ているとが体を燃えるように熱くなっていくのが分かるほどに。だが、こういうときほど冷静にならなければならない。一時の感情に身を任せるような愚鈍な行いはしたくない。


 身体を叩きつけるように鳴る心臓の音を誤魔化すようにイツキは尋ねた。


「あの、貴女はその…エルフなんですか…?」


 それを聞いた彼女は何故か少し晴れた顔をした。


「うん!その…普通のエルフとは少し違うのだけど、そんなところかな。」


 何か含みを感じる彼女の返答が気になりはしたが、それよりも今はもっと深刻な問題が発覚してしまった。

 死んだ後、目覚めたら森の中。天国かと思ったら現実で、でも現実にいるはずのないゴブリンやエルフが存在している。つまりここは、僕の知っている世界とは違う。まだハッキリした訳ではないが、恐らく今いるこの世界は『異世界』と呼ばれている類のものだ。実際のところ『異世界』なんてアニメとか漫画とかでしか見たことないし、そんな所があるなんて信じたことはなかった。だけど、今まで起きたことを総括して考えるとむしろそうでないほうが可笑しいぐらいにここは『異世界』だ。


 物語の主人公になったみたいで少し高揚感を覚える。もしかしたら、魔法とか使えるようになったり、すごい能力を使えるようになるかもしれない。しかし、それはないだろう。普通そういうのはピンチの時に開花するものだ。僕はもう既にこの世界で命の危機に瀕している。その時何も出来なかった。それが答えだろう。もし可能性があるとしたら生き返る能力とか不死身の能力とかだ。でも、僕はあんなにも辛い死を何度も味わうことはできない。そんなことをすれば身体よりも先に心が壊れてしまう。


 それにしても困ったことになった。ここが『異世界』ならば自分の家も何もかもが何処にも無いということになる。しかも、金目のものも持っていない。

 もし僕が主人公の物語があるとしたら題名は、『異世界でホームレス始めました。』だろう。つまるところ、『異世界』に来て早々に詰んでいるということだ。こういう時、頼れる友人やら家族がいれば…。いや、元の世界でも似たようなものだったか。


「あなたは、もしかして時人(ときびと)なの?」


「時人…?」


 知らない単語で急に呼ばれて動揺する。意味を聞くと、どうやら元の世界でいうところの異世界人みたいな意味らしい。


「そうですね。こっちの世界にもそういう風習があったりするんですね。」


「うん。というよりもこの世界にはそうやって違う世界から人を召喚する禁忌の魔法があって、それで召喚された人たちのことを総称して時人って呼ぶらしいの。私も会ったのはあなたが初めてですごく驚いちゃった!」


 そう言って本当に嬉しそうな顔をするエルフの少女。


 本当に漫画とかそういう類の話が現実の世界に来ているのだと改めて実感する。でもということは、僕は誰かに召喚された?ということなのだろうか。そういえば死ぬ直前に契約がどうとか声が聞こえてきたような気がしないでもない。あの時のことは、痛みがひどすぎてあまり覚えていない。だとするなら、僕を召喚した何者かは何をしているんだ。勝手に召喚しておいて放置して、いきなりホームレス生活を送らせるとかドエスにも程がある。


 ともかく、このままこの少女の家にお邪魔しているのも申し訳ないので適当な寝床でも探しに行かなければ。また後日どうにかお礼でもしに来よう。決して、この子にもう一度会いたいとかそんな疚しい気持ちではない。疚しい気持ちなんか全くない。大事なことだから二度言っておく。


「では、僕はそろそろお暇します。また近い内に何かお礼しに来てもいいですか?」


「もう行っちゃうの?これから行く当てとかあるの?」


 痛いところを突いてくる。行く当てなどあろうはずがない。だが、ここで正直に無いと答えたら彼女に余計な気を使わせてしまうだろう。


「はい。とりあえず、この村に馬小屋とかってあったりしませんか?」


 異世界でお金も何もないときは馬小屋で寝るというのが鉄板だろう。とりあえず今日はそこで寝て他のことは後から考えよう。そんな楽観視をしていた僕に天誅が下る。


「え?ここ村じゃなくて、森の中の小屋だよ?一番近い村でもここから三日はかかるかな。」


 文字通り目が点になる。

 てっきり、この家は村の中の一つだと思っていた。それが森の中のたった一軒の小屋らしい。今からあのゴブリンがいる森の中を、三日も彷徨いながら村に行くなど不可能だ。森の中に安全なところがある保証だって何処にも無い。詰みだ。


「えっと、良かったらうちに泊まっていく?貴方のお話もっと聞いてみたいし、ご飯もいつもより多めに作っちゃったの!どうかな?」


 天使だ。見知らぬ僕みたいな男をうちに泊めるなんて怖くて勇気がいるというのにこの子は、嫌な顔を一切せずに気を使ってくれた。本当ならこれ以上女性のお世話になるなんてことプライド的にしたくなかったが、状況が状況だ。


「本当に申し訳ありません。お願いします…。」


「本当に!?嬉しい!!じゃあ、早速ご飯にしましょ!あ、それともお風呂に先に入りたい?怪我を治すときに一応身体も拭いておいたけど…。」


 そう言われてようやく自分の汚い格好を思い出す。しかし、今着ているのはあの血まみれの制服ではなく、白いシャツに黒のハーフズボン…。ん?いやまさか。そんなわけない。下半身に何か違和感を感じ確かめる。――パンツが無い。


「あ、そういえば男の人ってお股の所に変なのがついているのね!初めて見たからビックリ知っちゃった!」


 驚愕の事実に汗が止まらなくなる。初めて女の子に僕の大事なものを見られてしまった。でも普通見ないよな?これ僕が悪いわけじゃないよな?もしかしたらこの子は、顔は可愛いが中身はちょっと残念な子なのかもしれない。


「えっと、じゃあ先にお風呂いただいてもいいですか…?」


 こんな衝撃のまま二人きりでご飯を食べるなんてきっと耐えられないと踏んだ僕は、一度頭を冷やすためにお風呂に入ることにした。


「わかった!じゃあ、ご飯は後で温めなおすね!あとあなたのお名前聞いてもいいかな?」


 そういえば、まだお互いの自己紹介をしていなかった。

 コミュ力のないイツキは自己紹介をすることすら少し照れ臭い。


「えっと、僕は桐谷樹です。」


「イツキ…か。私の名前は、エメラダ・アルファートっていうの!エメって呼んで!ずっとそう呼んでもらいたかったの!」


 彼女が嬉しそうにしているのを見て僕の心臓はまた脈打った。


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