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人間嫌いだから異世界で人間辞めることになりました  作者: 夢見人
第一章「王都ユーティス」
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一章25.「邂逅」

「ギャッ。」


ゴブリンの断末魔が辺りに響く。次から次へとゴブリンを握っているナイフで切り刻むその男の表情は重く暗いものだった。


あの日からイツキは、一心不乱に依頼をこなし、ゴブリンを容易く仕留める力を手に入れていた。


自分の弱さのせいで救いたい人を救えないということを知った。エメラダは、イツキが助けなくともそれなりに戦える。だから、今まではイツキが弱くても何とかなってしまっていた。しかし、今度はそうはいかなかった。奴隷という圧倒的弱き立場の少女。イツキは、エメラダさえ助けられる力があれば、彼女にとってのヒーローになれると思っていた。自分が憧れたヒーローは、弱きを助け、悪を倒す者だったはずなのに。それが歳を取るにつれ、『作り物』だと思い知らされた。現実には、悪が蔓延っているのにそれを誰も不思議と思っていない。そうでないのであれば、イツキみたいに知ってて何も出来ない臆病者かそれを利用する強欲者かだ。

だから、イツキはヒーローを信じない。だから、イツキはエメラダだけのヒーローであろうと思った。でも、ヒーローのような村の少女に出会って自分の世界が広がった。イツキの中のヒーローは、『作り物』でなく『成れる者』へと変わったのだ。


それでも、ヒーローは志だけではなれない。力が必要なのだ。悪を倒すための力が。

奴隷商やそれを容認している国を敵に回しても揺るがない力が。


「そろそろ帰るか。」


ゴブリンの駆除という依頼を終え、イツキは王都へと戻ろうとした。

その時――


「誰か助けて!!!!!!!」


その言葉が聞こえた瞬間、イツキの身体はその声の方へ向かっていた。考える前に体が動いたという奴だ。


声の元へ辿り着くと、イツキが仕留め損なったゴブリン数匹に一人の重装備な冒険者が襲われていた。

イツキは、脚力以外の能力を解除しそのゴブリンを蹴散らし、その冒険者の方を心配して見やる。


「あ、あの。ありがとうございます!助かりました!お礼は今度するので、その…今は失礼します!!!!」


しかし、その女性は、顔を即座に隠し、お礼だけ言うと、すたこらと街の方に走って行った。


「なんだったんだ…?」


イツキは、女性の不思議な行動に疑問を抱きながらその後を追うように街へと戻った。



「イツキおかえり!!」


「よお!イツキ!今日も血だらけじゃねえか!くせえぞ!!ガハハハハハ。」


ギルドで依頼の報酬金を受付嬢のリルから受け取り、『虎猫亭』に戻るとエメラダとガーディ達にいつも通り出迎えられる。イツキは心配をかけるわけにいかないと皆の前では、明るく振舞う。


「あぁ、もうゴブリンなら余裕で倒せるようになったよ。」


イツキは、軽く皆と会話してご飯を食べた後、すぐに自室に向かい筋トレを始める。少しの時間も強くなるためのトレーニングに充て、皆が寝静まった後も能力の使い方をもっと知るために夜な夜な街の外へと特訓しに行くことにしていた。日中だと変身能力が誰かに見られてしまうかもしれない可能性があったからだ。

今日もイツキは、いつも通り皆が寝静まったのを見計らい街の外へと向かった。

背後の鋭い視線に気づかずに…。


イツキは、いつも通りイノシシやらウサギの能力を模索するためにそれに変身した。スライムになり、眠っている動物を捕食したり、出来る限りの可能性を模索した。その能力で手に入れた蝙蝠の超音波を利用し、辺りにいる動物を把握しようとすると明らかに人型のシルエットをした者が少し離れたところにいることにようやく気付いた。イツキは、まずいと思いその正体を暴こうと警戒しながら近付く。しかし、相手も手練れなのかあり得ないスピードで逃げていく。人間では出せないスピードで走る二人の距離が縮まることはなく、イツキはその相手を追いかけるのを諦めた。


「まずい。こんな能力がバレたら、街に居られるかも分からない。でもあの匂いは確か…。」


匂いの元に思い当たりがあるイツキはそのままトレーニングを中止して、『虎猫亭』へ戻った。


――「やはり、あいつは何か隠していると思っていた。まさか正体が化け物だったとはな。しかし、ガーディーにこのことを伝えても「それでもイツキはイツキだ。」だとか言い出しそうだ。私がどうにかして皆を守らねば。」


イツキの正体を知ったセンも、険しい顔のまま『虎猫亭』へと帰った。


次の日、センはイツキが危険な人物だという証拠を手に入れるため、先にギルドへと向かい潜伏してイツキが来るのを待っていた。往来する人にいちいち湧いて出てくる殺意を我慢して待っていると、何かに大声で怒鳴り散らかしている奴が向こうから歩いてきた。


「おい!!!速く歩け!!!奴隷のくせに荷物持ちもまともにできないのか!!!」


奴隷という言葉に耳をピンと立てるセン。


「す、すみません。」


その声色を聞いた瞬間、毛が逆立ち瞳が血走る。その声は、ここに居るはずのない妹の声。


「ハク!!!!」


あまりの興奮にセンは、人の行き交う大通りに無防備のまま姿を現してしまう。


「お、兄ちゃん…?」


センにとってもハクにとってもこれは予想外の邂逅。


この街に居るはずのない妹と


奴隷となった自分の姿を一番見せたくない兄。


「何故、ハクがここに…。」


センは目の前の状況を受け入れることができない。それも当然。母国に居るはずの妹が何故か王都にいる。それだけでなく、憎き人間の奴隷となっているのだから。


「ほう。お前、こいつの兄か。まぁ男はどうでもいい。安心しろ。こいつは私が大事に扱ってや――ボヘッ」


ハクを連れた人間の言葉などはいってくるはずもない。センは、怒りに身を任せその男の頬を思い切りぶん殴る。


しかしここは、王都ユーティス。亜人は人間に逆らってはいけない。逆らえば待っているのは死か服従。


「お、お前!!!私に手を上げるとは!!!!近衛兵!即刻此奴を捕らえろ!!」


近くに居た亜人の奴隷がセンを囲み捕らえる。


「ハ…ク…。」


朦朧とした意識の中でセンは妹の姿を思い浮かべる。


「すま…ない…。」


妹が同族から蔑まれているのは知っていた。それでも人間の奴隷となるよりはマシだと思った。親友が人間に捕まり、居ても立ってもいられなくなり妹を置いて母国を出た。結果、大事な妹が自分のせいで奴隷になっている。何故この世界は、こうも亜人を嫌うのか。何故こんなにも醜い人間がのうのうと生きているのだろうか。


このまま死ぬのなら呪ってやろう。こんな世界。


「ガハッ」


そんなことを考えた。その瞬間、辺りの奴隷は次々に倒れていく。


何が起こった?一体誰が…?


「お待たせ。」


微かに映る黒髪。そこに立っている男は憎むべき人間で疎むべき化け物。のはずだった。しかし、センの目に今、映っているのは紛れもなくヒーローだった。


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