一章24.「依頼主」
中央通りから少し外れたところにある如何にも富豪が住んでいるであろう高級そうな建物の並んだ一角。そこにあるサーカスが行われていそうな外観の建物にイツキは、入った。
「すみませ…!!!」
イツキはその建物に入って、すぐに異変に気付いた。サーカスか何かが行われていると思っていたその建物の中にあったのは、檻に閉じ込められ、首輪をつけられた亜人達。そのほとんどが入ってきたイツキの方を見ると、次々と自分を売り込んでくる。
とあるエルフは、
「私を買ってください!何でも致します!どうかお願いします。」
とある犬の獣人は、
「僕ならどんなものでも見つけられます。荷物だっていくつでも持ちます!だから、どうか!」
と。
ここは、奴隷を売り捌く店だったのか。どうしよう。ということは、依頼の行方不明の獣人は捕まえて奴隷にするためということだろう。これは、僕には受けられない。今すぐ帰ろ…
イツキが、急いで店を出ようとした瞬間、一人の少女が目に映りこんできた。白い毛を全身に纏い、フサフサの尻尾をつけた一人の狐の獣人。そこにいた少女は、自らを売り込んでくることなく、地面をただただ見つめているだけ。開いている目には、一寸の光も映らず全てを諦めた表情。その表情に既視感を感じたイツキはつい、その少女に見入ってしまう。
「おぉ、大人気ですねお客様。こんなに商品たちが自分を売るなんて中々ないことですよ。きっと、その幸の薄そうな貴方なら優しくしてくれそうだと期待しているのでしょうね。だけど生憎、その商品は先程売れてしまったのですよ。すみませんねえ。他の商品からお選びいただけますか?」
奥から現れた小太りな男が、イツキを客だと勘違いしたのか声をかけてきた。
「あ、あの。いえ。すみません。」
「お客様はどのような奴隷をお探しで?」
「いや、僕はその買いに来た訳ではなくて、依頼を受けに…。」
その小太りな男は眉毛をピクリと上げ、
「なるほど!冒険者の方でしたか!あまりに弱そうなものでそうは見えませんでした。失礼しました。ということは、あの獣人を探してくださるということですかな?」
こんな依頼受けてはいけない。それは分かっている。でも、どう断ろう。ここは慎重にいかないといけない気がする。考えろ。考えろ。
(あの人、どうしてハクのこと見つめていたんだろう。なんか、優しそうな目だったな。まるでお兄ちゃんみたいに…。この人なら、ハクのこと助けてくれるかな。ハクの救世主になってくれるかな。)
少女は、自分の人生を諦めていた。だから、最後に足掻くことに抵抗もなかった。
「助けて!!!!!!!!!!!!!!!」
イツキは、考えるより先に体が動いた。それを言葉にすることの大変さを知っていたから。生きることを諦めた先に心の奥底から溢れる。誰かが自分を救ってくれないだろうかという思いを知っていたから。
だから――
腰に差したナイフを掴み、小太りの男に向け地を蹴ろうとした。
バシッ。
しかしその攻撃が届くことはなかった。
身体が動かない。どうして。
「やぁ、イツキ君。君がここに入っていくのが見えてね。申し訳ないけど後ろをつけてしまった。許しておくれ。」
イツキの肩を抑え、話しかけてきたのは、
「これはこれは、勇者様。珍しいですね。ここに顔を出されるなんて。そういえば、妹様は元気ですかな?」
「あぁ、お陰様でね。」
「どうして、ユウさんが。」
ユウは、イツキの耳元に口を近づけ、囁いた。
「イツキ君。ここで事を起こすのはマズイ。一旦外に出よう。」
イツキは、今すぐ勇者の手を振り払って彼女を助けたいという気持ちを飲み込んで、ユウに従った。
ごめん。助けてあげられなくて。本当にごめん。
イツキは結局救うこと敵わず、ユウに従うことが正解だと思ってしまった自分を嘆いた。だが、この時少女の目には微かに針に糸を通すほどに小さな光が差し込んでいた。
(あの人。今、助けようとした?人間なのに亜人のハクを?)
助けることは叶わなかった。しかし、イツキの思いは少女にしかと届いていた。
☆
「ユウさん。なんで…。」
ユウに聞きたいことはたくさんあった。何故僕たちに、亜人お断りの店を紹介したのか。そのくせ何故僕たちを何度も助けるのか。何故、勇者なのに彼らを救わないのか。
「あぁ、言いたいことは分かっているつもりだ。まず先日のことはすまない。あぁした方がこの国で何が起こっているか分かってもらえると思ってね。本当にすまない。でもよかった。『虎猫亭』に辿り着いてくれて。」
「そんなことのためにエメに辛い思いをさせたんですか?」
今、ユウが言っているのはつまり、この国の現状を知ってほしかったからということだ。でもそんなことしなくても口で言ってくれれば分かることだ。
「いずれ、あの仕打ちを受けることは目に見えていた。だから、僕の小さなお節介だ。そのことについては、謝罪させてくれ。すまない。それにしてもなんでイツキ君がここに。」
イツキは、ユウの言い分に渋々納得した後、依頼を受けて、何も知らずにここに来たことを伝えた。
――「なるほど。でもイツキ君。奴隷を開放することは、法律で禁止されているんだ。しかももし、解放したとしても奴隷契約の解呪が出来なければ意味がない。君があのまま奴隷を開放したら折角、見直され始めたハーフエルフのエメラダ君の評価もまた下がりかねない。」
「でも!でも、あの子は、助けてって…。」
確かにエメラダのための旅で僕が足を引っ張る訳にはいかない。僕が目指すのはエメのヒーローであって、誰をも救うヒーローではない。でも、少女の目を見てしまった。もうどうにでもなれと生きることを諦めた目。
「それでも、飲み込むしかない。僕は、いずれ彼らも救って見せる。今は時ではない。」
しかし、ユウの言うことも正しく、イツキはこれ以上何も言えなかった。