一章23.「白い狐の少女」
人間は、亜人を見下す。これは、この世界において常識。ハーフエルフが不吉の象徴とされているからというのもあるだろうが、元々亜人の中には、人を喰らう亜人もおり、世界各国で戦争が絶えなかった。その時、頂点に立ったのが魔族。更にその頂点、魔王と呼ばれる存在が世界を混沌に陥れた。
それに立ち向かうは、魔族以外の種族。一時は団結し、世界を救うために皆が奔走した。されど、魔王の力は凄まじく、誰もが死を覚悟したその時、突如現れた少年が魔王を討ち世界は平和に向かう…はずだった。
しかし、その少年、のちに語られる『勇者』が人間族だったために先代の王は、それを盾に無理な条約を亜人に課した。人を喰らうことを禁ず。人に反抗することを禁ず。とまるでペット扱いのような条約を次々に足していった。最初は、反抗していた亜人も奴隷にされる仲間を見て次第に誰もが口を閉ざすようになる。
――そして現在、
「いらっしゃいまし、旦那様。」
丸眼鏡をかけた小太りの怪しげな佇まいの男は、店にやって来た小綺麗なスーツを着た細身の男に小さくお辞儀をする。
「これは、これは、グティ殿。お久しぶりですな。今日も良き品ぞろえで。」
「えぇ、それはもう。慈善活動ですから、手は抜きませんとも。さて、今日はどの様な奴隷をご所望で?やはり、亜人ですかな?ニヒヒヒ。」
男は、右手で丸眼鏡をクイっと上げると、綺麗に並んだ金歯を覗かせる。
「あぁ、やはり、亜人は素晴らしい。そうだな、今回はあの小さい白い毛をした狐の獣人と隣の豊満なエルフで迷いますねぇ。」
「さすがは、アンビル様、お目が高い!その二つは、手に入れるのに苦労しましてね。特に狐の方はすばしっこくて、捕まえるのに時間がかかりましたよ。エルフの方は、いつも通り冒険者に捕まえてもらったのでお安くしてありますが。」
それを聞いていた少女は、その無気力な目で天を仰いだ。
(どうして、あの時、お兄ちゃんの言いつけを守らずに国を出てしまったんだろう。例え、狐のくせに白い毛だと罵倒されようと、我慢しておけばよかった。大好きなお兄ちゃんに一目でも会いたくて。自分を可愛がってくれたお兄ちゃんに。)
――「いいか、ハク。私は、王都へ行く。兄ちゃんの親友が王都で捕まっているのだ。助けに行かねば。ハクは、決してこの国から、出てはいけない。例えどんなに辛いことがあろうと、挫けてはいけない。ハクが辛いとき、私は必ずお前を助けに来るから。許しておくれ。」
そう言い残して、王都に行ってしまったお兄ちゃん。私がどれだけ辛い思いをしていても救いに来てくれないから、ハク、自分で来ちゃったよ?
でも、ごめんね。やっぱり、お兄ちゃんの言う通りにしておけばよかった。そうしたら、こんなことにはなってなかっただろうなぁ。
「なるほど、では、その狐をいただこう。エルフは既に持っているからな。明日、受け取りに来る。」
「了解いたしました。明日までに準備を整えておきます。ニヒヒヒヒヒ。」
「あぁ、頼む。」
細身の男がその店から出ると、小太りな男は狐の少女に近づき、ニヤリと笑いながら
「よし、今晩契約更新だ。明日からは、さっきの貴族の奴隷としてしっかり働くんだぞ?ニヒヒヒヒ。」
奴隷の契約は、闇の魔法の派生で長時間かかるが、一度かけてしまえば、それを解くためには同じ闇魔法で解除する他ない。つまり、人間に逆らうことのできない亜人は一度でも奴隷だとされたら二度と自分の思うように生きてはいけない。唯一の救いは、現在の人間族は、亜人を汚物の様に扱うため、奴隷にさせられる確率が減ったことぐらいだろう。自由を失うよりかは、蔑まれた方が幾何か救われる。
(お兄ちゃん…。会いたいよ…。)
☆
イツキが、部屋を出て階段を降りると、酒場で朝から酒を浴びるように飲むガーディに声をかけられる。
「おいイツキ、今日はどこに行くんだ?」
「あぁ、うん。ギルドに行こうかなって。カードも出来ていると思うから。」
「そうか。気いつけろよ。嬢ちゃんも連れて行くんだろう?何が起きても守ってやれよ?」
エメラダは、奥でティムと談笑しており、こちらに気付いたのかニッコリ笑った。
「あぁ。当たり前だ。」
「言うじゃねえか。男の顔してやがる。ガハハハハ。」
「う、うるさいな。エメ!そろそろ行こう。」
イツキが声を張り上げるとエメラダも頷いて、立ち上がる。
「うん!」
そして二人は、『虎猫亭』を出て、ギルドへと向かった。
☆
「ねえ、イツキ。このクエストとかどうかな?」
「それもいいけど、もう少し、報酬のいいのがいいな。装備を整えたいし。」
二人は、カードを受付嬢から受け取り、紹介されたFランクのクエストの掲示板を見ていた。
冒険者は、クエストをこなし、それに準じてランクが上がるといういかにもシンプルなシステムだった。だからまずは、簡単なクエストで尚且つ報酬のいいクエストがあればいいんだけど…。ん?
イツキは一つのクエストに目が行った。
「捜索願。犬の獣人のラッスが行方不明で探してほしいです。王都からは出ていないと思うのでどうか見つけてください。報酬、50000トピア。」
明らかに他のクエストとは、桁の違うクエスト。しかし内容は、簡単な人探し。しかも、王都にいるのはほぼ確定。僕の能力を使えばすぐ見つかるかもしれない。能力のことを知られたくないし、もしかしたら何かの罠という可能性もある。エメラダには、『虎猫亭』で待ってもらって、まずは僕一人で、この依頼主の所に行こう。
「エメ。僕はこの依頼を受けてくる。今日は、『虎猫亭』で待っててくれないか?」
「え、うん。大丈夫だけど…。」
エメラダは困惑しつつもイツキの提案を飲んだ。
「すみません。このクエスト受けたいんですけど。」
イツキは、白い髪の受付嬢のリルに依頼書を提出する。
「ふーん。このクエスト貴方にお似合いね。まぁ、いいんじゃない?」
気になる言い回しだけど、依頼書にハンコをもらえた。これでこの人を見つけられれば50000トピアが手に入る。装備を買うには、困らない金額だ。
イツキは、エメラダを『虎猫亭』まで送り、そのまま依頼主の元へと向かった。