一章22.「不穏な空気」
「おい、兄ちゃん。少し俺と話さねえか。正直、人間が来ると怯える奴も中にはいるんだ。お前が本当に信頼できる奴なのか俺に判断させてくれ。」
「おい、ガーディー!貴様、その役目にふさわしいのは、どう考えても私だろ。」
「お前がしたら、百パー却下じゃねえか。皆も俺に一任してくれ。」
ガーディーが立ち上がると、皆は次々に首を縦に振った。
「まぁ、ガーディーだよな。」
ガーディは、『虎猫亭』で絶大の信頼を置かれていることは、初見のイツキでも理解できた。
明らかに周りの不安な表情が一気に安堵の表情に変わったからだ。
「エルフさんは、こっちでお話しましょ!」
「え、あ、うん。」
イツキは、ガーディーに連れられ二階の部屋へ。
エメラダは、ティムと一階の酒場に腰を下ろした。
☆
(立派な宿だな。)
しっかりとした設備に埃一つないピカピカの部屋。イツキでも一目で分かるほど手入れの行き届いた宿だった。
「立派な宿だろ。」
「え、あ、はい。」
驚いた。心の中を読まれたのかと思った。
「これは、ここにいる皆が日替わりで掃除してるからなんだよ。飯の調達も日替わりでやって、行く当てのない俺らにとって、本当に家みたいな場所だからな。」
亜人は、基本お金を稼ぐには、何かしらの職に就くが、そのまま仕事ができるのは本当に稀で、事あるごとに責任やミスを押し付けられ、辞めていくか奴隷になる。
だから、ミスを押し付けられたりしないために自分たちだけでできる冒険者になる者が多い。しかし、亜人が受けられる仕事も限られており、基本的に自給自足が常。そんな、亜人のために建てられたのがここ『虎猫亭』。
「正直言うと、俺はよ、お前のこともう信用してんだ。」
「え?」
「お前の目には、俺らへの嫌悪も愛情も何も感じない。だから、俺らを対等に見ているって分かるんだ。俺は目がいいからな。」
確かに、最初見た時は驚いたが、意外とすぐに慣れた。多分元の世界の二次元で何度も目にしていたから、耐性が多少ついていたのだろう。
それにしても、
「愛情…?」
愛情っていいことじゃないのか?
「あー、愛情と言うか、汚い言葉で言うなら発情だな。人間の中には、亜人に興奮しやがる変態も少なくねえ。そんな奴らこそ、俺ら亜人を奴隷にしようとこうやって忍び込んでくることがある。現に俺がいないときに何人か連れてかれてるしな。」
なるほど。確かにそういう趣味の奴は元の世界にもいた。ネットでそういうことを、平然と口にしている奴もいたぐらいに。だから、この世界に居てもおかしくはない。でも、この世界には実際に亜人というのは存在していて、触れられる。立場の弱い亜人を奴隷にしてよからぬことを考える奴がいることは不思議なことではない。でも、やはり同じ亜人からしたら許せるものではないだろうな…。
「そうか…。」
「その点、お前はそういうことはしねえだろう。ただな、俺が信頼しているのはお前が俺たちに危害を加えないだろうということだけだ。お前自身がどんな奴かは、全く分からねえ。だから、誰にも言っていないお前の秘密、それを俺に話してくれりゃあ、俺が皆を納得させてやる。念には念をという奴だ。言っとくが嘘は通じねえぞ、嘘をつくとき大体の人間は目が泳ぐ。俺にはそれが見えるからな。」
もし僕が裏切った時、その秘密を盾にする気なのだろう。いざ裏切った時、秘密を知っているガーディーとの対決から逃げられないようにするために。よほど、自分の腕に自信がなければできない作戦だ。だけど、僕が裏切ることなんかある訳がない。僕が時人だという秘密で納得してくれればいいけど…
「わかりました。僕は…」
「あ、待て。お前が時人だってことは分かってる。お前に似た奴を二人知ってるからな。だから、それ以外で何か教えてくれ。」
最悪だ。これで納得してくれないとなると僕の秘密なんか、能力か僕の過去しかない。
でも、能力を見せたら人間とか関係なく化け物扱いされて押い出されるに違いない。僕がイジメられていた過去。正直、思い出したくもないし、話したくもない。でも、こうなっては仕方がない。
「僕は、元居た世界で――」
イツキのイジメられていた過去を聞いたガーディーは、話し始めて早々から鼻水と涙を垂れ流していた。
「うぉぉぉぉぉ。お前、お前、辛かったな。もう大丈夫だ。俺がお前を守ってやっからよ。うぉぉぉぉぉ。」
大丈夫か、この人。確かに真実を話しただけど、適当な作り話でも普通に号泣していたのではないだろうか。涙脆いにも程がある。
「よし、お前。ん?名前はなんだったっけか。」
「イツキです…。」
「そうか。イツキ!俺は、ガーディーってんだ。お前も今日から『虎猫亭』の一員だ。よろしくな!」
「あ、うん…。」
なんとか、信頼してもらえたようだ。
これでエメラダにふかふかのベッドで寝てもらえる。本当に良かった。
話をつけ終えた二人は、階段を降り、皆のいる酒場へと戻った。
☆
「あ、イツキ!おかえり!」
イツキが下りてきたことを確認したエメラダは、今までに見たことのない笑顔でイツキを出迎えていた。
「あぁ、エメラ…ダ?」
イツキの目に入ってきたエメラダは、二人の獣人を抱きかかえ、そのモフモフを堪能している姿だった。
イツキは、何故か獣人の前ではあまり喋らないエメラダを一人きりで置いていくことに不安を抱いていた。もしかしたら、何か嫌な記憶があるのかもしれないと。しかし、戻ってみれば、今までイツキに見せたことのないほどの笑顔。何故か、エメラダに抱えられたその二人の子供の獣人に殺意を覚えた。
「エメ姉ちゃん、止めろよ!くすぐってえって!」
「そうっす!もっとやってほしいっす!あ、間違えたっす。やめろっす!」
二人も満更でもなさそうにエメラダに撫でられる。
「だって、初めて見た時からモフモフしてみたいなって思ってたんだもん!でも、いきなりするのは迷惑かなって我慢してたんだから!」
あぁ、それで一言もしゃべらなかったのか。なるほどな。でもよかった、ここの連中は、エメラダをハーフエルフとして見ないでいてくれている。
「で、どうだったのガーディー?その方ニャら大丈夫だったでしょ?」
「あぁ、それがよ。イツキの奴はよ、昔な…。」
イツキは、大きなガーディーの口を飛び掛かって抑える。
「おい。何言おうとしてんだよ。秘密を教えたんだから内緒に決まってるだろ!!!」
イツキは、人生で初めての大声でガーディーを叱る。
それに観念したのかガーディーは、開こうとしていた口を大人しく閉ざした。
「すまねえ。ついな。ガハハハハハハハハ。とにかく、イツキは大丈夫だ。もし何かあったら俺がどうにかするからよ。」
こいつ…。本当に大丈夫なのだろうか。
イツキは、この獣人に自分の過去を話したことを早くも後悔した。
しかし、ガーディーの一言で皆の緊張の糸も切れ賑やかな酒場へと戻った。
「おい、ガーディー!イツキの秘密話しちまえよ!」
「そうっす、そうっす!」
『虎猫亭』に受け入れられたイツキとエメラダは、皆で飯を食いながら談笑していた。
「おい!だから秘密だって言ってるだろ!」
イツキは、この世界での成人年齢が15歳でそれを越していればお酒を飲めると聞いて、今日ぐらいいいかと、酒を浴びるように飲んで皆に溶け込んでいた。
「…調子に乗るなよ、人間風情が。」
しかし、それを良しとしない狐の獣人は、冷たい目でイツキを睨むように陰から見ていた。