一章21.「亜人の集う家」
「イツキ…ごめんね。私のせいで…。」
「エメが気にすることじゃないよ。」
あんな奴のためにエメラダが謝る必要など微塵もある訳がない。この世界はどうしてこうも人間の醜さが蔓延しているのだろう。よく見たら、店の看板に小さく亜人禁止と書かれている店が至る所にある。勇者はなぜこれを教えてくれなかったのだろう。あろうことか、エメラダをこんな気持ちにさせて、一体、何を考えているというのだろうか。二度も僕たちを救っておいて…。
「でも、これからどうしよう…。魔除けの石もあるから、野宿できなくもないけど…。」
アピセ村での一件の後、街から村に届けられた物資の中に魔除けの石がいくつかあり、その一つを是非にと譲ってもらった。それから、王都までは魔物との遭遇もなく、安全に到着に至った。実際、野宿も一つの案だろう。僕は、エメラダさえいれば、例え馬小屋だろうと満足だ。しかし、エメラダをそのようなところで寝かせるわけにもいかない。また魔物が知恵を働かせないとも限らない。
となると思い当たる節は一つ。先に出会った猫の獣人の店『虎猫亭』。
「エメ、『虎猫亭』に行こう。」
「うん!」
☆
――カランカラン。
「いらっしゃいませ~!ニャン名様…。あ、おかえり。ガーディ達!」
「おう!ただいま、ティム。今日は、魚を取って来たぜ。」
そうオオカミの獣人が言うと、店内は地鳴りの様に歓声で揺れる。
「うぉおお!ナイスだ、ガーディー!丁度その気分だったんだ!」
「ふっ。なかなか、分かっているな。」
ここは、『虎猫亭』。
いつものように当番の人が狩猟から帰り、それを温かく皆で出迎える。まるで一つの家族の様に。
「おい!ガーディ!なんで俺を連れてってくれねぇんだ!俺だってもう狩りぐらい出来る!」
「そうっす!兄貴と俺がいれば百人力っすよ!」
「バカ言え。お前らが外に出たら、魔物に一瞬で殺されちまうに決まってんだろ。」
そこに悪ガキ二人組も参戦し、一層賑やかになる。
「そうだ。お前たちには、そのような仕事よりも人間を根絶やしにするための訓練を私がつけてやる。」
「えぇー。だって、センの特訓くそ厳しいじゃんか!しかも、今日だって人間懲らしめてやろうとしたらティムにめっちゃ叱られたしよー。」
「なに!?あれほど、人間とは関わるなと言っただろうが!!!」
ガーディーは、大きく声を荒げ、ゴンを叱りつける。
「そうか、無事で何よりだ。それにしてもよくやった。」
それに対して、その行為を褒め称える狐の獣人。
「てめえ。子供にそれ以上いらねえことを吹き込んでんじゃねえ。」
「貴様こそ甘えるな。我らのこの憎しみを忘れぬためにも後継を育てるのは道理。」
「はいはい。分かったから、さっさとこれ食べて寝ニャさい。」
その二人の間に入り、出来上がった魚の塩焼きを机の上にドンと置くティム。
これもここ『虎猫亭』では、お決まりのガーディー対センの大ゲンカ。これを毎日のように繰り返し、最後にはティムの料理に二人とも涎を垂らし、一時休戦。ご馳走に食らいつく。酒を飲むと犬猿の仲の二人も大の仲良しに元通り。そして、次の日を迎える。それがいつもの日常。
カランカラン。
「いらっしゃいませ~!ニャン名様で…。あ!!!」
「どうも。あの、すみません。二人で泊まりたいんですけど…。」
いつもの『虎猫亭』に久しぶりの来客。ここに集うは、多種の亜人。中でも獣人の行く当てのない者が辿り着く最後の砦。
しかし、今日そこに現れたのは、一人のエルフと一人の人間。
自然と皆の視線は一人の人間に向く。鋭い眼光で今すぐにでも殺してしまおうかという殺意と共に。
「良かった。どうしても今日のお礼をしたくて!是非泊っていってください!」
驚きのあまり誰も口を開かぬ中、狐の獣人のセンが思わず口を開く。
「おい、ティム。何を言っている。貴様、人間なんぞに与するのか。」
イツキは、ある程度の覚悟をして『虎猫亭』の戸を叩いた。人間の亜人への差別。その亜人が人間を憎むのは当然のこと。その亜人を受け入れる店に人間が入るのはそれなりにリスクがあることは、イツキでもわかったから。それでも、人間が誰一人いないことは想定していなかったのか、あまりのアウェイな環境に息がうまく出来ずにいた。
「違うよ!この人は悪い人間じゃニャい。今日ゴンとレンの無礼を許してくれた人だから大丈夫!」
「貴様は何度同じ過ちを繰り返すのだ。そんなこと今まで何度もあっただろう。それで同じ数裏切られてきたではないか。」
「でも、勇者さんはいい人だったでしょ?」
「あやつは例外だ。」
イツキは呆然とする。
どうしてここで勇者の名前が出てくるのだろう。あの勇者は亜人が差別されていることを知りつつエメラダに亜人禁止の店を紹介したのか?この場所を知っているのであれば、こちらを紹介するのが道理のはずだ。
「でも、この人は現にエルフさんと一緒に居るじゃニャいか!」
「フン。そんなの無理やり連れているだけに決まっている。そういう趣味なだけだろう。」
その一言に、獣人を前にすると何故か一言も発さなかったエメラダが声を荒げる。
「違うよ!イツキとは私が一緒に居たくているんだから!無理矢理じゃないもん!」
イツキの顔がトマトの様に真っ赤に染まる。
あまりの威勢にセンも驚き、口を閉ざす。
そんな中、空気を読まない二人の子供がイツキを指さして笑い転げる。
「はっは!兄ちゃん顔がトマトみたいになってんぞ!おいレン!こいつトマトだぞ!」
「ほんとっす!トマトっす!」
こいつら…!!本当にクソガキじゃないか。これは一発殴っても許されるんじゃないか。イツキがその葛藤の渦の中にいると、
ゴン。
「いってぇーーー!」
「あんた達、命の恩人にニャんてこと言うの。本当にすみません。トマトさ…人間さん。この子たちは本当にバカで…。」
今この子もトマトと言いかけなかったか?いやもう言っていたよな。撤回できないところまで口に出ていたぞ。
「痛いっす!何も鍋で殴ることないっすよ!てか、今ティムもトマトって言ったっす!!不公平っす!」
まぁ、僕の代わりにこいつらに制裁を加えてくれたので水に流そ…。
「い、言ってニャいよ?っふ。」
今、笑いそうにならなかったか?やっぱり、一発ぐらい殴ろう。イツキがそう決意して一歩踏み出そうとすると、イツキの目の前に鋭い眼光をした大きなオオカミの獣人が立ちはだかった。