一章14.「再会」
「なんか魔物が少ないな。」
「うん…。ラッキーだね!」
あれから、二日経って結局スライムとは何度か出くわしたが、あんだけ居たゴブリンとは一度も顔を合わせることはなかった。エメラダの言う通りラッキーなのだろうけれど。何故か嫌な予感がする。漫画とかだと大体こういう時の悪い予感は当たってしまう…。駄目だ駄目だ。ラッキーだったということにしておこう。もう少しでアピセ村にも着く。そうしたら、僕がイノシシかなんかに変身して村を襲おう。エメラダに内緒なのは悪いけど、きっとイノシシが僕だとわかっていたら彼女は僕に攻撃できない。
よし、そろそろ…かな。
「ごめん。エメラダ。お手洗いに行きたいから、村の方に先に行っておいてくれる?すぐ行くから。」
「え?う、うん。分かった!早く来てね?」
「うん。」
エメラダもさすがにあの村に一人で行くのは、少し怖いのだろう。嫌な思いをさせてしまっただろうか…。でもこれもエメラダのため。
そしてイツキは、イノシシの姿に変身しようとした。その時――
「きゃああああああああああああああああああああああ。」
なんだ!?エメラダの悲鳴?まさかもう村の奴らに何かされたのか?くそ!こうしちゃいられない。
イツキは、そのまま村の方に走った。人間で出せるはずのないスピード。羽が生えているように地面を蹴りながら。
「エメ!どうした!」
「イツキ!大変!村の人達が!ゴブリンに襲われているの!しかも、こんなにたくさん…。」
イツキは、村の方を見て絶句した。
そこにいたのは大群のゴブリン。何十匹なんて生温い数ではない。恐らく数百匹。この数を村の人だけで抑えるのは不可能だろう。そして、僕たちでも敵わない。
ここは、逃げるべきだ。ここで命を無駄にする訳にはいかない。さっさとバレていない今の内に逃げて…
そう思った瞬間――
エメラダは、走っていた。そう、村の方めがけて、何の躊躇もなく走り出した。まるで天使のように。
「誰か助けて…。この子だけでも…。どうかこの子だけでも…。嫌。いやぁぁぁぁぁ。」
ゴブリンに襲われている老婆は、藁をも縋るように、自分の孫を抱えるように身を挺していた。ゴブリンは、手に持った棍棒で老婆の頭を潰しにかかる。
そこに黒髪の耳の尖った、幼少の頃より関わってはいけないと、生きる厄災だと教えられてきた。つい最近この村にやってきてしまったと言われていたハーフエルフ。そんな彼女が、身を挺してゴブリンからの攻撃を防いでくれた。昔から教わってきたその言い伝え、そして孫子供にも教えたその言い伝えとは、正反対のその麗しき見た目。そして、行動。
ありがとう。の言葉さえ失うほどに呆気にとられていると、
「大丈夫ですか?できるだけ、私の目の届く範囲に居てください!精霊たちが守ってくれるはずです。」
彼女は淡々と、精霊を使いこなしてたくさんのゴブリンを薙ぎ倒していった。精霊を使える人間はこの世界にはあまりいない。精霊は、気を許した相手の前にしか姿を現さないから。真の心を持つ者の前にしか現れないというから。それなのにこの子は今、明らかに生れという存在を操り戦っているという。おかしいではないか。だって、今まで教わってきたのはハーフエルフは悪い奴がなるって教えられてきたのにそんな子が精霊を使えるなんてあり得ない。今私たちを助けてくれているなんてあり得るはずがない。あってはならない。
そしてそれは、愛する孫の一言で全て覆る。
「ねぇ、お婆ちゃん。お姉ちゃんの周りの精霊さんたち楽しそうだね!」
なんてことだろうか。子供の頃は私も精霊が見えていた。子供の純粋な心が精霊たちと心を通わしてくれるのだ。しかし、いつしか物心ついた頃からは見えなくなっていた。だからこの子が言っているのは、きっと本当で彼女の周りには精霊がたくさんいるのだろう。だとしたら、だとしたら、今まで私たちが紡いできたものがどれだけ彼女を苦しめただろう。どれだけの間、傷つけてきたのだろう。エルフという種族は元々長命と言われていて、何百年と生きることができるらしい。だとしたら、彼女はいつから耐えて来ていたのだろうか。
そして私たちはなんと罰当たりなことをしていたのだろうか。
そして、あっと言う間に、周りの生存者も助けエメラダ対ゴブリン数百匹の構図が出来上がった。
助けられた人々は、その華麗に踊るような戦い方をするエメラダに魅入られていた。そして未だ村の外にいるイツキもその一人…。
「…。あんなに強かったのか…。」
想像以上にエメラダは強かった。このまま順当にいけばゴブリン達にも勝てるだろう。明らかにさっきまで威勢の良かったゴブリン達が勢いを失くしている。それもそうだ。あれだけ居たゴブリンがもう半分ぐらい。それほどにエメラダと精霊たちが強いのだ。
「でも、まぁこれで僕の出番はなくなったかな。」
内心バクバクしていた。もし上手くいかなかったらどうしようと。けれどこの調子ならきっともう大丈夫だ。ラッキーだな。
イツキは、どこかで慢心していた。敵意のほとんどない動物を狩りまくり、食べまくったから。それなりに強くなったと。気持ちは全く、成長していないというのに。そのことに気付けていないのだ。外面ばかり気にかけていたから、中が見えていない。エメラダのためにと腹を括った自分がどこか主人公っぽいなと。この能力がどこか主人公っぽいなと。慢心していたから。先も目の前の絶対に主人公なら諦めない場面でも逃げようとしていたくせに。エメラダが強いと知った途端、簡単に手の平を返す。まるで、イツキの嫌いな人間と同じように。
だから、天誅が下ったのだろう。背後から忍び寄る化け物にも気づかずにそのまま後頭部に強烈な打撃を喰らう。
「な、なんだ…。」
地面に倒れ、後ろを恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、恐らく人間を喰らったであろう口周りの血、そしていつか誰かにつけられた傷跡を露呈させた緑色の肌。
「お前は…。」
魔物は本来人間の言葉を理解できるほどの頭脳がない。ただただ自分たちの本能の赴くままに生きる生き物だ。だが、そいつはイツキの反応と言葉を理解し、ケタケタ笑い出した。
大きく口を開け、その真っ赤な歯を見せながら。