一章13.「旅立ちの日。」
「僕も遂に化け物か。」
自分の能力が予想外の力であったことを確認したイツキは、その日から森に居た動物を狩り、食べまくった。そして、エメラダに言葉を習い、自分流のトレーニングにも励んだ。
それから、三ヶ月後――
「じゃあ、エメ。そろそろ行こうか。」
「うん!あ、ちょっと待って。イツキ、ちょっとこっち来て座って!」
言われるがままにエメラダの目の前に座り込むと、エメラダは僕の髪をナイフで切り始めた。
「えっ。ちょっと!」
「動かないの!ずっと、イツキの前髪無い方がかっこいいなって思ってたんだから!」
そう言われて嫌な気はしないが、今までずっと誰かの視線から隠れるように前髪で目を隠していたのに、いきなり面前に晒すなんて非道だ。
そうこう思っているうちにもバサバサと髪が落ちていく。もしかしたら、この子は、天使の面をした悪魔なんじゃないかと時々思う。
「よし!完成!かっこいいよ!あ、このナイフ一応イツキが持っておいて!」
お世辞でも今は、嬉しくなれない。こんな短い髪なんて何年ぶりだろうか。
きっと二度と前髪を切ることは無いと思っていたから、何だか不思議な感覚だ。意外と目に負担がないのは、助かる。
イツキは、そんなことを考えながらエメラダからナイフを受け取り、小さい鞄にしまった。
そんなイツキの露わになった瞳は、以前の鋭い目つきとは違う、どこか柔らかい温かさを帯びていた。
「それにしても、本当に私も付いて行っていいのかな。イツキもみんなから変な目で見られちゃうよ?」
それは確かにそうだろう。黒髪というだけでも不吉だとあの神父は言っていた。つまり、この世界には黒髪はあまりいないのだろう。そんな場所を黒髪二人が歩くのだ。目立って仕方がない。でも、
「大丈夫。僕たちは普通の人間なんだと皆に知らせよう。君たちと変わらない一つの命だって。生きているんだって。」
正直、これは僕の中では本意ではない。周りに今更どう思われようと興味がない。でも、例え本意なんかなくたって彼女の望みが彼らに普通の人間として認めてもらうことだから。そのためなら僕は、道化でも何でも演じよう。彼女が笑顔でいられるなら、僕は、僕は、本物の化け物にだってなってやる。
ずっと考えていた。彼女のために誤解を解く方法を。きっと、容易ではないことはやらずとも分かっていた。だから、僕は、彼女のために本当の化け物になる。
簡単な話だ。僕が悪者になればいい。街を能力で手に入れたたくさんの姿で襲う。エメラダは、それが僕だと気づかないまま攻撃してくれるだろう。根のいい子だから、街の人のピンチに動かない訳はない。そしてそのまま僕は退治される。そうしたら、街の人はエメラダに感謝するだろう。僕は頃合いを見て、街から退散して、人間の姿で何事もなかったかのように街に戻る。
完璧なシナリオだ。
「ありがとう!イツキ!じゃあ、一緒に行こう!王都ユーティスへ!」
僕たちの目的地は、王都ユーティスという近くで一番大きい街。そこへ行くには、アピセ村を経由しなければいけないのが難所だが、少し遠回りすれば問題ない。
「そうだね。行こう。」
そうして、僕らは小屋のドアを開けた。
☆
――出発した日の夜。
この日は魔除けの石を首からぶら下げていたからか、特に何事もなく過ぎた。この調子なら早くて一週間ぐらいで目的地に着くだろう。順調だ。
…それにしてもなんだ、この匂い…。
この三ヶ月間、イツキはとてつもない成長を遂げていた。喰らった動物の数は、数種類。そして、言葉も常識範囲で覚えることに成功していた。そんなイツキでも依然と変わらず、成長できていないものがあった。果たして、それがイツキの成長のせいなのかは、甚だ疑問ではあるが…。
「おまたせ!今日は、家から持ってきたウサギさんのお肉をステーキにしてみました!」
何度食べても、慣れる気がしない…。そもそもステーキって焼くだけでできるだろうに…。どうしたら、あんなダークな味になるんだ…。
そうエメラダの料理。これだけは何度口にしようと、美味しく感じた例がなかった。何と言っても、これの難点は、彼女自身がこれを美味しいと思っているところだ。だから改善するという概念すら生まれない。つまり、僕の舌が成長する以外に道はない。
そんなこんなで二人は、夕食を済ませ焚いた火を消し、眠りについた。
遠くの陰から見つめる妖しい目にも気づかずに…。
――そして二人は、翌日を迎える。
「おはよう、イツキ。」
「あ…あぁ。おはよう…。」
先に起きていたイツキは、何故かしどろもどろで、汗だくになりながら何かを探していた。
「どうしたの?何か探し物?」
寝起きで言葉が曖昧なエメラダを堪能する暇がないほどに焦るイツキ。
何故無い…。寝る時に見張りをするか迷ったが、石を投げられたりしても平気なようにカバンに入れておいたはずだ。魔物が近寄って、奪えるような物でもない。となると、誰かがカバンから盗んでいったのか?でも誰が…。何のために…。
「…。ごめん。エメラダ。魔除けの石が、無くなってる…。」
「え…。」
勿論、エメラダが持っている可能性も考えたが、どうやら彼女の反応を見る限りそうではないらしい。
「どうしよう…。もう家にはないし…。アピセ村に行けば売っているかもしれないけど…。」
最悪だ…。あんな村に寄っても、売ってもらえる保証すらないというのに。
仕方ない。こうなったら、村を僕が襲おう。それで、エメラダが村の人達を守り、評判が上がって石も手に入るだろう。予定より少し早くなったけど、一石二鳥だ。あのクソ神父に一発浴びせてやるのもアリだな。
「じゃあ、アピセ村に寄ろうか。」
そして二人は、目的地を王都ユーティスからアピセ村に変えて、歩き出した。
それを遠くで光る妖しい目で見ているそいつは、赤に染まった歯を見せるようにニヤリと笑った。