一章12.「目指す場所」
何故人は、優劣をつけたがるのか。それのせいで誰かが傷つこうとも自分の立場を守り抜くために人間は、容易に他人を蹴落とす。例えば、身近な存在の誰かが死んでしまったら、大抵の人は悲しむ。だが、全く知らない誰かの死がニュース等で流れても、そこまで悲しくはならない。それが人間だ。仕方がないことだ。だって、知らないのだから、情を沸かす理由がないのだから。ただ、そんな奴らこそが、のたまう。「命は平等」と。そんなはずがない。命は、この世に生まれ落ちた瞬間から既に平等ではないのだ。
平等が起こりえるとしたら、それは全員が一気に死ぬことだろうか。その一瞬だけは平等と言ってもいいのかもしれない。けれど、そんなことが起こることは、ほぼ無いに等しい。
つまり、平等なんてあり得ないし、起こりえない。それなのに人間は、平等を愛す。それが詭弁で違うと知っていても、それでも繰り返す。命は、平等であるべきだと。欲望にまみれた人間が、綺麗事を抜かす。
だから僕は、人間が嫌いだ。そう考えながらも、彼女を救ってやりたいという欲望に逆らえない僕自身のことも大嫌いだ。でも、彼女に過酷を強いているこの世界と人間たちが何よりも嫌いで許せない。
生まれてすぐに嫌われ者の烙印を勝手に押された少女とそれを勝手に嫌う者たちの命が平等?ふざけるな。
だから――だから――だから、
「僕は、化け物でもエメを肯定する。エメは、生きていていいんだ。僕は、エメに居てほしい。」
昔、母に読んでもらったとある絵本のヒーローがヒロインに言った言葉。
自分がイジメられていたあの時に、誰かに言ってほしかった言葉「生きることの肯定」。
ある日から、生きている意味が分からなくなった。このまま生きて、その先に何かが果たして待っているのだろうかと不安で押しつぶされそうになった。
両親は、仕事が軌道に乗ってから、ほとんど家に帰らずに、たまに帰ってきたと思ったら、どちらも違う人の匂いを纏っていた。
僕のヒーローだった幼馴染は、僕を点数稼ぎにしか思っていなかった。
でも、そういう奴らが人生を上手く生きていける世界。そこに僕の居場所はない。それでも、そこに居ていいのだと誰かに肯定されたかった。生きてもいいと誰かに言って欲しかった。
だから、僕はエメラダを肯定する。他の誰もがエメラダを否定しようとも僕がエメラダのそばにいるんだ。
☆
エメラダは、イツキの言葉を聞いて、開いた口が塞がらなかった。体が脱力し、崩れるようにその場にへたり込む。
今までどんなに辛いことがあっても我慢していた。子供に化け物だと石や卵を投げつけられた時だって、母親に「なんであんたみたいな子が生まれてきたの!」と言われ殴られた時も、最愛の兄が死んでしまった時も、我慢した。その感情は、決して口に出してはいけないからと。望んではいけないことだと思っていたから。
「私…。私は、生きていてもいいの…?」
涙が溢れる。これは、今まで流してきたどの涙とも違う。初めて流した嬉しい涙。たくさんの感情が詰まった大粒の涙。
誰よりも人が大好きで、たくさんの友達を作りたくて、素敵な恋をしてみたくて、幸せな家庭を築きたくて、それを諦めることが自分に課せられた罪だと思っていた少女が兄以外の人から初めて言われた存在の肯定。
「当たり前だ。」
イツキの言葉一つ一つが全身に雷を走らせたように響く。生きてもいいとここに居てもいいのだと、誰かに言って欲しかった。自分が生きる意味を与えてほしかった。それを時人という不思議な少年から与えられた。こんなにも幸せが溢れることなんて一生無いと思っていた。だから、ありがとう。神様。こんな私に奇跡を与えてくれて。
エメラダは、ひとしきり泣いた後、自分の夢をイツキに語った。
たくさん友達が欲しいこと。皆に自分を認めてもらいたいこと。行ってみたい場所に行くこと。冒険してみたいこと。今まで言えなかった分のたくさんの憧れを一日中語り明かした。
イツキはそれを静かに聞いた。こんなにも顔を輝かせたエメラダを初めて見て、胸が熱くなった。そして、同時に自分がこれからすべきことを確認した。初めて描いた夢を実現するために。彼女の幸せを掴むために。
まず、強くならなければいけないと思った。エメラダに聞いた話だと魔物がうじゃうじゃいることよりも、人間たちの争い。つまりは、戦争が頻繁に起こっているらしいのだ。そんな中を冒険するなんて今のままでは不可能だ。ただ、強くなる方法には実は、思い当たる節がある。それに加えて、筋トレやらも始めよう。
そして次にこの世界についての勉強だ。言葉もしかり、もっと情勢を把握しないといけない。一応、この世界についての情報は、冒険をしながらでも集められるだろう。何よりエメラダがそこまで情勢に詳しくない。だからまずは、言葉の勉強から始めよう。
イツキは、初めてできた目標の実現。
エメラダは、初めて語った夢の実現。
二人はここから、始めるのだ。今までの自分。過去の自分と決別して、全てを諦めていたあの頃の自分とお別れをして。
「明日から、忙しくなるな。」
イツキは、どこか晴れた様なそんな顔をしてニコッと笑った。
エメラダは、そんなイツキを見て胸を締め付けられた。初めて見るイツキの表情に頬が赤く染まる。それが恋なのかどうか経験のないエメラダにはまだ分からないが、どこかそれが心地よく感じていた。
☆
次の日。
早速、イツキは残っている魔除けの石を借りて、森の中に入った。
目的は、この入り組んだ地形でのランニングと魔物ではない動物の捕獲。入り組んだ地形なら色々な筋肉を使えそうだと寝る時に考えていた。そして、動物は食事用だ。これからアピセ村にはもう顔を出せないとなると食料が一番心配になるからだ。後は、とある実験のため。
たくさんの木々を抜け、走りながら周囲を見渡す。近くで腐敗したようなゴブリンの匂いもするが動いてはいない。むしろ、匂いが少しずつ遠ざかる。魔除けの石がきちんと効いているのだろう。
そんな中、微かに獣臭がする。その匂いの元へと向かうイツキ。近くまで来るとゆっくりと足音を立てないように近づいた。バレないように、忍び足で獲物を視認する。しかし、獲物もこちらに気付き足早に逃げてしまった。
「どうしてバレたんだ?」
その獲物も良くは知られていないが、実は鼻が利く。その上、聴覚も桁外れなため、イツキの立てていないと思い込んでいる足音にも気づいていた。
「バレてしまうのでは、捕まえ辛いな…。そうだ。」
イツキは、次の得物のそばまで行くと今度は、変身した。
勿論イノシシに変身したのではない。あんなにでかい生き物になっては意味がない。だから、スライムに変身した。意識は朦朧としていたがエメラダを崖から引っ張ったあの時、確かに腕は伸びていた。考察するにイノシシの能力でないことは明らかで、イツキの中に一つの仮説が生まれたのだ。
自分の能力は、イノシシになる能力ではなく、食べた者の能力と容姿を手に入れる能力なのではないのかと。そう考えると今までのタイミングやら全てに納得が行った。それを確かにするために、イツキは、目の前の獲物「ウサギ」をスライムのまま飲み込んだ。スライムには、不思議と味覚がない。そのままウサギを体内で吸収する。
そして、イツキは人間の姿に戻り、跳んだ。木の頭を見下ろすほどの高さまで。
「やっぱり!」
イツキの仮説は、証明された。自分の能力が、イノシシになるだけのものではなく、食べた者の姿になれて、それらの力が使える。言わば、人間離れをした化け物の様な能力だということが。