一章09.「ゴブリンの群れ」
☆
数日後――
小屋に帰ってきた僕は、エメラダに釣り竿と魔除けの石を借りて近くの川に来ていた。久しぶりに魚が食べたくなったからだ。あと、エメラダと二人きりでいるのが気まずい。
結局アピセ村からの帰りの三日間はお互い、ほぼ会話無しだった。
「はぁ。一体どう話しかければいいんだろうか。」
実際問題、エメラダから声をかけるのは難しいだろう。目の前で泣き喚いてしまった後になんて言えばいいかなんて僕だったら分からない。だからこそ僕からどうにか声をかけてあげたいけど…。分からない…。泣いてしまった女の子に声をかけるなんて世の中の男はなんて難易度の高いクエストに挑戦しているのだ。
とにかく、このままというのも良くない。こういう時はどうすればいいのだろうか。謝った方がいいのかな…。でも何だかそれでは、僕が自惚れていると思われてしまうかもしれない。もしこれで泣いていた理由が僕のせいではないとか言われたら立ち直れない。
でも…このまま話さない訳にもいかない。よし、こうなったら、謝ってしまおう。僕がどう思われようとも彼女を悲しませておく訳にはいかない。そうと決まれば、善は急げだ。
イツキは釣った魚を持って、小屋へと戻った。
ガチャ。
小屋に帰ってきたイツキは、取ってきた魚を調理場に置いて小屋のどこかにいるはずのエメラダを探す。
居間、寝室、お風呂にトイレ。
しかし、エメラダの姿は何処にも無い。
おかしいな。どこにもいない。外に何か用事でもあったのだろうか。
イツキはそう思い、エメラダの帰りを待つことにした。
☆
――その日の夜、
エメラダは、未だ小屋には帰って来ていなかった。
まだ帰ってこないのか?どうなっている。僕と一緒に居るのが気まずいからと言ってもこの時間まで帰ってこないのはおかしい。もしかして、エメの身に何かあったのか?
悪い予感がイツキの頭の中をグルグルと駆け巡る。
「探しに行かなきゃ。」
イツキは慌てて小屋を出て、夜の森に入っていった。
☆
――エメは、無事だろうか。魔除けの石は持って行ってるはずだから、魔物に襲われている事は無いと思いたい。とにかく無事であってくれ。
あれこれ考えながら、木々の合間を駆け抜けるイツキ。しかし、何処にもエメラダはいない。
どうすれば見つけ出せる…。どうすれば…。僕には何もできないのか。こんな時、すごい能力さえあればよかったのに。僕には、イノシシになる能力しか…。
イノシシになる能力?そういえば、以前イノシシに変身した時は意識していなかったが辺りの匂いをいつもより強く感じた気がした。その前日にイノシシのステーキを食べた時も香りを強く感じたような…。もしかして、イノシシの嗅覚って…意外と強いのか?
事実イノシシの嗅覚は、犬並みに利くと言われており人間の嗅覚など比にならない。
イツキは、全神経を鼻に集中する。
あった。草木の香りとも獣の匂いとも違う。エメラダの匂いだ。急ごう。近くに違う匂いも複数している。
イツキは全力で走った。
――もうそろそろだ。それにしてもこの匂いは何者なんだ?人ではない様な匂い。魔物か?エメラダに近づけていないということはそういうことなのだろう。
こいつらにバレないようにエメの元に行かなきゃ。
イツキは息を潜めてエメラダに近づく。足音も極力出さないよう慎重に。慎重に。
かなり近いところまで来れた。それにしても何の音だ?
エメに近づけば近づくほどその音は大きくなる。何かがぶつかるような音。それが無数に聞こえてくる。
直後、パリンと何かが割れたような音が森の中に鳴り響いた。
その音と同時に魔物たちが騒めき出し、匂いがどんどんとエメラダに近づいている。
な、なんだ?なんで急に。こうなったら足音なんか気にしていられない。
イツキは、その匂いの奴らよりも速くエメラダの元に走る。
すると――
「っ…。」
僕は、絶句した。そこにいたのは、紛れもなくエメだった。しかし、エメは頭から血を流して倒れていた。
イツキはエメラダを抱えるとある物が目に飛び込んできた。
それは、何やら砕け散った宝石のような物。そして、それを砕いたであろうたくさんの石。
「これは…魔除けの石…?まさか…。」
そう。魔物たちは、魔除けの石には近づけない。だから、近づかなかった。その代わり、遠くからエメラダに攻撃する策を練ったのだ。魔物も『生き物』だ。自分たちが生き残るために必死なのだ。それが自然の摂理。
気付けば、エメ以外の匂いの正体がすぐ後ろに来ていた。
イツキは振り返った。
「なっ…。」
そこに立っていたのは、複数のゴブリン。イツキでは、一匹でも太刀打ちできないほどの魔物が数えきれないほどにそこに立って、こちらを鋭い目つきで睨んでいた。