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杖師の憂鬱  作者: 梅紅茶
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受け取った予兆

魔法師が使う杖を作ることを生業とする一族のセレナ。力の強さゆえに体が弱い彼女だったが、ある日彼女のもとに、彼女がかつて作った杖からの助けを求める声が届く。その声にこたえるべく外の世界へと出て調査を開始するセレナ。

杖の求める助けは何なのか、その真実を探る中で迎えたある出会い。その出会いが彼女の人生に変化をもたらしていく。

 そこは不思議な輝きを持つ空間だった。見方によって様々な色を見せる部屋。置かれている物や部屋を飾るカーテン。そういった全てのものが特定の色を持たない、そんな場所だった。その部屋に彼女はいた。そこは『彼女の部屋』でもあり、そして『彼女が創った物』たちの部屋でもあった。居心地のいいその『自分の部屋』にすわり、今目の前にある一本の杖を眺めていた。

 部屋と同色の布で包まれた杖。材料は、この国において最高の輝きを持つとされる『リマ聖鉄』であり、一番上の部分には、やはりこの世界で一番の硬度と美しさを持つ水晶『ヒール』がはめ込まれている。最高の材料で作られた最高の杖。しかし・・・。

「どうか、したの?」

 杖にゆっくりと語りかける少女。長い薄茶色の髪が床の上に散っている。彼女の服も、部屋と同じ色で、まるで部屋に溶けてしまいそうな、そんな雰囲気を持った少女。

「……『シャロン』?」

 シャロン、と呼ばれた瞬間、杖がわずかだが輝きを放つ。同じ輝きを持つ部屋の中で、唯一異なる光を放つ杖。その青き光に、首をかしげる少女。

「何がそんなに悲しいの?どうして泣いているの?」

 そっと手を差し伸べる。青い輝きを放つ杖。彼女の手が触れると同時に、その光がゆっくりと床へと零れ落ちだす。まるで杖が泣いているかのような、そんな輝き方だった。そのこぼれ落ちる光をその手に受け止めようとするが、彼女の手をすり抜けて光は床へとしみ込んでいく。

 光を受け止められなかった手をゆっくりと自分の胸へ引き寄せて目を伏せる。

「大丈夫。大丈夫だから、だからお願い。そんなに悲しまないで」




「お加減はいかがですか?セレナ様」

「……メルア?」

 カーテンが開いて眩しい日差しが部屋に差し込む。

 かちゃりという音とともに開かれた窓から風も吹き込んでくる。寒くも暖かくもない、心地よい目覚めを促す風だった。

「朝ご飯の支度ができていますよ。動けるようなら下に準備しますが」

「……少し無理、かな」

 なんとか体を起こす。そんなセレナの様子を見ると同時に、駆け寄って起き上がるのを手伝うメルア。腰よりも長い髪。色素が抜けたような薄い茶色の髪が、ベッドの白いシーツに滑り落ちる。

「大丈夫ですか?」

「……うん」

 頷くセレナ。しかし、その顔色は言葉ほど良くないことは一目見れば分かるものだった。

「少し熱があるみたいですね」

「このぐらいなら平熱よ」

 小さく笑って言う。起き上がったセレナの背にクッションをあてて、落ち着いて座れるようにしてから扉へと向かう。

「食事、持ってきますね」

 それだけを言い残して部屋を出ていくメルアの後ろ姿を見送って、そして窓の外へと目を向ける。

「久しぶりかな、こんな朝は」

 昨日までは起き上がることすらできないほどで、締め付けるような痛みが体中を襲っていたのだ。今日はその痛みも和らいでいたが。

 広い部屋、窓側に置かれた少女が体を横たえる低いベッドの脇。薄いクリーム色の絨毯の上に一本の杖が置かれていた。同色の布で包まれたそれは、不思議な光を放っている。

 長さは一メートル強ぐらいである。しばしその杖を眺めた後でもう一度窓の外に目を向ける。

「『シャロン』……大丈夫かな」



 『杖師』。それが彼女の職業である。

 魔法師や召喚師といった職業の者が持つ杖を創る仕事。当然ただの杖ではなく、持つ者の力のレベルに合わせて成長するものでなくてはならない。魔法師や召喚師はその杖を媒介にして力を発揮する。そんな『成長する杖』は普通の者には創ることはできない。それを生業とする一族が『レイファーヌ家』である。現存する『杖師』はすでにこの一家のみとなっている。が、彼らがどのように杖を創るのか、その技がどのように受け継がれているのかを知る者はない。

 『レイファーヌ家』の名の下に『杖師』の仕事に励むものは少なくない。しかし、創る者の『力』や『能力』によって杖の出来栄えも異なる。

 そしてセレナは、一族で最も強い力を持つ『杖師』であった。彼女の父親もまた優秀な『杖師』であったが、彼女が五歳のときに、わずか三十歳という若さでその人生を終えていた。

 『杖師』としての力を持って生まれたものは、その強き異能とさえされる力故に短命であり、それはセレナも例外ではない。力が強ければ強いほど体はそれに比例するかのように弱くなる。生まれてからほとんど寝たきり生活のセレナ。数少ない一族の長となる少女なのである。

「ねぇ、メルア」

 食事を持ってきたメルアに声をかける。

「なんですか?」

 返事をしながらも、仕事の手は休まることはない。てきぱきと食事の準備がされていくのを見ながら、目の前に置かれたスープを見ながら言葉を続ける。

「今日、レイス……来るかな」

「レイスですか?」

 そこで初めて手が止まる。しばしセレナの顔を見た後で小さく溜息をつく。

 レイス、というのは彼女にとって従兄にあたる人物だ。城で働いていて、杖を作ってほしいという依頼を今回仲介したのが彼なのだ。同じ一族でも、レイスには杖師としての能力は皆無である。

「来ると思いますけど。『杖』が完成したのは分かっているでしょうし……引取りに来るんじゃないでしょうか。それが何か?」

「うん、来るならいいの」

 頷いてそして置かれたスプーンを手に取り、スープから目を離してメルアを見る。

「……あと、このスープ、色が不気味なんだけど」

「……」

 明らかに濃緑色をしたスープに、恐る恐る声をかける。そんなセレナに自信たっぷりの笑みを浮かべる。その言葉が来ることを予測していたかのように。

「セレナ様のお体のことを考えて作った新作スープですわ。味は保証します。ええ、多少見た目が不気味でも怖くても」

「……」


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