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初恋・淡恋

淡い想いを仕舞い込む

作者:

『初恋を泡沫の恋に』の殿下視点です(一応)


読後の苦情は受け付けません(`・ω・´)キリ

それは本当に偶然だった。


騎士団の鍛錬場に向かっていた時、休憩をしていた騎士たちが話しているのが聞こえてきたのだ。

彼らは私が近くにいるとは気づいていなかった。


「それにしても、殿下にはがっかりだよ。大臣たちは優秀だって担ぎ上げているけど~」

「なんで?」

「ほら、例の『恩人』」

「ああ、何年も前の……なんで今頃探していたんだろうな」

「大方、肉食獣のような令嬢たちから逃れるためじゃねえ?」


『恩人』

幼い頃暴漢に襲われた私を助けれてくれた少女の事だ。

2年前に暗殺者に襲われたことで思い出した大切な子。

ずっと忘れていた『恩人』


そして、私の奥底に大事にしまわれていた淡い想いを抱いた相手……


父上に彼女を探し出し妻にしたいと申し出た時はものすごく反対された。

その理由を父上は話してくれなかった。

何度も何度も問いかけてやっとヒントらしきものをくれたのは母上だった。


当時のおぼえていることをすべて話せと言われた。

覚えているのは髪の色と瞳の色。

そして平民だということ。


私の話を聞いた母は小さな溜息をついた。


母は侍女に命じて当時の資料を私に渡してくれた。

当時未成年だった彼女の名前は伏せられていた。


収穫祭の終盤で起こった惨劇。

少女は剣で切り付けられたが奇跡的に助かったとだけ書かれている。

けがの状況など詳しく書かれていなかった。


私は幼い頃の恩人を探していると公表した。

当時の殺傷事件は多くの人々の記憶に残っているらしい。

すぐに名乗り上げてくれるだろうと思っていた。


だが、1か月、3か月、半年過ぎても誰も名乗り上げなかった。

諜報員を使って国中を調べようとしたが父上に止められた。

自力で見つけ出せと。


半ば諦めかけていた時、名乗り出たのが今の恋人であり婚約者である彼女だ。


「それにしてもあの嘘つき娘はないよな~」

「そうそう、玉の輿狙いなのが見え見えだっちゅうンだよな」

「殿下や側近たちの前では態度が違うらしいぜ」

「俺も見たことあるけど……あれが王族になるのはカンベンだな」

「でも、殿下はあの嘘つき娘が『恩人』だって認めたんだよな」

「ああ、髪の色と瞳の色が同じ()()()()だからってな」


嘘つき娘?

いったい、だれの事だ?


「本当の恩人である宰相補佐官殿のご令嬢は幼馴染である公爵家のご子息から名乗り上げないのかって問われた時、頑なに断っていたよ」

「なんでお前が知っているんだ?」

「たまたま護衛官として控えていた」

「学園のサロンでの会話か?」

「ああ」

「それでな、ご令嬢が俯きながら『殿下が探しているのは()()()()()だから、私の事ではないわ』だって」

「ああ、そういえば殿下が探していたのは()()()()()だったな。平民の恰好をしていた領主の娘じゃないもんな……って補佐官のご令嬢って常に杖なしでは移動もできないというあの令嬢の事か!?」

「今頃気づいたのかよ。ご令嬢が杖を手放せないのは当時の傷と毒が原因だ。助かったのは本当に奇跡だと治癒師殿たちも言っていたよ。傷は塞がったけど傷跡は生涯消えないそうだ。長時間歩くことも立っていることもできないそうだ。当然ダンスも踊れないから社交手段が少なくなっている」

「うわ~令嬢にはつらいな」

「令嬢は傷跡が残るって聞いても『彼が無事ならよかった』って笑ったそうだ」

「お前、やけに詳しいな」

「俺あの時、騎士見習いとしてあの場にいたからな」

「え、じゃあ……」

「ああ、一部始終見て知っているが、箝口令が敷かれてこれ以上詳しいことは話せない」


騎士たちの会話は私に衝撃を与えた。

だが、彼らが本当のことを話しているとは限らない。

きっと彼女に嫉妬した誰かが流した嘘かもしれない。

そうだ、あの優しい彼女が私に嘘をつくはずは……


「しかし、殿下も公に公表せずとも王室に納められている報告書を見ればすぐにわかっただろうに」

「ああ、王族と宰相と騎士団長しか閲覧できないという調書か」

「そう、あれには一般的に公表されていないことも書かれている。それこそ令嬢の名前もその後の()()()()()()

「まあ、でも殿下も嘘つき娘も幸せそうにしているからいいんじゃないか」

「俺はたぶん、長続きしないと思うけどな」

「だが、もう国内外に『婚約者』として発表しちゃったから今更人違いでしたなんて言えないよな」

「そうそう、城下じゃちょっとしたラブロマンスとして流行しているぜ」

「まあ、なんにせよ、下っ端の俺たちには関係ないことだな」


騎士たちは笑いながらその場を去っていった。

だが、私はその場から動くことが出来なかった。


従弟である公爵家の彼が迎えに来るまで……


***


「ふ~ん、それで?」

私は公爵家の彼に騎士たちの話の内容を話した。

本当の事なのかと……彼らの会話の中に彼の名前も出ていたから。


彼から返された言葉は冷たいものだった。

「もし、私が騎士たちの話は真実だと言えばそれを信じるのですか?」

「え?」

「殿下は()()()調()()()婚約者様があの時の少女だと()()したから婚約を結ばれたのでしょ?」


そうだ、私の記憶と母上から渡された資料を照らし合わせて彼女に間違いないと思ったから父上に報告し婚約の許可を貰った。


「私は何度も聞きましたよね?本当に彼女が殿下が探している恩人なのかと」


そうだ、彼は何度も私に聞いてきた。

しつこいほど聞いてきたが、彼女と思い出の彼女が重なり合っていた私は彼の言葉を無視し続けた。


「殿下の従弟であり、事件当時一緒にいた私の言葉を聞かなかったのはあなたです」


突き放すような声に私は反論ができなかった。


「彼女は殿下が『恩人』を探していると知っても、周囲が名乗り上げるよう勧めても名乗り上げることはありませんでした」


どうして?


「殿下は公表時のこうおっしゃいましたよね『幼い頃、暴漢より助けくれた少女を妻に迎える』と」


確かに言った。

思い出の中の彼女がまぶしく、ほんの数日ともに遊んだだけだがずっと共にありたいと思ったから。


「何年もたってしまったがただお礼が言いたい。それだけなら彼女もこっそりと名乗り上げたでしょう。だが、殿下は妻に迎えると公言された。それは、彼女にとって苦痛でしかない」


苦痛?

なぜだ?

王家とつながりができるのに?


「殿下は本当に一般的な報告書だけしか読まれていないのですね。騎士たちも言っていたでしょ、王族と宰相と騎士団長のみが閲覧できる報告書(調書)があると」


あれを閲覧するには面倒な手続きが……


「ならば、殿下の彼女への想いはその程度です」


は?


「本当に恩人を妻に迎えたいと思っていたのなら何が何でも調べたはずです。どんな面倒な手続きをしてでも調べたはずです。自分がどこで暴漢に襲われ、その時誰が負傷したかなど。それをしなかったということは殿下にとっての恩人とはその程度の事なのでしょう」


だが……!


「今更なんですよ」


短い言葉に彼の怒りが込められていた。


「殿下は殿()()()()()()()()と婚姻するんです。それが偽りの恩人だろうと殿下が決めた事です」


拳を握る彼の指の間から血が流れていた。


「彼女はやっと過去を乗り越えることが出来たんです。あの事件以降の彼女の事を殿下は何も知らない」


事件以降の……

私が思い出しもせずいた長い時間


「彼女の背中と足に傷跡が残ったことはすべての貴族家が知っています。」


傷跡……?

報告書には……


ああ、一般的には公表していなかったのか。

だが……


「傷跡の事を知っているから貴族家の女性が偽物だとしても名乗り上げることがなかったことに気付いていなかったんですか?王子と結婚できる絶好のチャンスなのに?」


それは、私が『平民の娘』と言ったからではないのか?


「そんなもの『あの時は平民の恰好をして羽を伸ばしていたんです』とでもいっていくらでも誤魔化せますよ。殿下だって時々平民の振りをして遊んでいるではありませんか」


う、それは……


「それから、女性のネットワークや使用人のネットワークは箝口令を敷いたところで無意味です。彼女が傷物になったという話はあっという間に広がりました。それまで舞い込んでいた縁談もすべて白紙になり、彼女はたった10歳で得られるはずだった未来を失いました。それでも彼女は殿下が無事ならと笑みを浮かべていた」


なぜ、彼女は……


「臣下の娘だからと彼女はよく口にしていました。王家に忠誠を誓っている臣下の娘だから王族の代わりに傷を負うのは当たり前だと……いまどきそんなことを言う貴族なんていませんよ。怪我が回復しても彼女は毒の後遺症で杖がなければ歩行が困難な体になりました。それでも彼女は懸命に生きているんです。殿下があの事件をぼんやりとしか覚えておらず、のほほんと生活していた間も!」


彼から告げられる彼女の話に私は声が出なかった。


「まあでも、今は彼女を溺愛する婚約者殿がおりますから殿下が心を配る必要はありませんよ」


え?


「半年後に挙式だそうです。彼女、式の間だけでも婚約者の傍に立ちたいと今、懸命にリハビリしているんですが、婚約者殿が彼女に無理をさせたくないといろいろ考えているみたいですね」


くすくすと笑っている彼の表情から彼の知り合いなのだろうか。


「殿下はあまりご存じない方かもしれませんね。私が紹介しようとしてもいつものらりくらりと避けていましたからね」


彼の紹介を避けていた……?

そのような記憶はないのだが……


「殿下は嫌なことは覚えておりませんから……彼女の事も『いやな出来事があった』から忘れていたんでしょ」


そ、そんなわけ……ないとは言えないな。

実際に事件の事もうろ覚えだったから……


「そうそう、彼の方は殿下が婚約者様と婚約を発表したその日の夜に結婚を申し込んだそうです。最初は断られたそうですが毎日プレゼントを持参して口説き落としたそうです。まずは両親から口説き落とし、彼女の世話役や護衛を口説き落とし、彼女の友人たちに協力を得て完全に落としに掛かりましたからね。友人の中に私や私の婚約者も含みますけどね。あの外堀から埋めていく手腕は見事としか言えませんでしたね。彼女も最後は彼の方の情熱に絆され求婚に応えたそうですよ」


彼女は幸せなのか?


「ええ、彼の愛情に包まれてやっと本来の幸せと笑顔を得ることが出来たと思いますよ。こればかりは彼女でないので断言できませんが」


そうか……式の時に私からも祝辞を送ってもいいだろうか。


「それはやめた方がいいでしょう。一臣下に王族からの祝いは不要です。どうしてもとおっしゃるのなら殿下自身が婚約者様と幸せになってください。それが彼女と彼女の婚約者殿への祝辞となりましょう」


***


その後、面倒な手続きを行い、本当の恩人を知ることが出来た。


王室に納められている調書を読み、当時の記憶がはっきりと蘇った。


私が選んだ『恩人』は……まったく事件とは無関係の女だった。


本当の『恩人』は彼や騎士たちが言っていたように宰相補佐の娘だった。


宰相補佐には個人的に話をすることが出来た。


謝罪は受け取ってもらえなかった。


宰相補佐は真実を公にするのかと顔色を悪くしていたが私は首を横に振った。


私は真実を公にすることはしない。


私の『恩人』は婚約者だと死ぬまで嘘をつきとおすつもりだ。


いつか、綻びが生じ、その先にあるのが『幸福』とは言い難い未来だとしても……



***



彼女の結婚式はとても盛大だったという。


長く降り続いた雨が上がり、式が終わり領民へのお披露目のために教会から出た瞬間、空に大きな虹が懸りとても神秘的だったという。


虹を見あげた新郎新婦は誰が見ても幸せそうな笑顔を浮かべていたそうだ。


公爵家の彼からその報告を受けた時、ちょっぴり胸が痛んだが、『恩人』を探すきっかけになったこの淡い想いを再び胸の奥深くに仕舞い込んだ。




前作を書き上げた後、続編・別視点は書くつもりはなかったのですがなぜか浮かんできた


まあ、個人的にも少々消化不良気味だったので蛇足だと思いつつも書き上げてみました。


ちなみに殿下は婚姻後、臣下宣言(公爵ではなく伯爵・辺境伯あたり)を受けて嫁と揉めるというところまで浮かんだけど書く気力がないのでそこはカットしました(笑)



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