令嬢は領地に戻る①
母上がシーズン中最後のお茶会に参加し終え、侯爵家の領地に帰る日程がようやく組まれた。
私たちの母上は抜群のセンスでお洋服のお店のオーナーをしていて、社交の場に新作のドレスを着ていくだけでぐっと売り上げが上がるらしい。貴族向けの完全オーダーメイドが売りだから高くつくけれど母上が自分で口説いて連れてきた職人さんの素晴らしい仕事ぶりに惚れ込むご婦人が続出しているんだって。
若い頃も母上は相当社交界で輝いていたらしくて、妖精のような容姿で流行を作っていた(本人談)というのを得意気に教えて下さった。
実際母上は四人も子供がいると思えないくらい若々しくて、でもぐっと妖艶な雰囲気でもある。母上の髪の毛はどこにでもいそうな茶色なのだけれど、ふわふわとカールしたそれは動くと儚さを出して彫刻のように整った美貌をさらに作り物のようにしている。母上曰く、人と同じものこそ違いを磨く甲斐があるそう。
そんな母上と私の姉の毎年恒例のケンカが食堂で始まった。昼食を食べ終えたエカード兄様と私は顔を見合わせ、エメリヒだけきょとん顔。
「アダル、帰るのよ」
「嫌です。私、王都に残りたいわ」
「毎年この勝負が勃発するから覚えておくといいよ」
苦笑いしながらエカード兄様が話しかけると、はあ、とエメリヒは気の抜けた返事をした。二人はエメリヒが家に来てから三日目に初めて顔を合わせたのだけれど、博識なエカード兄様と随分気があったらしく仲良くしているみたい。いつも「エカード様とこんなことお話しました」報告をしてくれる姿がとっても可愛いの。
父上は次のシーズンまでは領地に戻る、といつも言っているけれど王都との行ったり来たりが続く。お仕事が忙しいのでしょうね。
母上はサロンを早々に閉めると領地に引っ込む。貴族の付き合いは疲れるし、ファーレンホルスト家の領地は涼しくて過ごしやすいから、らしい。激しく同意するわ。
監視機関保有騎士団の副団長であるウェルモッド兄様はいつも領地にいて騎士団の鍛練をしている。王都の屋敷なんて最近はそんなに来ていないんじゃないかしら。
エカード兄様は院に通っているから暑い間は領地に一緒に帰るけれど涼しくなったら王都に戻る。お医者様もこの時ばかりは領地にやってきて見てくださるの、元気よね。
アダルは王都大好きっ子。新作のドレスのデザインにスイーツ、流行をすぐにキャッチできるからでしょう。毎年帰りたくないと言って母上と懸命に戦う。言い負かされるのがオチなのにね。
私は早く領地に帰りたい。王都の屋敷は人が多すぎて落ち着かないし、エカード兄様にお勉強を教えて頂きたいもの。今の時期は王都がどんどん熱くなるから比較的涼しい領地が恋しい。あと、シロイア帝国についても調べてみようと思っている。
「エメリヒは王都に来る前はうちの領地で過ごしていたのよね」
「三ヶ月ほどファーレンホルスト領に置いて頂いておりました」
私とエメリヒは出会ってからのこの一ヶ月でまあまあ仲がよくなった。本を一緒に読んだり、おしゃべりしたり、、、。八割私が喋っているけど。エメリヒは一生懸命仕事に励んでいて、使用人達にも可愛がられている、とザシャが教えてくれて安心した。確かに構いたくなる感じがするのよね。
「ちゃんとお勉強するわ!ダンスもマナーもちゃんとする!お願い」
「うぅ~、あなたの父上に了承を得られたらいいわよ」
「本当に!?女に二言はないのよお母様」
「ええ!受けてたちましょう娘よ!母は何としてでもあなたを領地に連れていくわ」
「嫌よ!帰らない!」
まだまだ戦いがつづきそうだったので私とエメリヒは退散することにした。エカード兄様は不運にも無理矢理母上に巻き込まれてしまってまだ出させてもらえそうにない。あのザシャだって逃げたがっている。目があったけれど微笑みをはり付けて手を振っておいた。面倒くさいことに巻き込まれるのはごめんだわ。
「ふう、ごめんなさいね見苦しいところを」
「いえ」
無事、自分の部屋に帰還した私たちは荷造りを始めることにした。
「今年はたくさんご本を持って帰るわ。エメリヒも荷造りをした方がいいわよ」
「王都より領地の屋敷のほうが私物、多いので」
「あら、そうなの。じゃあ私のを手伝ってね」
「はい」
短い間だけど分かったこと。エメリヒは何かを任せたり頼んだりすると嬉しそうにしたり鼻歌を微かに歌ったりする。ちょっぴりしか分からないけど、だけどちょっとずつ分かっていくエメリヒは私の中ではもうだいぶ大きな存在になりつつある。毎日朝から夜までずっと一緒だからそれはそうなるわよね。
「このドレスは持って帰りましょう。軽くて動きやすいの」
「はい。、、これでいいですか」
「うん、ありがとう」
「これらのドレスたちは持って帰らないわ。これは王都用なの。今はずっと寝巻きを着ているし」
「分かりました」
「で、このご本は馬車で読みましょう。お勉強用のものはこっち」
二人で読み始めた魔法使いの物語はいよいよ終盤に入った。毎日読んでいるはずなのに私の空想を語る時間が長いようでやっとここまで来た。ようやく魔法使いが自分の使命の真実を知る場面で、涙無しには語れない。
しばらくだらだらと荷物を整理しているとダダダダっと廊下を走る音を立ててから部屋に滑り込んできたのは
「あ!アダルどうだった?」
「やったわよマリー!今年初めて勝ったわ!!」
どおりで口角が緩みきっているはずね。というか勝ったの初めてじゃない?碧い瞳がそれは嬉しそうに輝く。
「まあ父上がお許しくださったの?」
「ええ、その代わりこの屋敷じゃなくてインメル伯爵のお屋敷に預かって頂くの」
胸の前で指を組んでうっとりするアダルの手を包み込んだ。
「王都に残れるならいいじゃない」
「私たくさんお勉強してレディーになった姿をマリーに見せてあげるわ」
「楽しみね」
自分と瓜二つのはずなのにアダルはもう侯爵令嬢の雰囲気を身に纏っている感じがするのはきっと努力の違い。私だって負けていられないわね。
ちなみに、結局兄様は戦いの最後まで退出を許可されなかったらしい。さっき廊下で出会った瞬間絡まれた。顔の疲労感からどれだけ壮絶な状況だったか想像できそうだけど怖いからやめておきましょう。
「マリー、さっきはどうも」
「あああ兄様お疲れ様です」
「、、、覚悟しておけよ?」
妖しく不敵に笑う目の前の美少年、エカード兄様を前に私とエメリヒは心に誓った。この人だけは敵に回してはいけない、と。
誤字あれば教えてください。