令嬢は従者を賜う②
「おはようございます、マリー様」
ぱちぱち、目を開け閉めすると目の前には顔を覗きこむ黒髪の男の子。えっと、
「エメリヒ、おはよう」
ふにゃりと笑うとエメリヒは無表情で身体を起こすのをお手伝いします、と背中に手を添えた。一晩寝たらまた距離感が空いちゃったのかしら。
それにしっかりともたれながら時間をかけて起き上がる。あら、いつも貧血で頭がふらつくけれど今日は調子がいいわね。
メイド達に私のドレスについて指南を受けていたエメリヒを呼んで指示をだす。
「エメリヒ、厨房まで行って今日は食堂で食べるから用意をしてくれって伝えてくださる?」
「承知しました」
私の従者が部屋から出るとメイド達が丁寧に着替えを手伝ってくれた。今日は大きなレースの襟がついたクリーム色のドレス。七分の袖には繊細なレースがひだを作りながらつけられていて可愛らしい。
「マリー様のお着替えを手伝わせていただけるのは久しぶりですわ」
「最近ずっと寝間着生活だったものね」
髪の毛をお下げに結び終えた時にエメリヒが帰ってきた。きっと終わるのを見計らっていたのね。
「ありがとう」
「厨房の方々がとっても驚いていました」
「食堂で食べるの、一ヶ月ぶりだもの」
メイドがドレスの裾を綺麗に直してくれた後、エメリヒが右手を差し出した。
「お手を」
「ふふっ、エメリヒ上手ね」
ぎこちなさがありあまるエメリヒを茶化すとぷいっ顔を背けられてしまった。なあんだ、昨日仲良くなったのと同じ距離感じゃない。
ご機嫌になった私を落ち着かせるようにエメリヒがゆっくり歩く。私の手綱を引けるようになるまでそうかからないと思うわ。
「マリー、その子はだあれ?」
久しぶりに朝食を食堂でとった。
今まではエルザに部屋まで持ってきて頂いていたけれど、そろそろベッドの上で生活する楽さから脱出しようと思って。
重厚そうな扉をエメリヒに開けてもらって食堂に入る。全面に大きなガラスの窓と煌めくステンドグラスが交互にはめられていて温かい日の光がたくさん入る、お気に入りの場所だ。
部屋には白いテーブルクロスのかけられた長ーい机が並べられていて凝った彫りが入る椅子もずらーっと並んでいる。
座っていたのはアダル一人。父上はもうお仕事に行かれたのだろうし母上は朝に弱いからもっと遅い時間に食事をとられる。エカード兄様はいないのね。まだ寝ているんだろう。家によっては家族揃って食べる決まりがあるらしいけれど、ファーレンホルスト家はみんな自由に自分の時間を生きているから朝はばらばら。夜はみんな揃って食べるけれどね。いや、私は最近自室でとっていたわ。
もう朝食を食べ始めていたアダルはシンプルで、しかし職人の細やかな技術が光るドレス。今日も可愛らしい。
「エメリヒよ。昨日から私の従者について頂いているの」
椅子を引いてもらいながらエメリヒをアダルに紹介する。アダルはこちらを一瞥すると一旦ナイフとフォークを置いた。そうね、人の話はながらで聞いてはだめだものね。
「初めてお目にかかります、アダリーシア様。エメリヒと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしく。でもね、言っておくけれどマリーの一番の仲良しは私よ」
「はい」
アダルがその後も何だかんだエメリヒに絡んでいたら私の朝食がやって来た。少食になったのに会わせて厨房長がメニューを決めてくれている。
「うーおいしい!」
食事が終わると昼食まで暇。でもエメリヒがいるから折角だから、と書庫までいくことにした。ファーレンホルストのお屋敷には国内でも大規模の書庫がある。いつも一人でご本を読みに行くけれどやっぱり話し相手がいるっていいものね。
「エメリヒ、お勉強はお好き?」
「僕の住んでいた家にはたくさんの本を置いていましたので、それで時間を潰したりはしていました。好き、なのでしょうね」
書庫を管理しておられる方に挨拶をしてから足を踏み入れる。変わらぬ、歴史を感じる香りがする。
「あら、そうなの。私、エカード兄様からお勉強を教えていただく計画なのよ。でも家のお手伝いのお仕事が落ち着くまで無理なんですって。だからそれまでご本をたくさん読むようにって言われて。あなたはどんなお話がお好き?よければいいものを選んでくださらない?」
「僕はおとぎ話が好きです。、、、これとか」
二人で本棚の間をゆっくり歩きながら本を探す。ちょっと意外ね、論文とか好きそうなのに。でも私との共通点が増えたわ。
「おとぎ話が好きなの。私と同じね。わくわくするわよね、狭いこんな世界から抜け出せる時間って」
「そうですね、これなんてどうでしょうか」
そういって頑張ってエメリヒが背伸びし取ったのは大分厚みのある本。確か兄様も読んでいなかったかしら。ぺらぺらと捲ると難しそうな単語も目に入る。
「おう、難しいわね。でも読み終えることができたら素敵でしょうね。エメリヒ、この本をお庭の、昨日の場所で読みましょう!分からないところは教えてね」
「僕が、ですか」
「いや?」
「っいいえ。ではすぐにお茶の準備をいましますね」
わくわくしてきたわ!
「綺麗な挿し絵ね。本物のドラゴンのよう」
「マリー様、ドラゴンはこの世にいませんよ」
エメリヒが選んだ本は、魔法使いの冒険の物語。私が気に入ったのは繊細で緻密な挿し絵!本物を見たことはないけれど細かく書き入れられたドラゴンは実に見事。
「いいじゃない、想像するのはただよ。あっ、これはどういう意味?」
「ああそれは、、、という意味です」
わからない言葉があるとすぐに答えてくれる。隣に座るエメリヒは、本当に何者なのかしら。
「エメリヒは物知りねえ」
「いえ、僕は別に」
まあいいわ。疲れた目を休ませるために一旦お茶を楽しむことにした。今の季節は晴れが多いから、庭の奥にあるこの場所でも暖かさを感じられる。
「私、いると思うわよ。だっていたら素敵だと思わない?空を飛ぶことだってできるかも。あら、これは何語かしら」
焦げ茶色の裏表紙を指でなぞるとうっすらと刻まれた見たことのない文字を発見した。
「シロイア語ですかね、多分『シロイア帝国の昔話』って書いてあるのだと思います」
流暢にシロイア語を話すエメリヒにまたもや感動して、、、あら?この特徴的な語尾のアクセント、、、あっあの夢で何回も聞いた言葉だわ!王子様が六日間くらいずっと話していた言葉ね!あの時は何言っているのかしらと思っていたけれど、この言葉を習えば将来おしゃべりができるのではないかしら!!
「エメリヒ!私、シロイア語を習いたいわ!あなたは喋ることができる?」
掴みかからんばかりにエメリヒの両肩に手を伸ばすとぎょっと左目を見開かれた。あら驚かしちゃった、ごめんね。
「い、いえ。簡単な会話くらいしか」
「、、、そう、分かった。続き読みましょうか」
決めたわ、私シロイア語を極めよう。トリアオスト王国や周りの国は同じ言葉を使うから、シロイア帝国はきっと離れた場所にあるのね。よおし、シロイア帝国、覚えておこうっと。
ストックが切れかけなので更新頻度、遅くなります。
誤字あれば教えてください。