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令嬢は従者を賜う①

だいぶ体力が回復してきたけれどまだふらつきが残る中、昼下がりに私の部屋に騎士団の制服姿の父上と、見知らぬ男の子が立っていた。うとうとしていたけれど、父上の言葉に一気に眠気が吹っ飛んだ。えーっと、えーっと、、、




「私に、従者をつける?」




静かにオーラを纏う父上を思わず見つめてしまった。なんて凛々しいの!父上の制服姿、大好き。濃い緑の生地に最小限の飾り。詰襟は金色で細かく縁取られている。六つ並んだボタンには一つ一つ施された模様が違っていて騎士団の六つの誓いを表している、らしい。その上着に合わせられた黒のパンツとブーツもシンプルで無駄がない。


式典の正装では、父上のものには小さいマントとかがついていて、そんな姿も格好いい。


それにしてもちらっと視界に入ってくる男の子、すごい警戒しているようよ?大丈夫かしら。




「マリーはまだ身体が回復していないし、少し弱ったと聞いた」



エメラルド色の瞳で刺すように見つめられなぜか泣きたい気分になった。そう、あの謎の高熱から一ヶ月がたっても体力が戻らなかった。ベッドから離れて歩くとすぐ息切れするし、前にお庭に散歩に出たら日差しににやられ倒れてしまうし。お医者様も原因が分からず頭を悩ませているらしい。髪の毛はもう色が戻るのを諦めた。


でも、私の体力が落ちたら父上に迷惑がかかるかもしれない。もういらないって言われるのかな?娘じゃないって言われるのかな?我慢しようとしても目がうるうるしてしまうのを止めることができない。


「え、ええ。でも、父上」


お願い、捨てないでください。そう言おうとすると。


「泣くな、責めているわけじゃない。早く元気になればいいとは思っているがな。たださっき言ったようにこの子をお前の従者にしようと思う。この子はこう見えて強い。私の代わりにお前を守ってくれるだろう」


挨拶を促されておずおずと口を開いた。


「初めまして、マリー・ヴァラです」



「エメリヒ・エンゲルバルト・アレトゼーです」



父上の黒いコートの影から出てきたのは珍しい浅黒の肌に、闇のように深い黒髪をもつ男の子。


長い前髪から覗くのは狐に似たつり目気味の顔立ちで、右目に黒い眼帯を付けている。怪我しているのかしら。首や手足もほっそりしていてとてもじゃないけれど強そうに見えない。でも、人は見かけではないもの。父上が言うんだから本当なのでしょう。

背は私くらいで、ファーレンホルスト家の騎士団の練習着を着ている。裾を上げて着ている姿はぶかぶかで何だか可愛らしい印象で、でも賢そうな目は大人びていて不安定でもある。



「部下であったアレトゼー子爵の息子だ。先日彼が亡くなって爵位をエメリヒが継いだのだが、まあ色々あってお前の従者として引き取ることになった。仲良くしてくれるか」



聞いたことのある家の名前。確か監視機関に勤めていた方だったはず。何度か家にいらして遊んで頂いた記憶がある。亡くなってしまったのね。


「ええもちろん父上!」


では、と私たち二人の頭を撫でると規則正しい足並みで去っていった。相変わらず忙しそう。





さて、この子と仲良くならなきゃね。色々聞きたいことはあるけれど、自分が寝ていて傍に立たれるのはあまり好きではないから身体を起こした。いつもはエルザがちょっと身体を起こすのを助けてくれるけれど、今はいないから手間取ってしまった。

その間エメリヒはぼんやり。まあしょうがないわよね、今日初めて会ったのだから。




とりあえずベッドの端を叩いてにこりと微笑んだ。


「座って?」


「しかし従者はそんなことをしません」



それもそうよね。

今日会った女の子の部屋にいきなり連れてこられて、困るに決まっている。



でもね、それでは話が進まなくってよ。



「私、自分だけに仕えてくれる人がいなかったのよ。エメリヒが初めて。だから仲良くしたいの。ねえいいでしょ?」



微かに首を横に倒して、眉をひそめる。口は悲しそうに上げて。このお願い攻撃はアダルと編み出したもので、割りと色々な人に効く。



「、、、失礼いたします」



ほらね、後で姉にでも報告しておこう。


ちょこん、と遠慮気味に座るエメリヒに膝立ちで近寄って、同じようにベッドの端に腰を下ろした。



俯きがちな顔を覗きこんでみる。近くでみるとお肌はすべすべで、健康的。隠されていないほうの黒目は知的にで輝いている。手首は折れてしまいそうなほど細い。


「ほんとに強いの?」


おっと、思わず出てしまった。


「ウェルモッド様の元で鍛練しております」


エメリヒは別に気にした風もなく淡々と受け答えする。これは手強いわね、周りの人達にはない落ち着きだわ。


で何だって?私の兄に習っている?それは中々の強者だ。いつも私にちょっかいをだす迷惑な兄だけれどその実力は本物で騎士団副団長を任されているだけあるのではないかと思う、素人目だから分からないけれど。



「まあそれは大変ね。意地悪されてなあい?」



「いえ、大変よくして頂いております。あと、マリー・ヴァラ様のことも詳しく教えて頂きました」


「マリーでいいわよ。例えばどんな?」


「マリー様は夢見がちで、将来が心配である。料理長と仲良しでよくつまみ食いをしている。エルザさんに怒られるとすぐ泣く。強がりなくせに泣き虫で、、、」


、、、はあ、兄様は要らないことばかりするわね。少し、、ううん結構切実にエカード兄様を見習っていただきたいものだし、これは髪の毛を抜くだけじゃない罰を与えるべきだわ。



「もういいわよ。どうせできの悪い妹を貶すことが人生の楽しみみたいな人なんだから期待はしていなかったけど」


「でも、悪口は一つも伺いませんでした。僕は兄弟がいませんので羨ましく感じました」


何かを諦めたかのようなエメリヒの表情に何とも言えない気持ちになった。なんで、そんな顔をするの?何を考えていて、何を思い出しているの?


でも今はそんなこと聞くべきじゃないってことは私にも分かるわ。だから口角をきゅっとあげて明るく笑って見せる。


「そう。じゃああなたも今日から兄弟よ」


「はい、ありがとうございます。お嬢様」


いつか嘘っぽくないあなたの笑顔を見られるといいな。





ということで。自己紹介から始めたほうがいいと思ってお互いに簡単に自分自身のことを教える。

いや、エメリヒに至っては名前しか教えてくれなかったけど。


「何歳?私は七歳。今度の年を越す前に八歳になるの」


「僕は八歳です。あと一ヶ月で九歳になります」


「一つ上なのね。でもこの家では私を頼ってね」


「ありがとうございます」


よしもういいや、会話することがなくなってきた。エメリヒの繊細そうな手を取って目を合わせると、何事かと目の前の左目がぱちくりした。クールそうに見えて意外と表情は豊かみたいね。


「屋敷はもう見て回った?ウェル兄様以外の兄弟には会って?」


「いいえ。ついさっき入りましたので」


「じゃあ見に行きましょうか」


「お身体は、?」


倒れる可能性が割りと高いけど、父上から強いって言って頂けているエメリヒがいるから大丈夫だと思うの。


「何かあったらあなたが守ってくれるのでしょう?」


「っはい」


何が響いたか、微かに揺れた返事は聞かないふりをしておこう。

気になって聞いちゃうだろうから。


「あと私、一ヶ月ほど前に熱で倒れてから身体が弱くなってね?だから面倒くさいと思うけれど毎回ベッドから身体を起こすのを手伝って頂けると嬉しいわ」


「承知しました」


そして流れで私の介助のやり方も教えておく。でもエメリヒは私よりちょっとだけ背が高いくらいだからきっと私の身体を起こす仕事は負担になる。いつもはアダルとエルザがせっせと世話を焼いてくれるけれどもう、そうは行かないってことね。私に従者をつけたということは、多分アダルが本格的に婚約者候補争いに参加するんじゃないかな。そこにエルザやメイドの人員が割かれるから私に従者を、、、って、ところだろう。



「ふう、王都の屋敷は広いわね。お庭に行きましょう」


「まだ部屋を出たばかりですし顔色が少し悪いようですが、大丈夫ですか」



おっと、まだドアから一歩踏み出したところだった。足が既にカクカクしてきた、だけどまだガクガクしてないから大丈夫ね。



「大丈夫よ。ほら!こっち」




エメリヒを引っ張って広大な庭に出た。というか森もある。ここでお茶会も開かれるし、ファーレンホルストの騎士団による催しものも開催されるからね。


私は元気だったたった一ヶ月ほど前まで利用していた抜け道を駆使しどんどん奥に入る。息が切れて頭の中が回らなくなってきたけどもうすぐつくから我慢。





「はあ、はあ、ここ綺麗でしょ?私のお気に入り」


「座りましょう!ふらふらです」


「ふらふらではないけれど座りましょうか」



やって来たのは私たち兄弟が『秘密のお茶会』というのをする場所。白く蔦っぽい植物が絡んだ六本の柱の上に半球型の屋根がついていて、周りはお花が今の時期はたくさん咲いている。屋根の下は円卓が置かれていて、古い椅子やらベンチやらも積まれている。『秘密のお茶会』っていうのは簡単に言うと家族会議ならぬ兄弟会議ね。この前はエカード兄様とアダルが二人でやっていたらしい。私にお誘いが来なかったのよ!何か悔しいけれどしょうがない。二人で話したいことでもあったんでしょう。



エメリヒが持ってきていたお茶を二人で飲みつつ私は突っ伏した。頑なに座らないと言っていたエメリヒを正面に座らせたところで体力が限界を迎えた。



「侯爵家の領地にあるお家はもっと分かりやすいのよ。私、シーズンにしか王都に来ないから」


「、、、ここの屋敷に来る前に、何ヵ月かファーレンホルスト領で保護して頂いておりましたので、ええそうだと思います」



あらそうだったのね。確かにじゃなきゃどこで鍛練してたのって話よね。


、、、、、、、話すこと、話すこと、、、、。どうしよう思いつかないわ。何か話すことないかしら。ああ何も思いつかないわ。

ちらりとエメリヒを見ると目があって、今思っていることが自然に零れてしまった。


「、、、ごめんなさいね、今実は凄く緊張していて、、、本当は何で眼帯しているの?とか、あなたのご家族のこととか、あなたのお話聞きたいのに、やっぱり初対面でずかずか聞くの、失礼だと思って。でも今もうあなたに言っちゃったからもうだめね。ああ、私ばっかり喋っているわよね。ごめんなさい」


「ふふっ、マリー様はお優しいです。ウェルモッド様のいう通り」


「兄上が、」



絶対いってないと思うけどね。でもエメリヒが私を優しいって言ってくれたから嬉しい。



「今はまだ、家族の話をする心の準備ができていなくて。でも、あなたにならいつか話せそうだ」



はっとしてエメリヒを見た。あの不安定で不恰好な大人っぽさが崩れていて、苦し気に呟く声に耳を傾ける。父上の色々あっての部分が引っ掛かっていたけれど今のエメリヒを見て、はっきりとアレトゼー子爵家には何かがあるのが伝わった。


そうね、いつかあなたから話してもらえるように私はちゃんと寄り添ってあげよう。あなたの一番の理解者になってあげよう。そのために私は、私を知ってもらえるように隠し事は絶対しないと心のなかで強く誓った。


俯くエメリヒの隣に椅子を持ってきて抱き締める。小刻みな震えが伝わってきて、もっと強く抱き締め囁いた。


「いつでもあなたに寄り添うわ。だからエメリヒのこともっと教えてね。私のこともたくさん知って、助けてちょうだい」


うん、うん、、と頷き、私の腕を離さないように掴んだエメリヒの肩に頭を乗せ笑顔で呟いてみる。




「私の隣にいてね、後ろじゃなくて」



ぽたり、ぽたりと涙を流したエメリヒをそっと抱き締めてしばらく無言のまま夕日を見つめていた。






エメリヒって名前が自分の中でお気にいりです。

誤字脱字、あれば教えてください。

あと私チェックから洩れた設定上の矛盾とか、疑問とかあればそれも教えていただけると嬉しいです。

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