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第二話


 広い庭園の中心には木製のベンチが置かれており、そこから波紋のように広がる薔薇園は美しい。小さく屈みながら進み、ナナはアーシャたちのいるベンチのすぐ後ろの木陰まで来ていた。

 ベンチに隣り合って座る二人の膝は触れ合いそうなくらい近いのに、お互いを探り合うような雰囲気になんだか居心地が悪い。ナナはアーシャに何かあったらすぐ飛び出すことの出来るように片膝だけを地につけ、耳をすませた。


「ご挨拶が遅くなってすみません。僕はアイン家のオズウェルと申します」

「___アイン家、王族の方が私にどのようなご用件でしょうか?」


 (王族・・・)


 ナナは背中がぞわりとして、肩を震わせた。物音は立てられないため、そのままカクカクと揺れる膝を手で摩る。


「いえ、肩書きなど関係ないのです。僕はずっと、貴女にお会いしたかった」

「ありがとうございます。どこかでお会いした事が?」

「いえ。ただ、僕の一方的な思いですね。お恥ずかしい限りです」


 これまでの人生で聞いた事のないような甘い言葉に、ぞわりと鳥肌が立つ。もちろんその言葉はナナに向けられたものではない。もしもナナであればそんな事言われたらなんと答えたら良いか、固まってしまうかもしれない。でも、言われたのはアーシャ。慣れているのか、挨拶のようにさらりと受け流す。


「僕の大祖父は、三代前の王でした」


 どくり、とナナの心臓が跳ねる。


「たった一週間の王でしたが。もちろん、アーシャさんもご存知ですよね?」


 ドッドッドッドと鼓動の間隔が狭まり、嫌な汗がナナの背中を滑り落ちた。


「ええ。学校で習いますもの。存じ上げておりますが、何か?」


 二人の会話は聞こえるが、表情までは見えない。オズウェルの言葉の意味が、ナナにはわかってしまっていた。


「もっとよく、ご存知ではないでしょうか?」


 こんな日が訪れない事をずっと願ってきたのに。



「消えた一族の末裔として」

 


 ガタガタと震える両手で自らの肩を抱き締める。そんなことをしたって、落ち着くはずなどない。ここから立ち去りたい。そう思うのに身体に力が入らない。


 ナナにはただ、息を潜めてそこにいるしか出来なかった。震える身体を抱え込み、木に背中をつけてしゃがみ込んでみても状況は変わらない。


「一体何の事でしょうか?」

「___いえ、何でもありません」

「そうですか。残念ながら私は、王族とは関わりがございません。お力になれなくてすみません。私はこの後予定があるので、失礼してもよろしいですか?」

「構いません。突然お伺いして申し訳ありませんでした」


 カタンと木のぶつかる音が鳴り、布の擦れる音が聞こえた。思わず振り返って二人を見たナナの目に飛び込んできたのは、抱き合う二人の姿。殆ど身長差の無い二人は遠目から見れば子ども。しかし二人の纏う雰囲気は「子どもの抱擁でした」では片付けることは出来そうもない。少年の腕はアーシャの腰に周っていて、筋張った綺麗な手は男を匂わせている。


「また、会いに来ても良いですか?」


 まるで遠距離恋愛中の恋人同士のような光景に、ナナは混乱していた。


 初対面のフリをしているだけで、二人は恋人同士なのではないか。それを覗いている私は野暮な事をしているだけなんじゃないか、と。


 (アーシャが私に秘密にしていることがあったなんて。いや、そうだよね。大きな秘密のある私が、アーシャを責める事なんて出来やしないんだ。しかし、それよりも大事なことがある。アイン家の人がここに来るなんて・・・)




「おい」



 突如降ってきた声に、ナナは大きく肩を揺らした。


「立ち聞きとは随分な趣味だな」


 さっきまで向こうでアーシャと抱き合っていたはずのオズウェルが、腕組みをしながらナナを真正面から見下ろしている。


「目の前に来ても声を掛けるまで気付かないなんて、そんなに衝撃的だったのか? まあ、何の経験も無さそうな見た目だもんな。ははっ」

「ちょっ、なんて失礼な子どもなの」

「子ども? お前こそ失礼だな。僕はアイン家のオズウェルだ。知らないのか?」

「知りませんし、興味もありません。私は失礼します。王族様」


 思わず軽口をたたいてしまった。ユーリをいじめてくる奴らとそっくりの口調だったから。


 ナナはいつの間にか止まっていた震えに安堵しつつ、その場を離れるべく立ち上がった。ナナはボロを出してはいけないと、心の中で「大丈夫」と自分に繰り返し語りかける。


「お前、ナナと呼ばれていたな。アーシャさんとは仲が良いのだろう?」

「それが何か?」

「僕がアーシャさんに心を開いて貰えるように協力しろ」

「・・・」

「返事は?」


 偉そうな癖に、アーシャの名を呼ぶだけでオズウェルは頬を赤らめている。


「仲良さそうに見えましたけれど」

「いいや、僕に惚れた女の瞳はわかる。アーシャさんにはその気配はなかった」

「さっきまで抱き合ってましたよね?」

「ああ。流石はおモテになるんだろうな。動じる事もなく、スルリと行ってしまった」

「___片おも「まだ、だ。今は、だ。必ず彼女の心を手に入れる」


 オズウェルがぎゅっと握った拳を、ナナはぼんやりと見ていた。長い指は綺麗で、きっと重たい物を持った事も苦労した事もないんだろう、と。


「おい。聞いているのか?」

「ええ、王族様。お断りします」

「なっ「小さな村の、田舎娘などではなく王族は王族と乳繰り合ってください」

「それを壊したいんだ。そんなこと間違っている。僕は全てをぶち壊して新たな王となる。そのためにも、彼女が必要なんだ」

「___何故、そんなにアーシャに執着するのですか?」


 ナナはオズウェルを見下ろしながら、頭の中で歪なパズルのピースをはめていた。そのパズルが完成したとき、ナナの運命の歯車が回り始める事を知らずに。



「お前は知らないだろうがな。この村、あの髪にどれだけの意味があるのか」





 (そうですか、王族様。私は知っている。残念ながら知っている。


 貴方が間違っている事を)





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