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次こそは離さないで

作者: 西山 ホタル

神隠しっていいですよね。ってだけのSS

短いんで気軽にどうぞ


 巫女、またの名を神嫁。太古から神託を受けるものとして、あらゆる著物に記されてきたその存在。白装束に緋袴の伝統的様相。

俺の幼馴染、路乃瀬伊万里は五十里神社の巫女である。


「ねえ、来るんでしょ桜花祭。」

くるりと袂を翻して伊万里はいった。社殿へ続く橋の上に七分咲きのサクラが、はらりはらりと視界に降り注いできた。三月下旬ではまだ寒いであろう巫女装束に体を撫ぜながら、彼女はふんわりと笑う。その笑顔に、なぜか少し胸がうずいた。

「いく、つもりではある。」

「そっか。今年は親子喧嘩見ないですむんだね。」

「まあな」

氏家である俺の家は毎年桜花祭に氏子として参加している。そしてその嫡男として参加を強制され、拒否し、喧嘩するのがここ数年の常だった。

別に今年も積極的に参加するつもりはなかったのだが――なぜだか参加しなくてはいけない気がしたのだ。その意を示したら父に大喜びされ、こうやって伊万里も嬉しそうに笑ってくれてるから、まあそれで十分かなと思うことにする。

それっきり口を開かず、無言で橋の上を歩いた。朱色に欄干が塗られた橋は桜と相まって桃源郷のように異郷に続いているみたいだ。


チリン、とスズの音が響いた。


―― キミは次、どんな選択をするのかな ――


子供のような、それにしては成熟して達観した大人みたいな声が脳裏に響く。


―― 面白いものが見れることを楽しみにしているよ ――


薄紅の視界にノイズが散らばった。




「思い出してみようじゃないか。君が本当に、彼女にいだいているものは何なのか。それは尊敬だったのか、それとも友情なのか、それとも――恋慕なのか。」




桜花祭本祭。朱塗りの神楽殿で神楽鈴を掲げ花冠を挿した少女が、舞を奉納する。社殿の端には氏子が狩衣を身に着け、頭を下げている。

篠笛が奏でる囃子が桜散る世界に透き通るように響いていく。

チリッ、という篠笛の高音と、神楽鈴が一振りシャン、と鳴らされ、世界がピタリと止まった。沈黙に桜が風を切る音だけが響く。

その数秒後少女は本尊に向かって深々と頭を下げた。氏子一同も頭を下げる。

そしてその頭を上げたとき、彼女の姿はなかったのだ。神楽殿はおろか社殿のなかのどこからもいなくなっていた。


「神隠し…。」

氏子の誰かがそう話呟いた。彼女は神嫁として召されたのであった。



「そう。彼女は神嫁として現世から連れ去られた。やけに大災害が多い年だったから、彼女自身を神への供物にした。ここまで思い出した?」

愉快そうに声が言う。

「そして、君は彼女を失った。一期間の土地の安寧と引き換えに。」

「ところで君は、彼女に恋慕をいだいていた。」

「土地守に使えるものとしての義務と、己の感傷。こんな見ものな天秤はない!だから君をもう一度「繰り返させる」ことにした。」

「だけど君は!彼女を失ったことに耐えられずその恋慕をなかったことにしてしまった!」

「だからここで思い出してもらう………。楽しみにしているよ。」


刷り込まれるように言葉が押し付けられる。そして溢れてくる、センチメタリズムと激しい後悔。

確かに俺は彼女に好意を向けていた――そして目の前で失った。

「次、こそは………」

喉から声を絞り出すように出す。視界が桜吹雪にさらわれた。



 篠笛の音色にハッと目が覚める。

朱色の神楽殿に、舞う巫女、頭を下げる氏子、舞い散り降る桜。

これは、『あの日』だ。

あの時、もう一生どうやったって会えないのだと絶望した、その当人が目の前で踊っている。

今すぐ彼女を抱きしめて、捕まえたい。そんな衝動とはやる鼓動を押さえつけて、頭を下げ続ける。

曲限りあと少しで神楽舞が終わる。彼女が連れ去られる前に、捕まえなくては。


「今年の儀式は何としても成功させなくてはならない。」

普段能天気に笑う父が、難しそうな顔で母にそう言っていたのを思い出した。こんな田んぼしかない田舎は、天気が命といっても過言ではない。大災害の被害をこれ以上受ければ、この土地一帯が飢えに苦しむこととなる――


果たしてそれは、彼女を救うこと比較してとどのくらい大切なんだろうか。







チリ、と笛が鳴った。


―― ほら、君の選択を見せてみてよ ――



繻子の独特な肌触りが手に伝わった。

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