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act7☆意外…

 帰り道、フロンは無言だった。

 考えすぎの私と裏腹のフロンは、いつも何も考えてなさそうに思える。だが今は何か考えている様子。デフォルトで眠たげな瞼が常人並みには開いている。

 河川敷を通り、相変わらず店外に並んでいるカフェを横目に駅まで戻る。私より少しだけ背の高いフロンは、近いくらいぴったりと私の隣を歩いていた。

「フロン」

 切り出すとフロンは一瞬驚いたのか、ビクッと肩をすくませてから振り向いた。

「えっと、はい。何も考えてませんよ? 何も」

「私まだ何も聞いてないけど?」

「えーっと、えっと、企んでるとかそんなんじゃありませんよ? はい、神に誓って」

「……だから、何の話よ」

 私が呆れると、フロンはぽりぽりとこめかみをかいた。何か怪しい。本当にこの子は分かりやすいんだか分かりにくいんだか……。

「何よ、言って?」

 歩きながら肘でつつく。

「えっとぉ……そのぉ、またご機嫌を損なわせてもいけませんしぃ」

「これ以上損なう物はないわよ。むしろ……」

 むしろ、フロンのおかげでどん底は回避できたんだもの。感謝しなくちゃいけないくらいよ。

「あのですね、今の時間は母が不在なので……えっと、うちに来ませんか?」

「え……」

 私の足が止まる。フロンも止まった。途端にばたばたと両手を振りながら付け足してきた。

「違いますよ? 違いますよ? だからその……うちに連れ込んで蝶子さんにいやらしいことをしようというつもりなんかじゃなくてですね?」

「……大丈夫、誰もそんな心配も妄想もしてないから」

「ネコがですね、その……うちのネコとふれ合ってくだされば、蝶子さんも癒やされてくれるかなぁと……」

「ネコ?」

「お嫌いですか、ネコ……」

 不安げなフロンと見つめ合う。垂れ下がった眉毛がおかしくて、思わずぷっと吹き出してしまった。

「な、なんですか? 私、何か変なこと聞きましたか?」

「ふふっ、ごめんごめん。違うの、フロンの顔がおもしろかったから」

「えー! ひどいですよぉ、蝶子さぁん」

「ごめんってば。……好きよ、ネコ」

 ネコは、私にもフロンにも似てるから……。

 フロンの表情がぱあっと明るくなる。「そうと決まれば!」と言い、同時にニンニクましまし餃子のビニール袋を右手に持ち替え、左手で私の手を強く引いた。

 早足のフロンに引きずられるように、またも河川敷方面へ戻る。途中、オシャレなタワーマンションを曲がった。どうやらこの先は瀬高のっぽのマンションが続くらしい。

「ねぇ、お母さんはいないって言ったけど、他のご家族がいるわけじゃないわよね?」

「大丈夫です。父はアメリカで単身赴任ですし、姉は独立してますから。母はこの時間、習い事で夕方まで戻らないはずです」

「そうなの……」

 ずんずん進むフロン。帰路だけに慣れている足取りだけど、ぶっちゃけこのオシャレなマンション街に似つかわしくない。むしろ外見だけは取り繕っている私の方が浮いていないと思うのだが……。

「ここです」

 立ち止まったのは、やはりこの町並みに溶け込んだデザイナーズマンション。まぁお嬢様高校なのでフロンもそこそこいいとこの娘だとは思っていたが、まさかスパッツ娘がこんなオシャレなマンションに住んでいたとは誰が思うだろうか。

 ぽかんと見上げる私の腕を「行きますよー」と引く。エントランスもエレベーターも、ドラマでも見たことのない高級な造りだった。今時のセキュリティらしく、全て顔認証とはさすがだ。

「どうぞー」

「お、お邪魔します……」

「スリッパ置いときますねー」

 覚悟はしていたが、予想通り玄関も広い。無駄に広い。来客用らしき赤いスリッパを無造作に出してくれたフロンは、そそくさと左の部屋へ消えていった。

 私はどうすれば? スリッパを履いたものの、一歩も踏み出せない。お父さんの経営しているラブホテルより、立派な部屋が待っていることだろう。

「蝶子さーん?」

 消えた部屋からひょっこり顔を出したフロン。手招きしている。私がおずおず近付くと、またひょいっと引っ込んでしまった。なんなのだ?

「どうぞ座ってください。今何か飲み物持ってきますぅ」

「い、いいわよ。長居するつもりないからおかまいなく……」

 声がうわずってしまった。ダイニングへ向かおうとしていたフロンが「そうですか?」と引き返す。

「あっ、いたいた! チャチャ、シルシル、ただいまぁ」

 座るよう促された革張りのソファに、2匹のネコがいた。座ったまま背を伸ばし、じっとこちらを見ている。茶トラネコが多分チャチャ、もう1匹のチンチラシルバーがシルシルなのだろう。

 か、かわいい……!

「いやぁ、きゃわゆーい! 初めましてぇ、蝶子たんでちゅよーぉ」

 思わず理性が吹っ飛んでしまった。何を隠そう、動物は大好きだのだ。急に大きな声で近付いてきた私に一瞬驚いていたネコさんたちだったが、危害は加えないことを察したのか、おとなしく抱っこさせてくれた。

「いやぁん、シルシルたんてばふわっふわぁ! チャチャたんもおりこうでちゅねぇ! いやぁん、きゃわゆーぅい!」

「ちょ、蝶子さん……」

「いやぁん、おとなちいでちゅねぇふたりともぉ。いいこいいこぉ!」

 頬ずりしても全く動じない。やはりそこら辺のネコとは違うのだ。金持ちのネコさんたちは、きっと心の余裕が違うのだ。

「ちょ、蝶子さん……あの……」

「なんでちゅかぁ? フロンたん」

「……えっとぉ……」

 ハッと我に返る。フロンも硬直していた。

「えっとぉ……その……蝶子さんが喜んでくださって嬉しいんですがぁ……」

「ごごごごごめん! ついテンション上がっちゃって……」

「い、いえ、蝶子さんが動物好きだとは知らなかったので、うちでよかったらゆっくりしていってください。えっと、テイクアウトしてきた餃子とか温めてきますねぇ」

「あ……う、うん。ありがと……」

 ひきつり笑いを浮かべながらそそくさと消えるフロン。

 気まずい……。つい『自』を出してしまった……。いくらフロンといえど、さすがに私のキャラではないと困惑していることだろう……。

「ねぇ、どう思うぅ?」

 チャチャに問いかける。「何が?」という顔で私をじっと見ている。シルシルは私が乱してしまった毛並みを整えていた。どっちもかわいい。

「いいなぁ、お前たちはきゃわゆくてぇ……」

 もう一度頬ずりをする。手入れが行き届いているので獣臭さが全くない。愛されているんだな、と口端が緩む。

 様子を伺うように戻ってきたフロンだが、少し冷静さを取り戻していた私を見て、安堵の笑みを浮かべた。どや顔で「お待たせしましたぁ」とトレイを置く。

 決して奇麗に盛り付けられているわけではないが、そんなことはどうでもいい。改めて「いただきます」したそれは、フロンの進めた通り、とってもおいしかった。私たちは会話もそこそこに、ちょっと遅くなったお昼ご飯を存分に味わった。

「ふぅ、お腹いっぱいですぅ」

「お肉が落ちてるわよ、もったいない。麦茶ごちそうさま」

 フロンの前に落ちていたお肉をティッシュで回収し、私は2人分の食器を手に取った。満腹で瞼が閉じかかっているフロン。今日はたくさん気を遣わせたな、と罪悪感すら沸く。

「蝶子さぁん、あとで私が片付けますから置いといてくださぁい」

 と言いつつゴロリと横たわるフロン。

「ダメよ。フロンに任せておいたらカビが生えるまで放置するでしょ」

「しませんよぉ。ほら、蝶子さんも……」

 ……寝たな、こいつ。

 それでも、それがフロンらしくて、そのお世話をやくのが私で。それが1番落ち着く……。

 食器を片付けて戻ってくると、すでに寝息を立てているフロンのお腹でチャチャが丸くなっていた。傍らに佇むシルシルと目が合う。ソファに腰掛け膝をポンポン叩くと、ひょいっと音もなくジャンプしてきた。

「いい子でちゅね……」

 シルシルの耳元で囁く。おとなしく撫でられてくれるシルシルは、気持ちよさそうに目を閉じた。

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