act3☆自己分析
私が通うこの星花女子学園高等部には普通科と商業科、それと服飾科の三コースがある。
特になりたいものも目指すものもない私は当然普通科。秀でた才能も手技も特に欲しいわけではないので、ごくごく穏やかに目立たぬよう学園生活を過ごしていたい。
目立ちたくない、その言葉は演劇をやっている者として矛盾してやいないかと問われれば答えはノー。
というのも、目立ちたいと思って演劇をやる人はむしろ少ないのだ。逆に『違う自分になれるから』という変身願望で演劇を楽しむ人の方が多い。
日常の自分に何かしらの蟠りや不満を持つ人間、私も含め意外とそんな人たちが多い。
もっと自分に自信を持ちたいと思う気持ちはやまやまなのだが、どうもこう、周りを見る限り自己顕示欲を高められる要素が何もないのだ。
例えば……。
「しーおんっ。今日ぼく補修になっちゃったから部活行けないって部長に言っといてー」
私が所属する一年四組の入り口に立ち塞がる六組のこの娘、名は獅子倉茉莉花という。扉にもたれたまま足をクロスさせ、まつ毛に掛かりそうな前髪をかきあげてポージングしている。女子校に一人はいると言われる、俗にいう『イケメン女子』というやつらしい。スカートが嫌なんだかポリシーなんだか、制服を着ている事はほぼなくいつもジャージ姿でうろうろしている。
立ち姿一つでも分かるように、この娘はナルシズムの塊のような生き物。廊下で見かける度に違う女子生徒をたぶらかしてはキスでもしそうな距離に顔を近づけたり腰に手を回したり。よっぽど自分の歌に自信があるのか、「ねーねー、そこのかわいい仔猫ちゃーん。放課後、ぼくとカラオケ行かなーい?」と今時チャラ男でもしないような誘い文句でナンパを続けている。
もちろん、私が誘われた事はない。たまに私と目が合えば慌てて逸らし、声を掛けられそうな生徒を見定め直す。別に誘われたいわけではないし、どうせ睨んでいると誤解されているんだろうと察しはついている。
自己顕示欲の強さは見た目では計り知れないではあるが、どこからどう見ても『歩く自己顕示欲』の獅子倉茉莉花を見ると、羨ましくもあり自分にはない方がいいのかもしれないと悲観的になってしまう。
このナルシーを例えに挙げたのが極端だったかもしれないが……。
そんなチャラ娘だが、こういう言動でも唯一無二の恋人がいるらしい……。
「うっさいわね、わざわざ四組に言いにくるくらいなら自分で部長のクラスまで言いに行ったらいいじゃない。あたしだって補修あるんだから部活出られないのっ」
チャラぼくっ娘が呼びかけた女生徒。私のクラスメイトであり、このナルシズム星人の恋人、名は相葉汐音という。詳しくは知らないが、高々と結っているそのポニーテールはかなり赤いのだが指導を受けていないところをみるとどうやら地毛らしい。
相葉汐音は私のように釣り目ではないものの、その赤毛も手伝ってか気が強そうに見える。実際口は悪い方だし気の強いところもあるが、私が知る限りの相葉汐音はヤンキーやら不良やらではなく、ごくごく普通の女子高生。
だが、彼女もまた私のように外見で誤解を受けて損をするタイプには違いない。
そしてもう一つ、私との共通点が……。
「相葉さん」
蜘蛛の巣を張るように扉に立ち塞がっていたチャラ娘をしっしっと一括して追い返した相葉汐音が振り返る。やっぱり、ブラウスのボタンが取れかかっている。「何?」と笑顔を向けるその襟元に私は手を添えた。
「取れかかってるわ。寮に戻ったら付け直してあげましょうか?」
「やだ、ほんとだぁ。……ううん、でもいいや。気持ちだけありがとね、芹澤さん」
相葉汐音はこめかみをぽりぽりとかきながら苦笑した。自分で付け直すつもりなのだろうか……だけど私は知っている、彼女が恐ろしく不器用な事を。天才的な不器用がゆえに家庭科機材をことごとく壊す『破壊神』と先生に恐れられている事を。
「遠慮しないで? クラスメイトじゃない。それに私、こう見えても自分で衣装作る事もあるのよ?」
普通のクラスメイトならここでにっこりと笑顔を見せて信用させるところだけど……どうせ私の笑顔は『真犯人のほくそ笑み』と思われるのがオチだもの。ここは真顔よ、真顔。
「え、あー……そうじゃなくてさ……」
相葉汐音は何やらもじもじと視線を逸らしながら口ごもった。
どうせあれでしょ、真顔も怖いから信用出来ないとか思ってるんでしょ? 他のボタンもブッチブチもぎ取るんじゃないかとか、ビリッビリに破くんじゃないかとか思ってるんでしょ?
少なくともあなたよりは器用だし、それより何より……。
同じ匂いがするんだもの。私と同じ、貧乏性の、いいえ、中流以下の匂いが……。
「消しゴムだってあんなに小さくなるまで使っている相葉さんだもの、まだ半年と着てないブラウスに穴が開いたらもったいないと思うでしょ? 物持ちいい者同士助け合いましょうよ」
「あー……うん。でもほら……あいつああ見えて服飾科だし、意外と器用なのよ……。ほんと、気持ちだけありがとね」
そう言って相葉汐音は照れ臭そうにはにかんだ。
あぁそう。そういう事? さっきのチャラ恋人が直してくれるから結構です、ってそういう事?
あっそーですかー……。
「これは失礼。野暮なお節介だったわね。気を利かせたつもりが気遣いが足りなくて申し訳なかったわ。断りにくい事を差し出がましく言ってごめんなさいね?」
嫌味のないように軽く口角を上げる。
どう? これなら感じ悪く見えないでしょ?
「ううん、そんな事ないよっ。こちらこそせっかく芹澤さんが言ってくれたのにごめんね? そんなに怒らないで……?」
「やぁね、怒ってなんか……」
怒ってなんか……。
「ちょーこさぁーん」
俯く暇なく呼ぶ掛けに振り向く。声がしたのは廊下の方だった。そしてその聞き慣れた声に安心感が湧く。目が合ってひらひらと手を振っていたのはうちのルームメイト。
「フロン、どうしたの? また教科書忘れて借りにでもきたの?」
一組のフロンが授業を真面目に聴いているのかどうかは知らないが、わざわざ四組まで来る用事といえばそれくらいしか思い当たらない。部屋でもほとんど勉強しないフロンなので授業中も寝ていないわけがないと勘ぐってしまうのだが……。
「違いますよぉ。ブラウスのボタンが取れかかってしまったので付けてもらいたかったのですぅ。クラスメイトにソーイングセットを借りてきましたのでお願いしますぅ……って、蝶子さん、なぜ悲しそうな顔をしているのですか? 何かあったのですか?」
なぜこの子は分かってしまうのだろう。怒ってなどいないと、切なかっただけだと。
「借りたのならそのクラスメイトに付け直してもらえばよかったじゃない。わざわざ私のところへこなくても……」
「いやだなぁ、私は蝶子さんがいいのですよぉ。蝶子さんは私のお嫁さん候補でもあり、一番の理解者ですからねぇ」
いや、私は全然理解出来てないんだけど……。
それでも……。
「しょうがないわね。すぐ縫ってあげるからその間ジャージでも羽織ってなさい」
「わぁい、ありがとうございますぅ。だから蝶子さん大好きですぅ」
「はいはい」
理解は出来なくても、私を理解して必要としてくれているからいいか、とも思う。
もぞもぞとその場で脱ぎ出したフロンのブラウスを片手に自分の席へ座ると、遠くから相葉汐音の視線を感じた。
どう? あなたが断った私だって必要としてくれる人がいるのよ? 恋人が服飾科だからだかなんだか知らないけど、おとなしく私に付け直してもらえばよかったと思うでしょ?
残念だったわね、今からでも頭下げたら付けてあげてもいいけど? とにっこり微笑んでみせる。
「あ……」
目を見開いて首をすくめた相葉汐音を見て我に返る。
こういう微笑みがいけないのだった、と。