act1☆エキセントリックソート
うちのルームメイトは変わっている。とても変わった女子高生。
素材としてはおっとり口調のしっとり系美人で一見申し分のない容姿。成績優秀で音楽に秀でていて作曲も出来る芸術肌。だけどそれを帳消しにしてしまう自堕落な生活観とボサボサヘア。努力派の私としては恨めしいくらいもったいないと思ってしまう程に。
いえ、そうではなくて、彼女はそこら辺のだらしない女子高生とは比較にならない程の奇行種。
では、どんな風に変わっているかと言うと……。
「うぅー……。お腹が減って身動きが取れませんー。蝶子さん、私の夕ご飯を食堂から持ってきてはくださいませんかぁ?」
呆れる程物臭だったり。
この女子寮での私たちの部屋は二階、一階の食堂へは階段を一つ降りるだけだというのに……。
「ただいまぁ、蝶子さぁん。今日は野良猫さんに新曲のヒントを貰ったんですぅ。というわけでこれから打ち込みに入るので宿題はあとで写させてくださいねー」
自称、猫と会話が出来る……らしい。
彼女は趣味で作曲をしているのだが、シャカシャカと小うるさいサイケデリックな曲が多く、私には例え猫と会話が出来たとしても、どこにサイケデリックな曲を提供してくれる猫がいるのかと理解に苦しむ。これがせめて童謡ならば、猫をヒントにインスピレーションが湧いたと言われれば常人だとも思えるのだが……。
「明日は文芸部へ見学に行くんですぅ。入学して一か月経ちますし、私もそろそろどこか入部したいと思ってまして……。きっと文芸部なら静かで寝やすいでしょうしぃ、音読してくれようもんなら心地よい子守唄になるじゃないですかぁ」
要は部活に入りたいわけではなく、寝所を求めて見学して回ってるだけ。
興味がないのならいっそ帰宅部のままでもいいんじゃないかと提案した事もあったが、演劇部に属する私の帰りが遅いとつまらないからという何とも意味不明な理由だったので説得する気にもならなかった。
「あっ、蝶子さんてばぁ……また隠れてカップラーメン食べてましたね? いえいえ、ごまかしたって無駄ですよぉ。この匂いは……うん、塩ラーメンですね? なぜって、蝶子さんの体臭からですよぉ。ふふっ、当たりでしょう?」
先に言っておくが、私は決して体臭が酷いわけではない。むしろ異常体質なのは彼女の嗅覚。
同室の彼女の前で何かを食そうものなら、普段から閉じかけの瞼をひん剥いてレーザービームのような視線を突き刺してくる。なので私は好物のカップラーメンを取られまいとこっそり食べてくるのだが、どうも口臭以外のところから嗅ぎつけてくるという犬並み、いや、それ以上かもしれない特殊技能がある。
「蝶子さぁん、私のお嫁さんになってくれる気になりましたかぁ? 夏休みになったら一度実家に帰るんですけどぉ、その際にはぜひママに紹介したくてですねぇ。だってほら、いつも私の身の周りの片付けやら身支度やらを面倒見てくださってるじゃないですかぁ。ママを安心させたいんですよぉ。蝶子さんしかいないんですぅ」
何よりおかしな言動は、この『私立星花女子学園』にお嫁さんを探しにきたという謎の志望動機。
高等部編入組の私とは違い、彼女は中等部からの内部生。私がこのお嬢様学園に入学して最初に会話を交わしたのがこのルームメイト。公立中学から編入した私には理解し難いが、女子校というところは花嫁修行ならぬ花嫁探しなのかと耳を疑いくらくらした。
「おやすみなさぁい、蝶子さぁん。それでは夢の中で会い……ま……」
『おやすみ三秒』ならぬ、おやすみ即睡。
しっとりとした口調で話す彼女が黙っている時はシャカシャカした音楽を聴いている時だけ。だから会話も音楽もないこの時間だけがこの部屋のブレイクタイム。決して成績優秀とは言えない私の貴重な勉強時間はこの瞬間だけ。
それでも、静まり返った部屋に微かに聴こえる彼女の寝息が心地よくて落ち着いてしまう。
どんなにおかしな行動をしても、どんなに変わった発言をしても、私はなぜか彼女をうざったいと思った事はない。憎めないその個性が羨ましくもあり、愛おしくもある。
「んー……。ちょーこさあ……。まだスパッツは脱がさな……むにゃむにゃ」
……どんな夢を見てるんだか……。
それではそろそろ開幕としますか。私と彼女の喜劇……いえ、愛憎劇を……。
「あぁーん……。スパッツがぁぁぁ……むにゃむにゃ」
ううん、滑稽劇を。