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9話 保健室と素直な気持ち

(んっ………ここ…どこだ。俺、なんで寝てんだっけ)


うっすらと開いた目の先には見慣れない天井。体を動かそうとすると節々が痛む。夏川は慣れない感触のベッドを背に感じながらゆっくりと思考を巡らせる。


(あぁ…そうだ、俺、体育館の天井から落ちて…)


倒れる前までの記憶が不規則に、泡のように湧き上がる、その記憶の気泡に混じりとても大切な人の姿が浮かぶ。それを認識した瞬間、一気に全神経が起動する。


「海咲っ!っっっあっ…く…」


勢いよく常体を起こしたが、全身に走る痛みに耐え切れず再びベッドへと倒れこむ。骨が潰れるような胸中に響く重痛に無言で悶える夏川。額から嫌な汗が滲み出るのがはっきりとわかった。体中に潜む痛みを落ち着かせようと徐々に呼吸を遅く、深く整えていく。

と、そのうちに自分の呼吸とは違う吐息が聞こえることに気づいた。目線を横にやると、そこには椅子に座ったまま上半身のみをベッドに預けて寝息をたてている海咲がいた。怪我をしている様子はなく、とても穏やかな顔をしている。


「せん…せ……ムニャムニャ」

「海咲、………よかった」


無事な海咲の姿を見て安堵する夏川。安心から自然と優しい顔つきになる。


「その子、ずっとついてたんだぞ」

「村井!」


不意な介入に、今の自分の表情を見られてしまったのではないかと急に恥ずかしくなり、それを隠すように焦って必要以上に大声で名前を呼んでしまった。


「おはよーさん。心配したんだぞ、もう起きねぇんじゃねぇかってな、ははっ」

「縁起でもないこと言うなよ。おまえもずっとついててくれたのか?」

「まさかそんな、気色悪い。たまたま様子を見に来ただけだよ。まっ、二人の邪魔するのもどうかと思ったけどもう一回くらい出番作っとこうと思ってな」

「なんだよそれ」

「海咲ちゃんも怪我はないし、おまえのほうもまぁ骨が折れてるわけじゃねぇから大したことないだろ」

「そうか。よかった」


夏川は心からそう呟いた。その様子を見て村井は深いため息を漏らす。


「ったくよぉ。女の子泣かすなって言ったのに、あんな無茶までさせて。しかも、宙ぶらりんにしとくのは気持ちだけかと思ったらホントに宙ぶらりんになるなんてな。ははっ」

「笑い事じゃねぇよ。あんときはマジでやばかったんだから」

「まっ、こうして二人とも無事なわけだし。その子の気持ちも聞けちゃったわけだし」

「おまえ、見てたのか?!」

「いんや~、あとから聞いただけだよ。覗きが趣味の村井さんでもあんな状況になったらさすがに助けるっつーの。なんでもみんなの前で盛大に告白されたとか」

「あ、あぁ…まぁな」


からかう村井に返す言葉もなく、夏川は照れくさそうに目を背けた。


「で、おまえは?ちゃんと返事したのか?」

「いや、それどころじゃなくて…」

「んだよ、ほんっと不甲斐ねぇなぁ。まっ、別におまえがどんな返事しようが知ったこっちゃないけどさ、ちゃんと答えてやれよ。素直な気持ちで。その子のがんばりに答えるように」

「あぁ、わかってる」

「ちゃんと見てるからなー」

「見んじゃねーよ、どっかいけ」

「なっはっはっは、それじゃあしっかりやれよ。夏川せ~んせっ」

「うるせーよ。ったく、あのやろー。最後まで好き勝手言いやがって」


一通りのやりとりも終えてちょうど村井が保健室を出るかというタイミングで海咲が目を覚ました。


「ん…」


夏川は優しく微笑みかける。


「おはよ」

「ぁ、せんせ。おはおーございみゃす…」

「ずっとついててくれたんだってな」

「ほぇ…?あ……先生………先生!」


寝ぼけていた海咲だったが状況を見つめ直してから、目を覚まして笑っている夏川の姿に思わずめいいっぱいの力で飛びつく。


「ぐあっ!ちょ、海咲、抱きつくな」

「だって、だって私」

「いててててっ胸っ胸を締めるのは…し、死ぬ」

「あっごめんなさい」


海咲の全体重をかけたタックルからのサバ折りから解放された夏川は息も絶え絶えに顔を真っ青にしていた。


「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…」

「あの、大丈夫ですか?」

「あ…あぁ、大丈夫だ。うん、大丈夫。海咲は?怪我ないか?」

「はい、私は大丈夫です。どこも怪我してません。先生がかばってくれたから」

「そうか」

「あの…先生」

「ん?なんだ?」

「その……ごめんなさい!」


急に立ち上がった海咲は夏川に頭をさげる。両手を胸の前で握り、両肩からするりと髪を落とした。


「私が馬鹿な真似したから先生まで怪我させちゃって。私…なんであんなことしちゃったのか…」


頭を下げたまま目を潤わせる海咲、今にも涙粒がこぼれそうだ。


「いいんだ。謝るのは俺のほうだ。自分のことばっかりで海咲のことちゃんと考えてやれなかった。そこまで追い詰めてるなんて気づかなかった。俺がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったんだ。海咲をあんな危ない目にあわせたのは俺の責任だ。そんなやつが人にものを教えるなんて笑っちゃうよな。俺、先生失格だ、ごめんな」

「先生……」


少しうつむきがちに、自分を責めるように言葉を漏らす夏川。そんな夏川に海咲は意を決して今一番聞きたいことをぶつける。


「先生にとって、やっぱり私は一人の生徒でしかないんですか?」


怖くても聞かずにはいられなかった。遠回しに、真正面から、はっきりと、夏川の気持ちを確かめずにはいられなかった。返答次第では本当にここで終わってしまう。だけど、それでも、うやむやのままではいられなかった。夏川は一度海咲を見て、それから再び俯いて重たい口を開いた。


「俺は先生で海咲は生徒だ。だからそれ以上の関係は望めない、望んじゃいけない」

「……………」

「そう、思ってたんだ」


夏川は顔を上げて言葉を続ける。


「教師が一人の生徒をそれ以上の目で見るのは悪いことなんじゃないかって、柄にもなく体裁みたいなもんを考えてしまったんだ。実際に自分の気持ちにも気づいてなかったってのもあるけど。でもいつのまにかそれを、自分がもう一歩踏み出せないことの言い訳にしてたのかもしれない。俺もな、おまえと同じこと感じてたんだ。おまえと昼飯を食べなくなってからの毎日は、ただただ無駄に時間を浪費してるだけなような気がして。忙しくて充実してるはずなのに、なにか大事なものがすっぽりと抜け落ちて、世界から色が消えてしまったみたいだった。天井から落ちる海咲を掴んだとき思ったんだ、もう絶対にこの手を離すもんかって。助けるとかそういうんじゃなくて、ずっとおまえのことを捕まえていたい、そばにいたいって、そう思ったんだ。そんな状況になるまで気づけないなんて…ほんと、馬鹿だよな」

「先生…」


夏川は決意を秘めた力強い目でしっかりと、真っ直ぐに海咲を見据える。


「教師とか生徒とかそんな表面上の立場なんて関係ない。俺はこの気持ちを大事にしたい。いや、もう誰から何を言われようと抑えることなんてできない。海咲、俺はおまえが好きだ」

「先生」

「海咲」


夏川は海咲の片手をとって自分の両の手のひらで挟むように握る。


「先生」

「海咲」

「先生…」

「海咲…」


示し合わせた訳でもなく、自然と2人の顔が距離を詰めていく、お互いに重なり合った手を握り返す。


「ちょっと、押さないでよ」

「だって見えないんだよ」

「や、重いって、倒れる…うわわ」


保健室の入り口。英美、剣谷、佐田が騒がしく将棋倒しに倒れる。いつからそこにいたのか、二人の様子を覗き見きていた模様だ。


「おまえら!」

「剣谷君、佐田君、英美ちゃんまで」

「あは、あははははは~……もしかしてお邪魔だったかしら。もしかしなくてもいいとこだったかしら?」


英美の煽りで海咲は自分の大胆な行動、今ある状況に急に恥じらいを覚え、夏川を突き飛ばすように離れる。


「いや…その…これは……」


取り繕うにもどうにも誤魔化しきれない状況に、ただ顔を赤らめてスカートの裾を握り俯くしかなかった。


「照れるな照れるな~、いいじゃないの」

「おまえらいつからそこに居たんだ」


夏川は思いのほか平静を保っているように見える。


「夏川先生が『海咲、俺は学校じゃ国語の先生だが夜は保健体育の教師に早変わりだぜ』ってあたりから」

「言ってねぇよそんなこと」

「ふたりとも、やっとお互い素直になれたみたいだね」

「まったく、手間かけさせてくれちゃって。海咲、あたしたちにも感謝しなさいよ」

「そうそう、おまじないを教えてあげた僕にも感謝してよ」

「あんたは海咲を危険にさらしただけでしょうが」

「そんなぁ」

「あっおまじない。私、夏川先生にボール当ててない」

「ボールならちゃんと当たってたわよ。二人の影に」

「影?」

「おまえ、海咲ちゃんに間違った方法教えてたのか?あのおまじないはボールを二人の重なり合った影に当てるんだぞ?」

「え~、俺が聞いた話じゃ『相手におもいっきりぶつける』だったのに」

「別にどっちだっていいのよ。もともとおまじないなんてきっかけよ、きっかけ。ちゃんとできようができまいが二人がうまくいけばそれで大成功なの」

「そっかぁ…せっかくおまじないの続きをと思ってボールもってきたのに。無駄だったみたいだね」


佐田はどこからともなくバスケットボールを取り出す。


「あんた試しにその辺の女子にぶつけてきなさいよ。絶対嫌われるから」

「嫌だよ、俺が天井から取ったわけでもないのに。ただのいじめじゃん」

「佐田君。それ、貸してくれる」


そういって海咲が佐田に手を伸ばす。


「え?あ、はい」


海咲は佐田からボールを受け取るとベッドの夏川に改めて向き合う。


「夏川先生」

「ん、なんだ?」

「私たちがこうしてお互いの気持ちを分かり合えたのって、このボールのおかげだと思うんです」

「あぁ、確かにそうだな」

「でも…でもですね。少し不安なんです」

「なにがだ?」

「もし、佐田君の言ってる事のほうが正しかったらって思うと」

「ん?」

「だからですね。両方やっとけば問題ないと思うんです」

「えと、み…海咲さん?あの、なななにをおっしゃりたいのでしょうか?」

「先生もそう思いますよね」


海咲が何を言いたいのかは察していた。ベッドに伏せて動けない夏川は目の前で満面の笑みを浮かべてボールを構えている天使に恐怖し顔が強張る。


「あの…海咲さん?。いや僕それはちょっとまずいと思うんですよ。俺いま怪我人だし。動けないし、バスケットボールは重量的にアウトだと思うんだよね。ねぇ、聞いてらっしゃいます?」

「私の全力の気持ち、受け取って欲しいんです」


海咲は力強い大きなフォームで腕を振りかぶる。


「明らかに全力投球の姿勢ですよね!この至近距離でそれはあかんと思うんですよ?ちょっと…タンマ!ストッーーープ!」

「覚悟~~~!!」

「その恋!いただき~~!」


まさにボールが放たれる寸前のところで英美がそれを奪う。


「あっ、私の恋心!」

「ダーリーン!あたしの愛を受け取って~~!」

「カモーーン!!!ハニーー!!!」

「うおおおおおりゃああああああああああ!!!!」


猛牛が唸るような怒声と共に英美の手から発射されたボールは一直線に剣谷目掛けて飛んでいく。


「その愛!全力で受けぶはぁあ!」


夏川・海咲・佐田『顔面もろいった~~~!!』


後方に吹っ飛びそのまま床に大の字に倒れる剣谷。部屋はボールの転がる音、そして全力を出しきり息を整える英美の排熱音だけを残して時が止まった。ピクリともしない剣谷に恐る恐る海咲が口を開く。


「剣谷…くん?」

「…………くっ…くっくっくっく」

「だ、だいじょぶか?」

「あ、起きた」


不敵な笑みで唇から垂れる血を腕で拭いゆっくりと立ち上がる。


「ハニーの愛、ズシリときたぜ。あとちょっと川の向こうで手を振るばぁちゃんが見えたぜ、僕のばぁちゃんまだ生きてるけど。ふふっ、こんなにも俺のこと想ってくれてたなんて」

「当然じゃない!!」


二人は駆け寄り手を固く握る。


「あたしのダーリンへの愛は地球よりも、宇宙よりも大きいわ。直撃したら天にも届くほどに」

「ハニー」

「ダーリン」

「ハニー!」

「ダーリン!」

「ハニーーー!」

「ダーーーリーーン!!」

「ハニーーーーーーーーーーーー!!」

「ダーリーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!」

「HENNNIIIIIIIYYYYYYYYYY!!」

「DARRRRRRRRRRRRLLLIIIIIIIING!!!」


毎度のことながら、二人だけのお花畑を展開させるその光景には周囲の人間は呆れたため息しかでない。


「ほんっと、このバカップルには付き合ってられないよ」

「あらあらあら佐田くん、劇団おひとり様はひがみですか?そうよねぇこの中で自分だけ独身貴族だもんね~。あ、そうだ。海咲、せっかくだからダブルデートしようよ。童貞パンプキンはほっといて」

「失礼な、俺にだって彼女くらいいるさ」

「え?」

「は?」

「うそ?」

「……じょうだんでしょ?」


佐田の放った爆弾にその場が止まる。その言葉を耳にした全員が全員、自分の耳を疑った。


「おっかしいなぁ、聞き間違いかしら。いま佐田の口から彼女がいるって聞こえたんだけど」

「うん、僕もそう聞こえた…気がした」

「そう言った」

「えっと、佐田君。嘘はよくないと思うな。私達まだ高校生なんだし、彼女がいないことは恥ずかしいことじゃないと思うの」

「ひどいな海咲ちゃんまで。嘘じゃないよ」

「いや絶対嘘でしょ!?嘘じゃなかったらなんなのよ!?無意識で女に嫌われるすっとこ鈍感男選手権17年連続チャンピオンのあんたが?彼女?あんたまさかぬいぐるみとか2次元の嫁とかってやつのこと言ってんじゃないでしょうね。寂しさのあまりとうとうそんなとこまで……」


衝撃の発言を信じまいと、なんとか湾曲させて理解しようと。各々が思考回路をショート寸前まで働かせている。そんな一同に腹もたてずに佐田は淡々と言葉を続ける。


「れっきとした人間だよ。みんな知ってる人だし」

「みんなが知ってる人?」

「信じられない、いやありえない。こんな身近なやつの恋に俺が気づかないなんて…。いやそもそもこいつに恋人だなんてそれ自体が……」

「誰なのよ?その男を見る目が360度狂ってる相手ってのは」

「2年E組の――」

「E組の?」

「E組の教育実習生の美和先生だよ」


一同『え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!』



fin

ここまでお読みいただきありがとうございました。

元々はボイスドラマ用に一晩で仕上げた台本だったのですが、改めて見なおしてト書き等を加執して小説風にして投稿させていただきました。

その為にセリフがメインとなっており見づらい点もあったかもしれません。

単純にラブコメディとして何も考えずに平和に楽しんで頂いていたら幸いです。


「見習い先生と天然委員ちょ」

これにて終幕でございます。


らくがき鳥先生の次回作にご期待ください!


twitter→rakugakibird

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