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7話 レクリエーションと秘密の作戦

結局それからも春風、夏川の間に進展はなく、とうとう教育実習最後の日が来てしまった。

春風のクラスでは生徒達からの考案で、最後の授業の時間を使って送別会を兼ねてのレクリエーションが開かれる事となった。


「教育実習の間、みんなのおかげでとても充実して過ごせた。担当がこのクラスで本当によかったと思ってる。今日は思いっきり遊ぶぞ!」


そんなノリノリな夏川先生のはしゃぎっぷりを横目に不穏な笑みを浮かべるものが2人、英美と剣谷だ。元々このレクリエーション会も2人が先導して計画したという経緯があった。


「くっくっく、計画通り。さ、だーりん。あたしたちも早速準備にとりかかりましょう」

「そうだね、この隙に」

「バカップル二人は戦線離脱しまーっす」


2人はこの会を開いた真の目的を果たすべく、こっそりと、計画通りにクラスの群れから姿を消した。

そしてもうひとつ、それとは別に集団から離れていく影があった。


(自分から動かなきゃ、変えたいのなら自分から動かなきゃ)


レクリエーションの準備をする最中、群れからはぐれていくその影の正体は、サボりとは最も縁遠い、真面目で可憐な模範生、学級委員長の春風海咲であった。


(レクリェーションとはいえ、授業さぼっちゃうなんて。海咲は悪い子です。お父さんお母さんごめんなさい、夏川先生ごめんなさい)


遠くから聞こえる夏川の楽しげな声を背に、海咲は人生初のサボりという背徳感を押し殺してどこかへと駆けていった。



学校の体育館、少し重めの扉が耳障りな音を立てて開かれる。


「たのもーーーーー!」


一面フローリングの空間に響く英美の声、しかしその挨拶に返事は帰ってこなかった。


「よーっし、予定どおり。この時間、体育館には誰もいないわね。だーりん、倉庫の鍵は?」

「はっ、ここに」


剣谷は片膝をつき、両の手のひらに乗せた鍵束を英美に献上する。


「うむ、よくやった。褒めてつかわす。夏川め、今にみておれよ。あたしらのパーフェクトなミッションで海咲とラブラブの犬猿の仲にしてくれるわ」

「姫、犬猿の仲は危のうございます」

「犬と猿、教師と生徒、愛の前にはそんな垣根などなんの意味も持たぬことをここで証明してやるのよ」

「立派でございます。姫」

「時間が惜しいわ。さっそく準備にとりかかりましょう」

「御意!」


体育館の用具室に消える英美と剣谷。遅れてそこに海咲がやってきた。


「ごめんくださーい」


恐る恐る体育館に声を響かせたのは美咲だった。その弱々しい声には誰からの返事もない。


「誰も…いないですかー?」


胸に湧き出す罪悪感に逆らいながら体育館の中に踏み入る。静寂の中で床のきしむ音がいやに耳に触る。


「よかった」


誰もいないことを確認した海咲は天井を見上げて何かを探している。


「え~っと…あ、あった」


海咲はしばらくそれを見つめ、それから少し辺りを見回してから、表情を引き締めペタペタと体育館の隅へ駆けていった。


それと入れ違いに勢いよく体育館内の用具室の扉が開かれ、英美と剣谷が出てくる。


「よーっし!これでこっちの準備は整ったわ。佐田の方はうまくやってるかしら」

「あいつのことだから計画のことなんか忘れて普通に遊んでたりして」

「まぁあいつの事なんかハナから当てにしてないわ。佐田に任せた仕事は保険のようなものだから、なかったらないで問題はないんだけど…もし本当に忘れてただ遊んでたら、賽の河原の石にして叩き割ってやるわ」


「きゃあ!」


耳に飛び込んできた可愛くも突拍子のない声に英美と剣谷は目を合わせた。


「だーりん、なにかいった?」

「いや、俺はなにも」

「気のせいかしら、海咲の叫び声が聞こえた気がしたんだけど…」

「俺も海咲ちゃんの声だった気がした…」


普通に考えれば今こんなところに海咲がいるはずがない。と思いながら辺りを見渡す。と、再び海咲の声がどこからか聞こえてきた。


「んしょっと。ふぅ、危なかった」


声は二人の頭上から聞こえた。2人はゆっくりと首をあげる。その目線の先には、体育館の天井にむき出しになっている鉄骨の上に座っている海咲の姿があった。信じがたい光景に唖然としていると、海咲も自分を見上げる二人に気づいた。


「あ、英美ちゃん、剣谷君。やっほー」


遠く地上の二人に向けて、両手をメガホン代わりに口元に添えてのんきに声をかけてくる海咲。少しずつ目の前の現実を受け入れ始めた2人の心情には当然、不安と恐怖がなだれ込み、思わず二人同時にその名前を叫んだ。


海咲(ちゃん)!!!』

「そんなところでなにしてるのー」

「いや~、あたしたちは秘密のラブラブ大作戦を、って違ーーーーーーう!あんたがなにやってんの!」

「うん~、ちょっと~」

「ちょっともヘチマもないわよ!いいから早く降りてきなさい!」

「俺、先生呼んでくるから!」


剣谷は現場を英美に任せて体育館から走り去る。


「いい!動くんじゃないわよ!しっかりつかまってるのよ!」

「でも、もうちょっとだから~」


バランスを取り戻した海咲は前進を続ける。



一方、剣谷は必死に走り続け、遊んでいるクラスメイト達集団を目視するなり、一秒でも早くこの事を伝えるべく足も止めずに全力で叫んだ。


「せんせ~~!!!せんせ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」


皆が楽しく騒いでいるところに剣谷の声が届く。


「剣谷?なんだそんなにあわてて。おーーっ!どうしたーーー!」

「海咲ちゃんが!海咲ちゃんがぁ!!」

「海咲?海咲がどうかしたのか?!」


夏川のもとまでたどり着いた剣谷。息も整わないうちに一刻も早くと声を絞り出す。


「海咲ちゃんがっ……はっ…はっ…体育館で………」


剣谷の尋常ではない焦りっぷりにただ事ではないことをすぐに察した夏川。『海咲』『体育館』、この2ワードを耳にした瞬間すでに夏川は体育館へと駆けていた。


(海咲…海咲…海咲…海咲!!)


無事を祈るように何度も胸の中で名前を呼びながら、今日び生きてきた人生の中で一番の全速力で走った。


「みさきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」


体育館に夏川の全力の叫びが、もはや怒号のように轟いた。体育館に飛び込んだ夏川の目に最初に入ってきたのは天井を指差す英美の姿だった。


「先生、あそこ」

「え?おわっ?!なんであんなところに」


見上げた先には美少女が体育館天井の鉄骨にまたがっているという仰天な光景。しかしこの一刻にたじろいでいる暇はない。


「海咲!なにやってんだ!」

「あ、先生…。ごめんなさい!あの………勝手にレクリェーション抜けてしまって――」

「そんな事じゃねぇよ!いいから早く降りてこい!」

「大丈夫、大丈夫です」

「大丈夫じゃねぇよ!」


夏川の静止を聞かず、目の前の目標に向かって進み続ける海咲。


「もうすこし、もうすこしで…きゃあ!」

「海咲っ!!!」


バランスを崩し、再び滑り落ちそうになる海咲。しかしそんなピンチにも本人のやる気は削がれていない様子だ。しかしそれを見上げている夏川、英美、剣谷の3人は気が気ではない。


「あいつ、どうやって天井に登ったんだよ……なにか…あ、あれなら。剣谷、用具室に照明とかのスイッチあるだろ。そこにバスケットゴールって書かれたスイッチあるから押してきてくれ」

「はいっ!」


そう指示すると夏川は天井から伸び降りているバスケットゴールの裏の骨組みに飛び掴み、器用に程よい位置まで登る。そのうちに剣谷が指定されたスイッチを押したのだろう、電動音と共にバスケットゴールが収納を開始し、夏川を乗せたままみるみる天井へと折れてゆく。


「海咲!今いくからな!」


ゆっくりと上昇するバスケットゴールの呑気さにもどかしさを覚えつつ、海咲に声をかける。しかし海咲は振り向きもせず、変わらず一心に前だけを目指している。下には他のクラスメイトも駆けつけていた。

その中で佐田がわりと冷静な声で口を開いた。


「海咲ちゃんさ。もしかして、あれ目指してるんじゃない?」

「あれって?」

「ほら、あれ」

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