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5話 占いとミサイル

午後の授業。夏川は担任でもある春風のクラスでチョークを取っていた。


「この一文からも読み取れるように、ここにきて主人公のヒロインに対する意識に小さな変化が表れます。それまではまったく意識してなかったわけだが、友人からの影響で自分の気持ちに気づいたことが読み取れます。そして第三段落以降、ヒロインも主人公を意識し始めるのですが――」


実習も2週目。教壇に立つ姿もすっかりと様になっており、堂々と授業をこなしている。その最中、夏川と海咲の目が合う。瞬間、気まずそうにお互いに目をそらす。2人の脳裏を、休み時間の言葉がよぎる。



村井『お前が海咲を好きってこと』

秋園『それこそ紛れもなく乙女の純情恋心よ!』



(俺が海咲を?)

(私が、夏川先生に?)


あんなことを言われてはお互いを意識せざるを得ない。未だ自覚できない自意識へのアドバイスを回想しながらも、今の自分の行動の不審さを反省する。


(今のは絶対不自然だった。なに意識してんだ。ちょっと目があっただけだろ)

(どうしてこんなにドキドキしてるの・・・・もう、英美ちゃん達が変なこというから)

(今は授業中だ。集中しろ好樹)


と思った矢先に再び目が合ってしまう。またしても2人して、小さく同じリアクションをとる。夏川はそれをごまかすように軽く咳払いをして授業を続ける。


「え~、意識し始めるのですがそれと同時に一変する主人公の態度に困惑することになります。これまでは気持ちに気づいてなかった故に無意識のうちに行っていた行動が自分の気持ちにきづいたことにより逆に相手を突き放し形となってしまい感情とはうらはらに二人の距離は一時的に広がります」


雑念を払うように黒板に向き合うが頭の中では昼休みに受けた言葉がぐるぐると回っていた。


真木『あなたがそれだけのつもりでも向こうがどう思ってるかはわからないわよ』

村井『おまえが海咲ちゃんを好きだってことだよ』

真木『もし海咲ちゃんがあなたのことを好きだったら…』

村井『まっ、あんまり女の子泣かせんじゃねえぞ』


「時間が経つにつれ、互いの想いは募る一方、しかしその距離は逆に増していく。このジレンマからこの後、二人はそれぞれ大きな行動にでることになります。

よーっし、今日はここまで。次は第五段落の頭から、それと漢字の小テストもやるからちゃんと勉強しとけよ」


自問自答にふけながらもなんとか授業を乗り切った夏川。その顔は微かに真剣味を帯びており、心にはひとつの決意が芽生えていた。


(このままってわけにはいかないよな )




別日の昼休み、英美と海咲は2人で廊下を歩いていた。


「ごめんね~、ついてきてもらっちゃって」

「ううん、全然いいよ。でも珍しいね、英美ちゃんが授業の準備お願いされるなんて。いつもなら私が頼まれるのに」

「ま、まぁ!その時のタイミングというか、フィーリングというか、きっと神様のそぼろ飯よ」

「英美ちゃん、それって・・・おぼしめしのこと?」

「そうそう!それよ、おぼしめし。おぼしめしの梅干しメシよ。あはははは~…」

「???、変な英美ちゃん」

「それよかあんた、今日は屋上いかなくてよかったの?教室でお昼食べてたけど」

「うん、今日のお昼はたぶん忙しいからって。作ってもらって食べられなかったら悪いし、なしにしようって言われてたの」

「そう、それは残念ね。まっ、そのおかげであたしは海咲と一緒にお昼食べれて手伝いまでしてもらってよかったけど。海咲、ここんとこずっと夏川先生にお熱だから」

「もう、そういう言い方やめてよ~」

「照れるな照れるな~」


茶化すように囃し立てる英美。青春学園モノではよく見られるごくごく普通の日常風景だ。しかし冒頭の怪しい態度から察せられる通り、英美は何かを企てていた。先生の頼まれごとというのももちろん、海咲を連れ出す為の嘘である。


(ここまでは計画通り、順調ね。ダーリン、あとは任せたわよ)


「そこのお嬢さん!」

「え?」

「そう、あなたです」

「わー!全身紫のマントに覆われて水晶持った人がいる。これはきっと有名な占い師に違いないわ」


と、英美のわざとらしく棒読みな説明台詞の通り、そこには全身紫づくめ、テーブルには紫のテーブルクロスに水晶、頭も紫の布で覆われ顔も見えない怪しい人物が鎮座していた。


「そう、私は有名な占い師。主に台東区たいとうくで。お嬢さん、恋の悩みを抱えているとお見受けしますが」

「剣谷君、なにやってるの?」


2人の悪ノリに乗る素振りすら見せずに紫の君を一刀両断する海咲。いつもと変わらない、ごくごく普通の日常風景である。


「うぉっほんうぇっへん!私は剣谷孝志などではない。恋の占いに定評のある超有名な占い師だ。主に台東区の鶯谷うぐいすだにあたりで」

「なんでそんなに局地的に・・・」

「春風海咲、お主の恋、わしの占いで超はっぴーに導いてしんぜようぞ」

「はぁ…」


このバカップル劇場、一度始まってしまったら抜け出せないのは1番の常連ゲストである海咲が一番理解している。こうなってはもうただただなされるがままになるしかないことも。紫の人は水晶を撫でるように手をかざしながら話を進める。


「では。この水晶に顔を近づけてみるがよい」

「えと…こう?」

「そう、そのまま水晶をみつめるのじゃ」

「じ~~~~~~~」

「どうじゃ、引き伸ばされた自分の顔が映っておもしろいじゃろ」

「えと…未来が見えたりは、しないの?」

「見えるわけなかろう、これはただのガラス玉じゃ。ようし、占いの結果がでたぞ」

「えぇ、もうでたの?なにもしてないのに」

「あんずるな。わしは有名な占い師じゃ。主に江東区こうとうくで」

「場所がさっきと変わってるけど…」

「よいか!次にここを通る男性に、この幸運のお札を使って声をかけるのじゃ!」


そういって紫の人はふところからチケットを2枚取り出し、春風に渡す。


「これは、先月オープンしたばかりの遊園地『ラブターミナルステーション』のチケット」

「ほら海咲、さっそくきたわよ。がんばりなさい」

「え?そんなちょっと急に…」


海咲はこちらに向かってくる人影に目を凝らす。それは言わずもがな夏川先生だった。2人の作戦にぬかりはない。


(あっ…たかはし、せん―――…え?)


「いや~、やっぱり昼めし食った後のトイレはウォシュレット完備の教職員用に限るなぁ~」

『佐田!』


夏川先生がこちらに向かってくるそれよりも手前の職員用トイレから期待を裏切らないあいつ、佐田がひょっこりと現れる。足をこちらに向け、夏川先生よりも前をスタスタとこちらに歩いてくる。


「なにやってんのよ。あのひょっこりおじゃマンボーは。二人の恋路の邪魔はさせないわ。いくわよダーリン!」

「おうっ!ハニー!」


剣谷が紫のマントを脱ぎ捨て、机をまたいで英美と並び立つ。


「愛する想いが力に変わる」

「恋する気持ちが勇気をくれる」

「二人の分厚い灼熱ハートが」

「恋にはばかる悪を討つ」

「カモン!ダーリン!」

「おう!セットオン、ドッキング完了!」


向き合って両手をしっかりと握り合う2人。その目には闘志がみなぎっていた。


「いつもより余計にまわしていくわよっ!」

「俺たちが海咲ちゃんの乙女ロードに活路をひらくんだ!必殺!バーニング」

『ラブ・ハリケーン!!!』


2人がその場で回転を始める。その勢いはどんどん増していき、大きな竜巻を発生させる。



【説明しよう!ラブハリケーンとは。想い合う二人が高速回転することにより燃え上がる愛の竜巻を巻き起こすのだ!その熱いハートは天をも嫉妬の炎で焦がし尽くし、何人も犯すことのできない2人の世界(エデン)を生み出すのだ!】



「オラオラオラオラオラオラオラオラぁぁあああああああ!!!」


英美の力強い掛け声に比例して回転の勢いを増す2人。


「いまだ!ハニー!………どうしたんだ、ハニー。早く手を――」

「ごめんなさい。でもあたし、ダーリンと片時だって離れることなんてできない」


遠心力に二人の仲を引き裂かれまいと、英美は研吾の手をしっかりと握っている。その表情には迷いと悲しみを浮かべていた。


「なに言ってるんだ。海咲ちゃんを助けるためだろ」

「わかってる、わかってるけど!それでも…あたし」

「心配するな。俺は必ず帰ってくる。それに…」


剣谷は力強い目でまっすぐと英美を見据えて言う。


「たとえこの手が離れようとも、気持ちはいつも繋がっている。僕の想いはいつも君のそばにいるよ」

「ダーリン………ありがとう。あたし、いつもダーリンに甘えてばかりだね。うん、頑張ろう、大事な親友のためだもんね」

「海咲ちゃんと夏川先生、二人の恋に俺たちが一花咲かせてやろうぜ」

「わかったわ。それじゃあダーリン。いくわよぉぉぉ!!!」

「うおぉぉおおおおおおお!!!」

「ロミオ・ザ・パトリオットォォォォォォォォォォォ!!!!!!」


最高潮に達したラブ・ボルテージの渦の中、覚悟を決めた2人はその固い結束で繋がれた指を解く。しかし離れてなお変わることのない気持ちをお互いに目で語り合う。そこには最早言葉など必要なかった。


(ダーリン、あたしたちは――)

(あぁ、いつも一緒さ。ハニー)


超超高速で足を前方に、つま先から指先までしゃんと伸ばした逆スーパーマンの姿勢のまま超超高速で一直線に飛んでいく剣谷。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」


目にも留まらぬ速さで飛んでいく中で海咲の前を過ぎる瞬間、海咲と剣谷の目がはっきりと合った。その眼光からは剣谷の強い意志が確かに聞こえた。


(剣谷君!?)

(海咲ちゃん、俺たちがしてあげられるのはここまでだ。あとは自分の力で掴み取るんだ)


「きゃっっ!」


刹那、突風と音を置き去りに剣谷ミサイルは飛び去っていく。


「うおおおおおおおおおおおお!!さだああああああああああああああ!!!!!!」

「え?なに?なんだ?うわああああああああああああ!!!」


佐田は自分に突貫してくる物体に気づくがそれがなんなのかすら認識する暇もなくただただ、たじろぐ事しかできない。

剣谷は体を丸めて回転し、頭が前になる体勢に向き直る。


「ハートフルっ!アルティメットっ!ボンバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」 


剣谷の腕が佐田の喉仏に深くめり込む。人ひとりを抱えてなお勢いは衰えることなく夏川の横を二人ともにかっ飛び過ぎていく。あまりに突発的な事に夏川は動くことも声を上げることもできず、ただただ自分の真横を通過するなにかを唖然と見送った。


「これで邪魔者はいなくなったわ。海咲、あとはあんた次第よ」


壁影に半身を隠しながら、海咲に向かって親指を立てて励ます英美。

未だ呆然と立ち尽くし、2人が飛んで行った方を眺めていた夏川だったが、駆け寄ってきた海咲の呼び声に気を取り戻し振り向いた。


「先生」

「ん?あっ…海咲」


その返事は少し気まずそうな内心が混じって取れた。しかし海咲は自分の行動にいっぱいいっぱいでそこにまで気づく余裕はなかった。


「先生……あの…その」

「なんだ?」

「えっと…」

「ほら、海咲。チケット」


遠くからの親友の助言にキーアイテムの存在を思い出す。


「あっそうだ。あの、遊園地のチケットもらったんです。それでその、よければ次の休み、一緒に行きませんか?」

「……」


懸命に勇気を振り絞ってチケットを差し出す海咲。しかし夏川からは煮え切らないといった表情がにじみ出ていた。その誰が見ても不自然な態度に海咲も一歩気持ちが引けてしまい、心拍の高鳴りは恋のそれから不安の鼓動へと少しづつ傾き始めていた。


「あ…ご迷惑でしたか?」

「あっいや、ごめん。そうじゃないんだ。そうじゃないんだけど、わりぃ、一緒にはいけない」

「そう、ですか」

「ごめんな」

「いえ、気にしないでください。私の方こそ無理なお誘いしてしまって。あっ、明日はお弁当一緒に食べれますか?」

「いや、明日も弁当はいらない」


気まずそうに、申し訳なさそうに、目をそらし、手持ち無沙汰な態度で、それでいてはっきりとそう告げた。


「明日も忙しいんですか?それだったらお弁当箱分けて作ってくるんで空いた時間に食べ――」

「そうじゃないんだ。……もう、おまえの弁当は食べない」

「えっと…」

「今まで勘違いさせるような態度とって悪かった。俺も配慮が足りなかったと思う」

「どういう、意味ですか?」


突然の事に理解が追いつかない海咲。嫌な色をした霧が自分の胸を侵食していく感覚だけが全身を支配していく。悪いことを考えまいと、その影を顔に出すまいと、しかしできることは夏川の言葉を待つことだけで、震える手に握られたチケットのしわがどんどん濃くなっていった。


「俺は先生でおまえは生徒。それだけだ。いままでありがとな、弁当うまかったよ」

「え、あの…」

「それじゃあもうすぐ授業だから。おまえらも遅れない様に教室もどれよ」


夏川は一方的に言い終えると逃げるようにその場から去っていった。 急な出来事に何が起きたか理解できない海咲。それは後ろで見ていた英美も同じだった。空気がおかしいことに気づいて英美は海咲に駆け寄る。


「なに?どうなったの?」


なにを言われたかはまったく整理がつかない。だけど、それでも、自然と涙がこみあげてきて止められなかった。


「ちょっと…海咲、あんた―」


英美の問が言い終える前に、海咲は英美の肩にしがみついて声をあげて泣いた。長い付き合いの英美もこんなにも海咲が取り乱しているのを見るのは初めてだった。親友の、まだ自分の知らなかった一面に驚くあまり、次に取るべき行動を考える事が遅れてしまった。その間に海咲はその手を離して夏川の行った方向とは逆の方へ走り去って行く。


「あっ海咲。ちょっ待って!海咲!!」


その一部始終を窓の外で聞いていた村井は呆れた顔をしてため息を漏らしていた。


「はぁ、ったくあのバカはよぉ」

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