4話 無自覚と無頓着
ここは警察の取り調べ室、奥手に海咲、手前には英美が座っている。2人の様子を剣谷が刻銘に書き綴っている―――かのような設定で3人が机を囲んでいる、いつもの教室である。
「ではこれより取調べを行う」
「え?」
「春風海咲被告人、前へ」
「英美ちゃん、それ取り調べじゃなくて裁判…」
「質問には正直に、ハイかYESで答えること。いいわね」
「はぁ…」
突然のノリだがこの2人がそうなのはいつものこと、いつもの日常、であるからして海咲もまたかといった気持ちでおとなしくしている。
「それでは最初のお便り、ラジオネーム:恋する雪うさぎさん。え~『最近、春風さんの行動に不審な点がみられるという情報を入手しました。そこでお伺いしたいのですが春風さんはここ一週間の昼休み、どこで誰と何をして過ごしていましたか?あと靴下ください。』ということなんですけども」
「ほ~、春風さんが昼休みに不審な行動を取ってると、いかがですか春風さん、なにかお心あたりは」
「昼休みは屋上で夏川先生とお昼食べてるけど」
海咲は表情一つ変えずに即答する。
「なんと水鳥拳もあっさりどうして!もっと恥ずかしがったり隠そうとしたりすると思ったのに!」
「どうして?別に隠すことじゃないと思うけど・・・」
予想に反した反応に英美と剣谷は寄り合い小声で相談を始める。
「ダーリンこれどういうことなの?あたしの期待したしたリアクションと違うんだけど?」
「海咲ちゃん、自分の気持ちに気づいてないし感覚がずれてるからさ。これがどういうことかわかってないんだよ」
「どうかしたの?」
質問の趣旨をまるで理解していない海咲に英美はより強く迫る。
「いいわ、こうなったら単刀直入に聞くけど。あんた、夏川先生とできてんの?」
「はい?えっと・・・どういう意味?」
「ふたりは恋人MAXハートなのかってこと」
「こい、びと?………えええ~~~~~~~~~~~~~~~!!!恋人って、夏川先生と私が?なんで?どうして?」
「いまどき昼休みに学校の屋上で手作りお弁当だなんて青春ドラマでもやんないわよ。これが恋人じゃなかったらなんだっていうの」
「そんなんじゃないよぅ」
「だったらなんなのよ」
「だって、私が作ってあげないと夏川先生、毎日コンビニのお弁当になっちゃうから」
「お~~いおいおいおい(泣)。なんと甲斐甲斐しい。海咲、あんた恋心と母性に揺さぶられて人生損するタイプだわ。ろくでもない男に捕まって一人苦労を背負わされてるにも関わらずあんたは笑って『あの人は私がいないとダメだから』とか言っちゃうんだわ。なんなのあんた?枯れ果てた現代に迷い込んだ天使なの?地上に舞い降りた女神様なの?お母さん、そんな男絶対に許しませんから!」
「人の未来、好き勝手に想像しないでくれる…」
「じゃあ海咲ちゃんは夏川先生のこと、どう思ってるの?」
「えと〜・・・適当なように見えるけどちゃんとみんなのこと考えてるし、同じ目線で話を聞いてくれるし、みんなとも打ち解けてるし」
教育実習生の評価として実に的確なコメントである。当然、英美はこんな模範的回答など求めていないわけだが。
英美と剣谷、再び身を寄せ合い第2回相談会議を始める。
「ダーリンこれどういうことなの?夏川先生、まったくもって男として認識されてない気がするんだけど」
「海咲ちゃん、自分の気持ちに気づいてないし、恋話にうといからさ。質問の意味がわかってないんだよ」
「どうかしたの?」
質問の趣旨をまるで理解していない海咲に英美はもはや呆れムードである。
「あのね、あたしはそんな先生としての評価を聞いてるわけじゃないの」
「海咲ちゃんが夏川先生のことを、いち男性としてどう思ってるかってこと」
「いち、男性として?」
「そう」
「そんな急に言われても、先生は先生だし…」
「二人だけでお弁当食べてるときの夏川先生はどう思う?」
「二人でお弁当を食べてるとき・・・」
「そう、どんな感じ?一緒にいてどんな気持ちになる?」
「どんな感じ・・・」
海咲はいつも屋上で夏川と弁当を囲っている時の事を頭に浮かべる。
「うん~、話をしててもしてなくても一緒にいるだけでなんだか楽しくて、それにうまく説明できないけど、心の奥から暖かいものが湧きあがるような不思議な感じがする、かな」
英美と剣谷が集合する。第3回海咲初恋会議開会だ。
「ダーリンこれどういうことなの?人ってここまで理解しておいて理解し得ない事があるものなの?」
「海咲ちゃん、恋する気持ちを知らないし天然だからさ。それがなんなのかわかってないんだよ」
あまりにも、あまりにも、思っていたよりもずっと遥か彼方に鈍感な友人に、最早ため息しか出なかった。
「はぁ・・・海咲、いろいろと回りくどいことをしても一生気づいてくれなさそうだからはっきり言うけど」
「うん?」
「その湧き出るような暖かい気持ち。それこそ紛れもなく乙女の純情恋心よ!つまりあんたはたった今、自分の口で『わたし恋してます』って宣言したようなもんなのよ!」
「え……えぇ~~~!そんなことないって。だってわたし…えぇ~~……」
「隠すな隠すな、自分の気持ちを素直に受け止めるのは大事なことだぞ」
「でも…そんな」
「ホントは自分でも薄々気づいてたんじゃないの?好きなんでしょ?夏川先生のこと」
「そんなこと――」
「じゃあ嫌いなの?」
「その、えと……嫌いじゃ、ない…けど」
「ほらほら、恥ずかしがらずにいっちゃいなって。じゃあわかった、イエス・オア・ノー、好きか嫌いかの2択だったらどっち?」
「えと…えと…」
「半端な言葉は要らないわ、ライク?・オア・ラブ?、さぁどっち!」
「えと…好きか嫌いかだったら…」
「だったら?」
「す……」
「す?」
「す…………」
「す?」
息を飲む英美と剣谷、海咲は大きく息を吸い、まだ動揺で受け止めきれてない気持ちを思い切って押し出す。
「す―」
「海咲ちゃ~ん!」
「はっ、はい!」
そんな勇気を断罪するのは例に漏れずお待ちかねのKY王・佐田京こいつだった。
「委員会で集まるってよ~」
「あっ、はーい。それじゃあわたし行かないとだから」
海咲は真っ赤な顔のまま逃げるようにその場を去った。
「あ、ちょっと海咲・・・ちっ、逃げられたか」
「ん?どうかしたの?」
「毎度毎度あんたわぁ~~。登場のタイミングに関してはホント天才的ね。あんたの周りだけ温暖化が進んで滅んでしまえばいいのに」
「なんだよそれ」
「なんでもないわよ!」
抑えきれない怒りを腹に抱えたまま英美は何処かへ行ってしまった。
「おれ、なにかしたか?」
「まぁ……がんばれ」
「なんだよなにがだよ…なんだってんだよ~~~~!」
ちょうど同じ頃、1階廊下で夏川が真木先生に呼び止められていた。
「夏川くん、ちょっといいかしら」
「はい、なんでしょう」
夏川は実習にも少しずつ慣れて、他の先生方に声をかけられても動じないくらいになっていた。
「あなた、最近毎日のように春風とご飯食べてるそうね」
「はい、そうですけど…なにか?」
「私の思い過ごしならいいんだけど、もしかして…その…二人が不純な関係になってやいないかと思って…」
少し言いづらそうに言葉を選びながら、しかしストレートに質問を投げる。
「不純って、弁当食べてるだけですよ」
「なにもないならいいんだけど。ただ、あなたがそれだけのつもりでも向こうがどう思ってるかはわからないわよ」
「海咲がですか?」
「そうよ。わかってると思うけど教師と生徒の色恋沙汰はあまりいいことではないわ、いろいろとね。もし海咲ちゃんがあなたのことを好きだったら…。あなた、恋愛経験豊富そうだからわかってると思うけど、中途半端なやさしさは、あとでもっと辛い思いさせるだけだからね」
「はぁ」
なんといっていいものか、突然の想定外の話にあまり理解が追いつかずなんとも煮え切らない返事しか出なかった。
「まぁ、なにもないならいいんどけど。春風もしっかりしてるし大丈夫だとは思ってるけど」
と言うわりにその言葉の端々には不安の色しか見受けられなかった。言うことを言ったら真木先生はその場を去っていった。
それを見計らったように窓が開き、村井がひょっこり顔をだす。
「ははっ、自分の気持ちもわかんない男に『恋愛経験豊富そうだから』だって。真木先生、見る目ゼロ。さすがあの歳で売れ残ってるだけあるねぇ」
「村井、おまえ聞いてたのか」
村井は、「よっ」と掛け声一つで軽々と窓を飛び越えて廊下に入ってきた。
「お前らが勝手に俺がサボってるとこで話し始めたんだろ。まっ、なっちゃんイケメンだもんなー。でもまぁ真木先生そのへん寛容そうだし、わざわざ言ってくるって事は上からクギでもさされたんじゃないの
?なんせ背那美川高校の3大美少女で模範生の春風海咲ちゃんですから。先生方も目についちゃうんだろうね。で、どうすんの?海咲ちゃんの事」
「どうするって別に…」
「ちなみにあの子、おまえのこと好きだぞ?」
「!?」
「ははっ。まっ、本人も気づいてるか気づいてないか微妙な感じだけどな。それにおまえも」
「俺は海咲からそういういことを感じたことは――」
「そうじゃなくて、おまえがって事」
「ん?」
「おまえが海咲ちゃんを好きだってことだよ」
「は?俺が?」
「いい加減鈍感すぎるのも罪だぞ。っても言って治るなら苦労はしないか。まっ、おまえがどう振舞うかは存じ上げませんけれども。俺ら先生ったって教育実習生、ただの大学生だぜ?あんまり教師だなんだって縛られることもないと思うけどな。まっ、あんまり女の子泣かせんじゃねえぞ」
「………」
「さーて、次はどこのクラスだったかなーっと」
「おい!村井!…ったく、好き勝手言いやがって」
言うだけ言って去っていった村井の言葉が夏川の頭の中で反芻されていた。
「俺が…海咲を…」




