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3話 ~屋上とお弁当~

一方こちらは、うまくあの場をしのいだ夏川と海咲、夏川も流石のあの状況には大きく焦っていたのか、思わず屋上まで逃げてきていた。


「はぁ…はぁ….ははっ、いや~走った走った」

「はぁ…はぁ…、もう・・・先生……むちゃくちゃです」

「ははははっ」

「それに…ふぅ、屋上は、立ち入り禁止…ですよ」

「そうなのか?俺が学生の頃はよく屋上で授業サボってたけどなぁ。あ、でもそう言われると立ち入り禁止だったような気がしないでもないな」

「先生、もう・・・どんな学生時代送ってたんですか」

「だいじょうぶか?」

「はい…だいじょうぶ、です」


だいぶ落ち着いてきた夏川は未だに息の上がっている海咲を気遣う。思い出したように手に持っていたジュースのプルタブを開けて海咲に渡した。


「ほら」

「あっ、ありがとうございます。んっ…んくっ……んっ…ふぅ、すこし落ち着きました」

「あ、俺にもくれよ」


夏川は、一息ついた海咲の手にあった缶をひょいと取り上げると、ためらいなく口に運んだ。


「あっそれあたしが――」

「んっ…んっ…んん?!!ぶっは!なんだこれ!」


夏川は生まれてこのかた味わったことのない刺激に思わず飲んだものを吹き出し顔をしかめる。飲んだものを吐き出したいのか、苦味に染まった舌を風に晒すように口から垂らしたまま缶のパッケージを確認する。


「サハラ砂漠の味・ラクダのコブとサソリミックスドリンク?!誰だよこんな凶悪な飲み物考えたやつは?!」

「そ、そうですか?あたしは結構いけましたけど」

「マジかよ!味覚おかしいんじゃないか?全部やるよ」

「えっ!・・・あっ・・・・はい、ありがとう、ございます―」


顔を真っ赤にした海咲の声は俯くのと比例して徐々に萎んでいった。海咲は耳まで赤く染めて受け取ったジュースの飲み口を眺めている。


「あの技は出てくるジュース選べないのが難点なんだよなぁ。ん?どうした?」

「いえ!なんでもないです!」

「そうか?熱でもあるんじゃないか?ほら、おでこ」


そういって春風の額に手を伸ばす夏川。不意な事に思わず身を引く。


「きゃ!いえっ!ほんとに大丈夫ですはい!いっぱい走ったからなせいです!」


どうしていいかわからず手持ち無沙汰にジュースを口に運ぶ春風、しかしその咄嗟の行動の直後、ジュースが回ってきた経緯を思い出しさらにもう一叫び上げながら顔を赤くする。一人でてんやわんやしている春風を、夏川はただ不思議な目で見るしかなかった。


「そ、そうか。それならいいんだが・・・お?そうだ俺、これがあったんだ」


夏川はポケットから手のひらサイズの銀色の袋を取り出した。


「ゼリー、ですか?」

「あぁ、俺の昼食。10秒チャージ300メートルだ。そういえば春風は昼食は?」

「あたしは済ませてから来たので」

「そうか」


それを聞いて夏川は遠慮なく一人でゼリーを一気に平らげる。売り文句通りの10秒飯だ。


「ふぅ…」


夏川は飲み終えたゼリーの袋を折りたたんでフタを閉め、ポケットにしまう。


「あの、いつもゼリーなんですか?」

「いや、いつもってわけじゃないけど、割と多いかな。金もないし料理もできないし、昼も夜もだいたいコンビニで済ませてる」

「夜もですか!」

「あぁ」

「ダメですよ!ちゃんとしたもの食べないと。そんなんじゃ体壊しますよ」

「だいじょぶだいじょぶ。ほらこれだって、一日に必要な栄養素の半分が摂れるって書いてあるぞ」

「ダメです!私そういうの嫌いです!」

「は?」

「私、明日から夏川先生のお弁当作ってきます」

「弁当って・・・おまえが俺の昼飯を?」

「はい、毎日自分のお弁当作ってますし、料理は結構得意なんですよ」

「ほ~。でも、ほんとにいいのか?」

「はい。全然構いません」

「ん~・・・」


海咲の申し出に夏川はしばし唸りながら頭を傾ける。


「あの・・・ご迷惑、ですか?」

「いや、作ってきてくれるならありがたいけど。むしろ俺の方が迷惑じゃないかなって」

「一つ作るのも二つ作るのもそんなに変わりませんから」

「そうか?じゃあーお願いしようかな」

「はい、任せてください。栄養満点なの作ってきますから」


そう言って海咲は力強い ポーズをとってみせる。その二の腕は透き通るように白く華奢だった。





昼休み、日差しの気持ちいい屋上に教育実習生がひとりと生徒がひとり。弁当を作ることを約束して以来、夏川と海咲は一緒に屋上で昼食をとるのが日課となっていた。

その様子を屋上入り口の陰から覗き見る陰。


「あらあら、真っ昼間から若い男女がひとけのない屋上で二人っきり」

「あらあらあら、立ち入る事を禁じられた空仰ぐエデンの高台でランチをつまみあうアダムとイブ」

「あらあらあらあら、最近昼休みに姿が見えないと思ったら。海咲のやつ、夏川先生と逢い引きしてたなんて」

「二人の波長、実習初日から怪しいとは思ってたけど・・・」

「あらダーリン、気付いてたの?」

「うすうすだけどね、お互いに惹かれあっているオーラが出てた。でもまさかここまで発展してるとは・・・あの海咲ちゃんがねぇ」

「いいじゃない、いいじゃない!、こんなおもしろ…じゃない、素敵なチャンス。今を逃したら次いつあるかわかったもんじゃないわ」

「海咲ちゃん、そういった感情には疎いみたいだしね」

「で?どうなの?二人の仲は」

「どれどれー」


剣谷は手で筒を作り、それを通して二人の様子を覗く。


「むむむむ―――う~ん…、二人の間を流れるラブフィーリングは恋のそれに匹敵するものまで高まっている。しかし…」

「しかし?」

「双方は真ん中に弁当を挟んで綺麗に対面に座っている。これは実質的な二人の距離が縮んでいない証拠。お互いに気持ちをわかっているのなら横に並んで、そうでなかったとしても90度の位置に陣取るはず」

「つまりどういうこと?」

「恐ろしいことに二人とも、自分の気持ちに気付いていない。相手に好意を抱いていることを自覚してないんだ」

そんなっ!二人とも?」

「おそらくはね」

「毎日がランデブーで進展なし?信じらんない。海咲はともかく、あの夏川とかいう輩。奴は海咲の大変なものを盗んでおきながらまったく自覚してないってこと?年上の男だったらリードしなさいよ!あぁもう信じらんない!

そしていま!あたしの目の前にもうひとつ!信じがたい光景があるんだけど!」


英美がちらりと振り返ると人影がもうひとつ、屋上の様子を覗いているのは英美と剣谷だけではなかった。


「さだぁー!あんたなにしにきたのよ!」

「え?なんでいきなりキレてんの、まだなにもしてないだろ。あと僕『さだ』じゃなくて『さた』です」

「あんたの名前なんてどーだっていいのよ!えぇそうよ、あんたはまだ何もしてないわ、まだね。でもあんたは絶対なにかよからぬことをするわ!絶対そうよ!いいえ、あなたがよからぬことをするんじゃない。あなたのすることがすべてよからぬことなのよ!」

「意味わかんないよ。俺はただ、委員会の集まりがあるから海咲ちゃんを探してるだけだよ」


魔の手がそこまで迫っている事などつゆ知らず、夏川と海咲は楽しげに談笑している。その声は佐田の耳にも届き、当然屋上を覗き見る。


「あっ、いるじゃん。おーーい!海咲ちゃっむぐっ」


屋上に飛び出そうという佐田を間一髪で英美が押さえつける。


「あれ?今なにか声がしたような・・・」

「そうか?気のせいじゃないか?」

「う~ん…なんだか空気の読めなさそうな人の声が聞こえた気がしたんだけどなぁ」


なんとかその場は海咲の空耳ということで落ち着いた。


「ばか!なにしてんのあんた!」

「ぷはっ!なんだよ!なにすんだよ!」

「おまえがだよ!少しは空気読めよ」

「なにが?」

「ほんっと鈍いわねぇ、この恋愛空気清浄機。あんたの目は恋する乙女のオーラが完全シャットアウトなわけ?」

「なんの話だよ」

「いいか?差し詰め今の屋上は海咲と夏川先生、二人の愛の巣なの」

「あんたみたいな馬骨新左エうまほねしんざえもんの不法侵入はお断りなの」

「え?海咲ちゃんと夏川先生の、なに?」


屋上では相変わらず2人の談笑が響いている。佐田はその中に夏川先生の声を聞き取る。


「あ、夏川先生もいたんだ。ちょうどよかった。俺、夏川先生も見かけたら職員室に戻ってくるよう伝えてくれって頼まれてたんだ。お~い、夏川せんせ・・・むぐっ」


「だーかーらー!」


思わずハモる英美と研吾。再び飛び出そうとした佐田を今度は二人がかりで取り押さえる。


「ん?海咲、いま呼んだか?」

「え?いえ?」

「そうか…なんだか平気で場の雰囲気を壊すような奴の声が聞こえた気がしたんだが…」

「だいじょうぶですか?疲れてるんじゃないですか?」

「いや、だいじょぶだ」


佐田は二人に口を押さえられて唸っている。


「ばか!だからお前なにやってんだよ」

「いま言ったばっかりでしょ。あんた耳は右から来た言葉を左に受け流すの?国家機密筒抜けなの?」

「ん~~~んんん~~ん~~」

「いいわね、二人の邪魔だけは絶対にしちゃだめだからね。」

「ん~ん~ん~、ぷはっ!ぜぇ…ぜぇ…、死ぬかと思った」

「海咲が、あの海咲が!今やっと学生としてあるべき青春花盛りを迎えようとしているのよ。かわいさ余ってかわいさ百倍、その美貌だけを持ち腐らせて早17年、迫り来る男性ウイルスを自覚もないままばっさばっさと100人斬り。ついたあだ名が、瀬那美川高校のオス斬り委員長。通称『瀬那高のおすぎ』」

「もう!訴えてやる!」

「いや、そんなの聞いたこと無いから…」

「そんな海咲に今やっとこさ青写真が訪れようとしているのよ」

「親友の一世一代大勝負、ここは僕らも一肌脱いで応援しようじゃあーりませんか!」

「そうよ!ただ見守っていたんじゃあの海咲の事、何も進展することなく教育実習期間が終わってしまうわ。ここは私たちが愛のキューピットとなって二人を後押しするのよ」

「僕らが愛のキューピット!なんかかっこいい!」

「しゃーらーっぷ!あんたは頭数に入ってないわ。むしろあんたから二人を守る位の勢いよ!ダーリン、私たちの力で海咲に世界で2番目に幸せな恋を育ませるのよ」

「ん?一番じゃないの?」

「海咲には悪いけど、一番は無理よ。だって~、世界で一番に幸せなのは~、ダーリンに愛されてる~、この、わ・た・し・なんだからん。ねぇロメオ!」

「ジュリエッタ!」

「ロメオ!」

「ジュリエッタ!」


「ローメオー!」


「ジュリウェッッタァ!」




「ルォーーメヲォーーー!!!」




「ジェェウィエットァぁぁぁ!!!」




何人たりとも近寄りがたい愛のフィールドを展開する二人には、流石の佐田も思わずため息を漏らして呆れ返る。


「はぁ、付き合ってらんないよ。やべ、委員会の時間過ぎてる。おーい、海咲ちゃん、夏川せんぐっ…」

「だからやめろって!」

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