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もののけ狩り  作者: 蝦夷 漫筆
磯天狗を殲滅せよ:三河湾、筒島
9/42

磯鬼丸

 人さらいを繰り返すという磯天狗を退治するため小早こはや軍船に乗り込み三河湾・筒島つつじまに辿りついた池鯉鮒ちりゅう衆。

 筒島に毒矢の雨あられを浴びせ、飛び出してきた磯天狗たちを撃墜する中、雲二郎の油断は仲間の伝冶の死をもたらした。


 叱咤する仙太郎。

 しかしその言葉を噛み締める間も、仲間の死について感傷に浸る間も与えられぬままさらなる恐怖が襲ってきた。


 海上に突如発生した竜巻がみるみる船に向かってくる。強い横波が船を揺さぶり、立っているのも精一杯。

 「あいつだ。あれが磯天狗の親玉、磯鬼丸いそおにまる

 竜巻の中心には身の丈八尺もの巨大な体躯をくねらせて烈風を巻き起こす磯天狗が。

 「来るぞ…」

 天に向かって大きく吼えた磯鬼丸は両手を強く海面に叩きつけた。うねる海に、さらに大きな波が立つ。

 「転覆するぞ、まずいっ」

 高波が船に押し寄せる。

 「舳先を波に、舳先を波の方に向けるんだ。ええいっ、俺がやる。どけっ」

 波しぶきを全身に浴びながら仙太郎が走る。舵を手に、力いっぱい取り舵に回すと、船底が見えそうなくらいに傾いていた船体がぐぐっと持ち上がる。

 「たため、帆をたためっ。今すぐだっ」

 吹き付ける波の飛沫に目を開けているのもやっと。磯鬼丸が作り出した嵐の中で、船はまるで旋風の中の木の葉。

 「クエエエッ」

 磯鬼丸が再び雄叫びを上げた。両手だけでなく、大きな翼を広げて思いっきり海面を叩いた。

 「まずいぞっ」

 一瞬、海に穴が空いたかように窪みが出来た。続いてそそり立つ壁のような巨大な波が盛り上がる。

 「来るっ」

 波の壁が、速度を増しながら船に迫ってくる。

 「碇だ、碇を下ろせっ。さあ、早く下ろせっ」

 両舷の碇がガラガラと音を立てながら沈んでゆく。ズシンと衝撃が走った。浅瀬ゆえ碇はすぐに海底に突き刺さった。

 「振り落とされるなよっ」

 仙太郎の声とほぼ同時に「波の壁」が船に到達した。ミシミシと音をたてて船首が大きく持ち上がって後ろ向きに転覆しそうなほど。碇の固定でなんとか踏みとどまっている。

 「しっかり何かに掴まっておけっ」

 海水の塊が甲板を襲う。まるで全てをそぎ落とすかのように強い圧力が叩きつけられる。

 「ううっ、うううっ」

 もはや雲二郎は帆柱にしがみついて目を開けることもままならない。

 第一波をやりすごすと、大波が作った海面の凹みに浮いた船体はまるで無重力状態。舳先を下に急降下。

 「くそっ、許さん」

 舵を持つ腕ごと持って行かれそうになりながら両足を踏ん張って耐える仙太郎。

 「覚悟しとけや、化物め」


挿絵(By みてみん)


 大波を何とかやり過ごして持ちこたえた仙太郎は船首に走った。直径十尺の特製カノン砲に躊躇いなく点火。白煙が上がり耳をつんざく衝撃音がこだまする。

 「グアアアッ」

 最新鋭の照準器に狂いは無い。磯鬼丸の腹の真ん中に砲弾は命中し、竜巻と嵐は消え去った。

 「やったか…」

 霧が晴れ、船首に集まった池鯉鮒衆が息を呑む。

 「あ、あれが…磯鬼丸」

 全身焼けただれ、おびただしい数の傷跡に覆い尽くされている。赤みがかった鱗は所々剥げ落ち、サボテンのような棘のある地肌が見え隠れする。

 「ニンゲン…許さん…」

 充血した目を見開いたまま、磯鬼丸はゆっくりと海中に沈んでいった。

 

 「た、倒したのか…?」

 善丸が身を乗り出した。無数の磯天狗の亡骸を揺らしながら海面は落ち着きを取り戻したようにも思える。

 「いや、わからん…」

 その答えを、船上の池鯉鮒衆はすぐに、身をもって知ることになった。

 「な、何だっ」

 船底から大きな衝撃。思わず船上の五人は倒れ込んだ。さらに繰り返す大きな衝撃。

 「ヤツだ、ヤツが船の下に回りこんだんだっ」

 船が持ち上がろうかというほどの突き上げ。遂に碇が吹き飛んだ。船体は大きく右へ傾く。

 「反対の碇を緩めろっ、すぐにだっ」

 もう一度食らったら間違いなく転覆、いや沈没してしまう。

 「手投げの雷撃弾を海に投げ入れろっ」

 仙太郎は這いずって倉庫のに辿りつき、一升瓶ほどの大きさの薄い鉄板で出来た手投げ弾を配った。

 「安全装置を外したらすぐに投げいれろ。水圧で炸裂する仕組みだ」

 一つ、二つ…次々に投じられる雷撃弾。ほどなく海中から大きな衝撃波が伝わってきた。

 「殺った…か?」

 ぶくぶくと幾つもの泡が浮かび上がってくる。同時に船尾の海面がぐぐっと盛り上がった。

 「いや、まだだっ」

 船尾に取り付いた磯鬼丸に向かって駆け寄ったのは池鯉鮒若衆の一人、宗五郎。

 「野郎っ、見てろ」

 毒矢をつがえ、狙いを定める。弦をて引き絞る手に力がこもる。

 「え、あっ」

 一瞬の出来事。宗五郎の目の前に立ちはだかった磯鬼丸の大きく開いた口から激しい炎が噴き出された。

 「ぐああっ、熱いっ。熱いよう」

 のたうちまわる宗五郎を蹴飛ばしながら、磯鬼丸は船尾から甲板に乗り込んだ。

 「クケケケ」

 火だるまの宗五郎の喉元に鋭い爪を突き立てて持ち上げると、ポイと投げ捨てた。焼け焦げた宗五郎はピクリとも動かぬまま海中へと引きずり込まれていった。

 仙太郎が叫びながら飛び出した。素早いモーションから手裏剣を投げつける。

 「ちくしょうっ、人外め」

 だが磯鬼丸が巨大な翼を二、三度羽ばたかせると、その風圧はあっけなく手裏剣を跳ね返してしまった。

 善丸は急いで矢を取り出す。

 「仇をとってやるぞ、宗の字…」

 巨体を揺らしながら磯鬼丸が迫る。

 「ひっ」

 慌てたためか、恐怖に駆られたか、善丸は矢をつがえるのに手間取った。

 気が付けば磯鬼丸は目の前。

 「うあっ」

 弓矢は取り上げられ、握りつぶされてしまった。

 「逃げろ善丸っ」

 仙太郎が駆け込んだ。しかし刀を抜く前に磯鬼丸の火炎放射が浴びせられた。

 「うっ、うああっ」

 慌てて身をすくめたが着衣に引火、炎に包まれた仙太郎が甲板を転げ回る。

 「クククケケケ」

 磯鬼丸は奇妙な笑い声を発しながら、おびえる善丸にジリジリと近寄った。鋭い嘴が大きく開く。

 「ひっ、ひいっ、た、助けて…」




つづく

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