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もののけ狩り  作者: 蝦夷 漫筆
磯天狗を殲滅せよ:三河湾、筒島
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生と死

 仙太郎と雲二郎、善丸たち池鯉鮒衆ちりゅうしゅうは、人さらいを繰り返すと言う磯天狗を退治するため、独自の小早こはや軍船に乗り込んだ。

 三河湾に浮かぶ佐久島の東に回りこんだ彼らは、善丸の父・天兵衛の調書に従って小さな岩礁の島、筒島つつじまに毒矢を撃ち込んだ。


 「来るぞ…」

 奇襲に慌てた磯天狗たちが次々に島を飛び立ち向かってくる。

 「ヤツらは大きな翼で自由に空を飛ぶ。ぬかるなよ」

 仙太郎は雲二郎の肩を叩いた。

 「よしっ、お前が舵を取れ。出来るだろ、こないだ教えたようにやればいい。まず距離を詰めろ、全速でな。ただしここは浅瀬だから座礁させるんじゃねえぞ」

 「あ、ああ。わかった」

 風が海上から吹き上げてくる。

 「面舵いっぱいっ」

 南から回り込んで北へ向いた舳先を東へ。帆に当たる風は正横せいおうから順風へ。船足が一気に伸びた。

 「いいぞ、雲」

 船首から振り返った仙太郎に「どうだ」と雲二郎が胸を張る。


 「ようし、来た来た」

 磯天狗たちが襲い掛かってきた。それぞれの手元に火の玉が見える。

 「天狗と名づけられているが、種としては河童に近い。小賢しい上に火の扱いにも慣れてるぞ、やつら。船に火が回ったらひとたまりも無い」

 「ど、どうするんだ兄さん」

 「そこで、これだ。二の矢」

 仙太郎が引き続き取り出した矢には、またしても先端に小さな袋が取り付けてある。薄く延ばした狸の皮で出来た薄茶色の袋。

 「この袋には特殊な液体が入っている。南蛮渡来のシャボンを改良したもので、ヤツらの翼の脂を溶かすんだ、見てろ」

 サッと弓矢を構え、大きく絞った弦から「二の矢」を放った。

 「クエエッ」

 飛来する磯天狗の一匹に見事命中。

 肩口を射抜かれた磯天狗は大きく身体を仰け反らす。続いて破裂した皮袋からシャボン液が飛び出した。

 「クッ、ウ、ウウアッ」

 磯天狗が携える火の玉を消し去ると同時にシャボンの液は羽毛を濡らし、油脂を削ぎ落とす。

 「飛翔能力を奪う」

 一気に萎んだ翼は空中で磯天狗の身体を支えきれない。よろよろと方向を乱しながら、磯天狗はバシャンと音を立てて海面に落ちた。

 「そして、三の矢、だ」

 仙太郎が弦を唸らせ、鋼鉄の矢を弾き飛ばした。


 挿絵(By みてみん)


 「この矢じりには猛毒が塗ってある。奴ら自身も火を操るから火矢では殺傷力が薄いんだ」

 波に呑まれそうにジタバタする海面の磯天狗を毒矢が貫通した。

 「ただの毒じゃないぞ。モノノケの波動を消し去る効能を持つ液体を混ぜてあるんだ」

 「波動を弱める?」

 「ああ、奴らの妖力の元は波動。我らが開祖、利蔵としぞう様があちこち旅し、行き着いた地下水脈の河童族から伝授されたと言う秘伝の波動封じだ」

 射られた磯天狗は黒紫の霧を噴き上げながら悶絶する。口から大量の体液を吐き散らして絶命するまでさほど時間はかからなかった。

 「す、すげえ…」

 一連の妖怪退治の見事な技は思わず目を奪われる。


 「ほら、ボーッとしてんな。お前たちも続けっ」

 仙太郎の力強い言葉に呼応して船上の雲二郎、善丸、そして池鯉鮒衆の面々が矢を手にする。

 次々に放たれる二の矢、三の矢。磯天狗たちは次々に撃墜され海上で悶えながら消えてゆく。

 「大方いぶり出されたな」

 波間の向こうに見える筒島は全体が毒の霧に包まれ、その輪郭もハッキリ見えない程に。磯天狗たちはまるで巣を落とされたスズメバチの如く躍起になって襲い掛かってきた。

 「ふっ、モノノケなんざ所詮畜生程度の脳みそしか持ち合わせておらんのだ」

 待ち構える池鯉鮒衆は、飛来する磯天狗を面白いように撃ち落してはトドメを刺す。


 「俺もやってやるっ」

 雲二郎も矢を放つ。荒れる海に落ちてもがく磯天狗を狙い撃ちし、その息の根を止める。

 「どうだっ」

 狙った敵は必ず仕留める。モノノケ狩り一族の血がまるで体内で沸騰したかのような高揚感。

 「しかし…」

 ふと、まるでゲームのように殺戮そのものを楽しんでいる自分への恐怖と嫌悪感が湧き上がってきた。

 「む、むごいな」

 気付けば、海一面に磯天狗の死骸が浮いていた。無残に散らばる羽毛、鼻を突くほどに忌まわしい悪臭。

 「クウッ、クエエッ」

 腿を射抜かれた磯天狗が、目の前で溺れそうになりながら羽根をバタつかせている。

 「あっ…」

 ふと目が合った。その瀕死のモノノケは大粒の涙を流している。

 「そんな目…そんな目で見るな」

 急に寒気に襲われブルブルっと身を震わした雲二郎。トドメと構えた三の矢を引き絞る手が緩む。

 「そうだ、そうだよな…モノノケって言ったって、普段は僕たちと変わらない生活が…」

 雲二郎は思わず手を下ろした。


 その瞬間。

 瀕死の磯天狗は海面を激しく蹴り上げ、一気に飛び上がって船に乗り込んできた。

 「あ、あわっ」

 呆気にとられる雲二郎を、カギ爪の付いた足で蹴り倒した。

 「ひっ、ひいいっ」

 罪悪感が雲二郎にもたらした震えは、恐怖に駆られた激しい震えに変わった。

 磯天狗の鋭いくちばしが血反吐を吐き散らしながら咆哮を上げる。

 「クエエッ」

 ごつい腕が雲二郎の両肩をむんずと掴み、目玉を食い破ろうと嘴を荒々しく振り下ろす。

 「危ないっ」

 仲間の一人、齢十三になったばかりの若衆、伝冶でんじが咄嗟に飛び込んできた。

 「化け物めえっ」

 雲二郎をかばうように、磯天狗の懐に潜りこみながら刀を突き立てる。

 「ぐあああっ」

 しかし、刀が磯天狗の胸元を貫くのと同時に、鋭利なナイフの如き嘴は伝冶の首筋に深々と突き刺さっていた。

 「あっ、あっ」

 動くことすら出来ないままの雲二郎の顔面に真っ赤な血のシャワーが降り注ぐ。

 「クアッ、クアアアッ」

 胸を刺されて半狂乱になった磯天狗は、残された力を振り絞るように黄ばんだ嘴をぐりぐりとひねって伝冶の首をじ切った。

 「うああっ」

 雲二郎の足元に、ゴロリと転がる仲間の首。

 「うあああああっ」

 思わず雲二郎は目を閉じ、ひきつった叫び声を上げた。


 「バカやろうっ」

 激しい叱咤の声。

 「お前のつまらん情が、仲間を殺したんだっ」

 駆けつけた仙太郎が大きく刀を振り上げた。

 水面に反射する陽光を受けてキラリと光った刀身、その切っ先の軌跡は船上の磯天狗を真っ二つに切り裂いていた。

 「いいか、雲。俺たちは今、戦の最中なんだ。殺らなきゃ殺られる」

 腰を抜かしてわなわなと震える雲二郎の頬を、仙太郎が強く張り倒した。

 「よく見ろっ」

 無念の悔しさを湛えたまま転がる伝冶の首。

 「明日はわが身、そう心得よっ」

 さらに仙太郎は雲二郎の髪の毛を掴んで立ち上がらせた。

 「死にたくなければ戦え。死に物狂いで戦え。正義も正論も、生き延びたものにしかそれを語る権利は与えられんのだ」


 つづく

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