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もののけ狩り  作者: 蝦夷 漫筆
絆、その名とともに
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月光の下で

 オニの襲来に紛れて忍び込んだ憑依妖怪・おとら狐が憑依したのは、あろうことか池鯉鮒ちりゅう衆の頭役、仙太郎。

 若衆を次々に殺害し食らうという恐ろしい妖怪に変わり果てた兄に立ち向かう雲二郎だったが、未だその力の差は歴然。危機を救ったのはお洋が放った銃弾だった。

 しかし撃たれてなお仙太郎はお洋に襲い掛かる。雲二郎が駆けつけその腕を切断。


 逃亡した兄を追う雲二郎は、未だ一縷の望みを抱いていた。


 「兄さん、貴方の真の心はまだ死んでいないはず。今まで俺は何度も貴方に救われた。今度は俺が貴方を救う」

 月夜の影、そして点々と残る血痕を頼りに、雲二郎は不乗森のらずのもりまでやって来ていた。


 「ここは…」

 鬱蒼と生い茂る木々の中に、異様な妖気が漂っていることに気付いた。

 「ま、まずい…」

 すでに、囲まれていた。

 草むらを分け、地面の穴から這い出、木の上から飛び降りてきた無数の妖弧。

 「お前たち…」

 雲二郎はサッと身構えた。

 「おとら狐、だな」

 一際体格の良い妖弧がスッと前に出てきた。卑しい笑みを浮かべている。

 「違う。俺たちは憑依なんて卑怯なマネをして生きながらえてるわけじゃねえ」

 「いひひひひ」

 妖弧たちのひきつった笑い声が周囲から聞こえてきた。

 「いひひひ。しかしそれは、俺たちが人を食わねえ、って意味じゃねえ」

 スウッと冷たい風が通り抜ける。

 「てめえ、いい度胸じゃねえか。俺たちの巣に入ってくるとは。ああ、安心しろ、痛みを感じる前に殺してやる」

 妖狐たちは一斉に飛び掛ってきた。彼らは夜目が利くのに加え、フサフサした尾から発する無数の毒針という武器を持つ。

 「いひひ、毒で眠っちまえば楽に逝けるぞ。いひひ」

 大慌てで逃げようとする雲二郎。

 だがすでに囲まれた。どこにどう逃げたらいいかわからないまま、唸りを上げて迫る爪と牙を避けるのに精一杯。

 「ん、んあっ」 

 首筋にチクリと何かを感じた。次第に視界がぼやけてくる。くっきりと見えていたはずの十六夜はすっかり朧月。指先が、足先が痺れてくる。フワッと浮かび上がるような感覚。

 「毒か…やられたか…」

 周囲の景色が歪み、沈んでゆく。


 「まだだよ。まだやれる」

 どこからともなく声が聞こえた。いや、聞こえたのではないかも知れない。心に直接話しかけられたようでもある。

 「お前が受けた傷は、お前の覆う殻の部分でしかない。お前の核はまだ健在なはず」

 「な、なんだ…誰だ・・・」

 ボヤけた目で辺りをうかがうが、にじり寄る妖弧の群れ以外には誰の影も見えない。

 また、声がする。

 「奥底にしまわれているお前の真の力を、内なる力を引き出せ」

 鼓動が高鳴る。

 ポッと胸の奥に火が灯ったように感じた。

 「あっ…」

 「それがお前だ。表面に受けた傷や毒は、その内から出ずる力の脈で吹き飛ばすことができるはずだ…」

 身体の芯に生まれた熱い火が、急に巡りだしたように思えた。

 「あ、ああっ」

 視界が戻ってくる。手足の痺れが、消えてゆく。

 妖弧が襲い掛かってきた。軌道が読める。

 「はっ」

 身体を転がして爪先の攻撃をかわす。なおも敵は次々に襲ってくる。

 「こんなたくさんの敵、一体どうすれば…」

 再び、全身を脱力が襲う。

 「やはり、もうお終いか…」

 

 「お前はまだ眠っているのか。本当の自分を目覚めさせろ」

 また、あの声。

 「己自身の壁を壊し、真の戦士になれ」

 雲二郎は、襲ってくる妖弧たちの攻撃をフラフラする足取りで避けながら、その声に耳を傾けた。

 「お前の中の壁…それは怖れ。自分を曝け出すことへの怖れ」

 「いや、俺はいつだって己を捨てて…」

 「己を捨てて、誰かのために…そうやっていつも大義名分を探す。誰かに、何かの理由に、自分が戦う訳を委ねようとしている」

 「だって、それが運命」

 「運命とは、そんな底の浅いものではない…己の意志で、己の命によって戦わねば、死した者は救われぬ」


 「死した者…」

 一瞬が数年に相当するかのように、雲二郎のこれまでの記憶が一気に沸きあがってきた。沸騰して泡のように浮かび上がる顔また顔。

 「父さん…母さん・・・そして仲間たち、兄さん…」

 その泡を柔らかくすくい取るように、穏やかな声が響く。

 「気高く戦え。全ては繋がっている。形や理屈や感情ではない。お前に流れる血と本能の中に運命さだめは織り込まれている」


 「この血に…本能の中に」

 身体中が熱くなった。

 光るものが血の中を、手足の隅々まで駆け巡る。霞んでいた視界は澄んだように、宵闇といえ前にも増してくっきりと全てが見える。

 「お前の中にあるもう一つの目が、今開いた。おそらく、幼い頃の忌まわしい記憶が、その開花を拒んでいたのだろう…」

 

 草むらの中にいくつも何かがうごめいているのが見える。いや、うごめく「気」を感じ取ることができる。

 「見えるぞ」

 敵より先に飛び上がる。襲い来る妖弧の動きが鈍く見えた。

 「隙だらけじゃないか」

 止まって見える敵に向かって的確に鎌を繰り出す。妖弧たちは次々に切り裂かれ身を横たえてゆく。


挿絵(By みてみん)


 風の動きが、匂いが、気が、敵の動きを知らせてくれる。「一歩先」が手に取るように見える。

 「これだ…これが本当の戦い」

 発するオーラが違う。

 妖弧たちは切り裂かれた同胞の遺骸もそのままに、尻尾を巻いてあっという間に住処を捨て逃げ去った。


 「誰だっ」

 夜風の中、一人佇む男がいた。

 雲二郎はゆっくりと近づく。

 「あ、あんたは…」

 手拭いを頭に巻いた農夫風の男は雲二郎を見るとにっこり笑った。

 「腕を上げたな」

 雲二郎はその男に見覚えがあった。

 「あの時の…伊勢で天さんと善丸を助けたあやかしの男。もしやさっきは、あんたが俺に声を?」

 男は笑顔のまま頷いた。

 「そうだ。見ちゃおれんかったからな」

 雲二郎は軽く頭を下げた。

 「ひとまず礼を言うが…見ていて何故助けなかった?」

 フッと息を吐いて男は答えた。

 「助けたさ。お前さんには素質がある。内なる波動を駆使してモノノケたちを狩る才能がある。それを開花させることが、お前さんを助けることだ」

 怪訝そうな顔の雲二郎。

 「いや…お前もあやかしの一味じゃないか。今回は助けてもらったが、本来はお前も掟に従って抹殺すべき対象なんだぞ」

 男は首を横に振る。

 「一緒くたにするな。闇のモノノケたちと俺は全くの別物だ。奴らは人間たちを、いやこの世界そのものを食い物にしようとしているのさ。俺たちはそれを守ろうとしているんだ」

 「たいしたおせっかいだな」

 「どう思おうと勝手だが、今の人間たちでは闇の連中には勝てんぞ。大きな軍勢を形成しつつあるヤツらは間違いなくこの世界を滅ぼしにかかる。だからこそ俺はお前みたいな素質のある者を探してるんだ。どうだ、一緒に闇のモノノケたちと…」


 雲二郎は思い出したようにあたりをキョロキョロしはじめた。

 「そ、そういえば兄さんは…」

 ため息をつきながら、男は木の上を指差した。

 「あの男…両腕を切られたあの男なら、もうダメだ…死んでる」

 木の葉に遮られた月光がうっすらと映し出したのは、木の枝に引っかかってピクリともしない遺骸。

 「に、にいさん…」

 ほとんどその顔が誰かも判らないほど、すでに朽ちていた。

 「ごめん、兄さんごめん」

 それはすでに変わり果てた腐敗した肉の塊でしかなかった。

 ボタリ、ボタリと大粒の涙を流す雲二郎。

 「にいさん…」


 崩れ落ちた雲二郎を、まるであざ笑うように遠くで梟が鳴いている。

 「無常だ…そしてこの世は非情…」

 

 「なあ、お前さん。お前さんの悲しみはわかる」

 男が雲二郎の肩に手を掛けた。その手を振り払う。

 「お前に何がわかるっ」

 「その深い悲しみが、強い波動を形成して俺にも伝わってくるのさ…」

 「下らぬ世迷言で慰めようとせずともよいっ」


 男は少し間を置いて呟いた。

 「落ち着け、おとら狐はまだ死んでいないぞ…」

 「何いっ」

 雲二郎の顔つきが変わった。

 「取り憑いた兄貴が死んだんだ、ヤツも一緒に…」

 「いや、取り憑いたまま死ねば闇の波動が消滅する。ゆえに肉体も溶けて消えるはずだ。しかしお前さんの兄さんの身体は残っている」

 「つまり、とっくにおとら狐は兄貴の身体を抜け出ていた、と…?」

 「そうだ。まだどこかでヤツは生きている。誰かに憑依して、な」

 雲二郎は、男を睨んだ。

 「まさかお前か?」

 男は呆れた顔で言う。

 「バカ言うな。俺が憑依されてるならお前を助けたりはせん。おとら狐は人間に寄生しなければ生き永らえない種族。多くは血を介して乗り移るはずだ。ここへ来る前に誰かに接触して…」

 

 「ま、まさか…」

 雲助は顔色を変えて駆け出した。池鯉鮒の屋敷へ全力で走った。


 「頼む…俺の思い違いであってくれ」


 つづく

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