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もののけ狩り  作者: 蝦夷 漫筆
絆、その名とともに
39/42

変わり果てた兄

 助けた幼女は、憑依する妖怪・おとら狐だった。

 気付いた仙太郎だったが成敗する前に噛み付かれ、あろうことか自身に憑依されてしまう。

 不審な物音を聞いた雲二郎が駆けつけたが時すでに遅し。すでに人外に成り果てた仙太郎は殺害を重ね、雲二郎に襲い掛かった。


 「掟…か」

 雲二郎に悩む時間を与えぬとばかりに仙太郎が飛び掛ってきた。察知した雲二郎も同時に飛び込む。

 「うぬうっ」

 仙太郎の切っ先は真上から雲二郎の脳天をうかがう。反射的に刀の峰を合わせて弾き返す。

 「ぐるるっ」

 ケダモノのように唸り、ときに叫びながら仙太郎が襲い掛かってくる。

 防戦一方の雲二郎。


 斬り込もうとする度、かつての優しかった兄がどうしても頭に浮かんできてしまう。

 「いや…それだけじゃない」

 実戦の力量には、今でもこれほどに差があるのか、と痛感する。

 「強い、強い・・・兄さん」

 雲二郎も決して容赦してはいない。しかし仙太郎ははるかに速く、はるかに強い。

 「まったく追いつけない…う、うああっ」

 刀をはじき飛ばされた。両手が肘までしびれている。

 サッと身を引く…いや、すぐ後ろに壁。

 「あっ」

 逃げられない。


 血交じりの涎をダラダラと垂らしながら、仙太郎が勝ち誇ったように笑った。

 「ぐへへへっ」

 力強く握られた刀が十六夜の月に照らされる。

 「ああ…」

 その美しさに、雲二郎は心を逃避させるより他なかった。この恐怖から、悔しさから、悲しさから、そして痛みから。

 「にいさん…」


 仙太郎が刀を大きく振り上げる。両手を添え柄をぐっと握る…。

 「ん、あ、あん?」

 仙太郎の身体が小刻みに震え出した。

 「くうっ…く…も…」

 一方の手が、もう一方の手を制するように、上げたはずの刀を自ら振り落とした仙太郎。

 「く、も・・・っ」

 「何だ一体っ」

 呆気に取られる雲二郎の目の前で、仙太郎は自分の首を絞めはじめた。

 「うぐっ、ぐうっ」

 喉に食い込む爪、口から流れ出す鮮血。

 時折、声にならない声が聞こえてくる。

 「くも…くもっ…」

 すうっと、かつてのような黒い瞳が仙太郎に戻った。

 自らの首を絞めながら、唇がゆっくりと動いた。

 「おきて…お、き、てだ…」

 「に、兄さん?」

 なおも仙太郎の唇は、はっきりとその動きで雲二郎に意志を伝えていた。

 「おれを…こ、ろ、せ…」

 雲二郎が首を激しく横に振った。

 「いやだ、ダメだよ兄さん」

 「おきてに…したがえ・・・あとを、およう、そしていちぞくをたのむ…」

 「イヤだ、いやああっ」

 

 雲二郎の脳裏に、父親の事件がフラッシュバックした。

 まだ物心もつかなかった時の出来事。

 あの時も母親が妖怪に憑依された。そして父・厳柊げんしゅうは無残に殺害された。


 膝をつき頭を抱え込む雲二郎。

 「無理だっ、無理だあっ」

 呪文のように口をついて言葉が出てくる。

 「掟が何だ、掟が何だっていうんだ。俺の兄ちゃんは、どうなっても俺の兄ちゃんだ…」


 「ぐううっ」

 仙太郎が再び唸り声を上げた。

 目は裏返り、鋭い牙を剥いていた。

 もはや本来の仙太郎の意識の最後の足掻きも、妖怪の闘争心に打ち破られたか。

 「ぐあああっ」

 長く伸びた爪に体重を乗せて、雲二郎めがけて振り下ろす。


 その時、一発の銃声が闇夜の静寂を切り裂くように響き渡った。


 「えっ」

 仙太郎は脇腹から激しく血を噴き出しながら身体をくの字にまげて転がっていた。


 その向こう。

 硝煙が立ち上る拳銃を震える両手でしっかり握って立ち尽くしているお洋が、窓の外に立っていた。


挿絵(By みてみん)


 「お洋…」

 「その人は、もう、仙太郎さまでは無い。はやく逃げて」


 戸惑う雲二郎。

 その隙に仙太郎は窓の外へ。

 「お洋、危ないっ」

 窓を破って外に出た手負いの仙太郎は、拳銃を構えるお洋に襲い掛かった。

 「ひっ」

 その鬼気迫る表情に、お洋の拳銃を持つ手元が狂う。

 「きゃああっ」

 仙太郎は完全に我を失ったらしい。狂った目もそのままにお洋に覆いかぶさり、両脚をガッチリと掴んで爪を食い込ませて下腹に噛み付こうと荒ぶっている。


 「させんっ」

 駆けつけた雲二郎が掴みかかる。だが仙太郎はお洋から離れない。

 「もはや容赦しない」

 お洋に噛み付こうと一心不乱の仙太郎の鎖鎌を奪い取って首に巻きつけた。ギリギリと締め上げる。

 「ぐがあっ」

 血の泡を噴く仙太郎。

 雲二郎は、心が泣くような叫びを上げた。

 「お洋から離れろっ」

 鎌の刃が風を切った。

 垂直に振り下ろされた刃は、仙太郎の両腕を切断した。

 邪気が匂い立つ赤黒い血液がシャワーとなって降り注ぐ。


 「ひ、ひいい」

 お洋は目を上転させて意識を失いかけた。

 「大丈夫かっ」

 雲二郎がお洋を抱きかかえる。

 首をガクガクさせながらも頷くお洋が、ゆらりと持ち上げた指が、腕を失ってなお逃亡をはかる仙太郎の影を指していた。


 「誰かっ、誰か。お洋を頼む」

 若衆が駆けつけお洋を介抱するのを見届けた雲二郎は仙太郎の後を追った。

 「まだ間に合う。兄さん、待っててくれ。貴方の真の心はまだ死んでいないはず」


 ひたすら走った。

 「兄貴には何度もに助けてもらった。今度は俺が貴方を救う番」



 つづく

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