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もののけ狩り  作者: 蝦夷 漫筆
落魄:池鯉鮒
37/42

天兵衛の言伝

 池鯉鮒ちりゅう衆の本拠地を襲撃したオニたちの狙いは「波動の石」だった。屋敷は見る影もないほどに破壊され、秘宝を収める蔵も破られた。

 追い詰められた池鯉鮒衆・天兵衛は「波動の石」を手にしたまま逃走した末に多くのオニたちを道連れに爆死。

 波動石の破壊を見届けたオニの軍団は煙幕と共に消えた。

 

 黒い妖気が消え去った後には、猿渡川の氾濫が残した汚泥と無数の屍が残されていた。

 「これが…」

 雲二郎は虚ろな目のままに呟いた。

 「戦い、というものか」

 善丸は大粒の涙をこぼしながらうつむいている。

 「なんなんだ…人間って、モノノケって、何なんだ。なぜ殺し合い奪い合わなきゃいけないんだ」

 

 「生きること、とは…すなわち戦うことだから、だ」

 目を閉じたままの仙太郎が呟いた。

 「食われる側になりたくなければ、強くなって食う側になるしかない。『生命いのち』というものが生まれた瞬間から始まったただ一つの真理。生命あるものに課せられた運命さだめ

 善丸は唇を噛んだ。雲二郎は拳を強く握りしめながら、尋ねるでもなく言葉を発した。

 「殺し合うだけが未来なのか? 殺すことでしか生きられないのか。生かし合うことは、この世の道理じゃないって言うのか」

 「人の世なぞ、本質的な厳しさをただ誤魔化しているだけ」

 沈黙する弟、そして兄。


 「うっ、ううっ」

 ふと聞こえる微かな呻き声。

 「ん?」

 汚れきった泥の奥底から、小さな気泡が一つ、二つと上がってくる。小さな手が、動いているのが見えた。

 「誰かいるっ。泥に埋まってる子供だ、まだ生きてるぞっ」

 雲二郎が駆け寄り引きずり出した。まだ五~六つだろうか、女児が全身に火傷を負って虫の息。

 「大丈夫か、おいっ…」

 目は開いても焦点が合わない。焼け爛れた唇が必死で何かを伝えようとしている。

 「おいっ。大丈夫か、って訊いてるんだっ」

 「て、てんべえ、って人から言伝ことづてを…」

 言いかけて、女の子は意識を失った。

 「何だってっ」

 善丸は女の子を抱き上げた。大急ぎで屋敷に走る。

 「何としても助けるんだ。親父…親父はこの子に一体何を託したっていうんだ…」

 

 「仙太郎さま…雲ちゃん。善ちゃん…他は? 天兵衛さんや、そのほか…」

 屋敷に帰った池鯉鮒衆たちをお洋が出迎えた。

 「ああ、実は…」

 一連の顛末を訊き、天兵衛はじめ多数の犠牲に胸を詰まらせるお洋。

 池鯉鮒の女衆はすっかり破壊された新殿の片付けに割烹着を着込んで汗を流していた。

 女児は早速、屋敷に運び込まれた。破壊の難を逃れた奥の部屋へ。

 「一体誰、この児。それにしてもすごい熱ね。呼び掛けても返事は虚ろだし…」

 「死にかけてる」

 「通りすがりの村の子かしら…助かったのはこの子だけ?」

 「ああ、村人たちはほとんどがオニたちに殺された。泥に埋まっていたこの女の子は運よく俺たちに見つけられたが、おそらく両親は…」

 「そう…」

 「介抱してやれ、隠居の徳蔵は医学の心得があるから診せるといい。薬なら色々あるだろう…この子は天さんから最期の言伝をあずかっているらしい」

 「天さんの言伝…一体私たちに何を」


 天兵衛は厳柊げんしゅうすなわち仙太郎と雲二郎の父親と無二の親友だった。忍としての仕事に定評があったのは言うまでもないが、厳柊亡き後、兄弟の父親代わりを務めつつ、仙太郎を立てて実務的な切り盛りをした実績に誰もが一目を置いていた。


 「ともかく落ち着いたところで寝かせましょう」

 被害を免れた南側の書斎に幼子は運ばれ、来客用の真新しい布団にくるまれ身体を横たえた。


 「ううっ、ううっ」

 びっしょり汗をかいてうなされている。

 「着替えさせた方がよさそうね」

 お洋は、かつて自分が着ていた襦袢を箪笥たんすから出してきて着せた。

 仙太郎が微笑む。

 「よくそんなもの、とってあったな」

 「あら、仙ちゃんのも雲ちゃんのも、まだちゃんと保管してあるわよ、多分ね。だって、いつか私の子が…」

 言いかけてお洋は口をつぐんだ。

 「あ、その…」

 仙太郎は、少し視線を逸らした。

 「とにかく、身体が冷えないように…」


 「兄さんっ」

 ガラっと書斎の戸が開いた。キッと睨む仙太郎。

 「例の子が寝てるんだ、もうちょっと静かに…」

 「ご、ごめん…ちょっとこれを」

 慌てて入ってきたのは雲二郎。仙太郎とお洋の間に流れる妙な空気に怪訝そうな顔をしつつ、紺色の革で装丁された異国文字の描かれた本を開いて見せた。

 「長崎で、蘭方医学をかじったんだ」

 慣れた手つきとは言い難いものの、長崎から持ち帰った教本片手に診療を試みる。

 「ええっと…」

 弱く速い脈。呼吸は浅いが聴診上は空気の流れもよどみない。腹壁も柔らかく四肢末端の血流が良いことは色で判る。


挿絵(By みてみん)


 「しかし…」

 首をひねる雲二郎。

 「妙だ。致命的な損傷はないんだが、どうも反応が鈍い」

 「なんだ、ハッキリ言え」

 「妖気というか、普通じゃない力がこの子の正常な回復を阻んでいるような…」

 表情をにわかに強張らせる仙太郎。

 「妖気…この児にあやかしの力が取り憑いている、というのか…」

 その鋭い目を幼子へ向けた。

 「ならば止むを得まい…」

 刀の柄に手を伸ばした。

 「災いの芽は摘まねばならぬ」

 「ちょ、ちょっと待ってよ」

 雲二郎が手を伸ばし、仙太郎が持つ刀を押さえた。

 「いくらなんでも、こんな子供を斬るっていうのかい?」

 「当たり前だ、それが掟。幼子とて人外の力にまみれた者は侮るべからざること、お前も経験しているだろう?」

 雲二郎が首を横に振る。

 「いいや、この子はあくまで被害者。何でもかんでも殺生するのが掟じゃないはずだよ、こういう子を助け生かすために僕らがいるんじゃないか」

 「聞いた風な口をっ」

 仙太郎が立ち上がる。

 「斬る。俺の、いや一族の信条はお前一人のたわけた情如きには微塵も揺り動かされんのだっ」

 「わ、わかった…でも」

 雲二郎は仙太郎の前に座り込み、深々と頭を下げた。その額を床に押し付けながら。

 「少しだけ、少しだけ待って下さい。この子は天さんの最期の言葉を預かってるはずなんだ。それさえ訊くことが出来たら、天さんの遺志を知ることさえ出来たら、ああ。兄さんの思うように、いや掟が命ずるままに斬ってくれ…」


 「むう…」

 仙太郎は腰を下ろし、土下座している雲二郎の肩を叩いた。

 「よし、お前がそこまで言うなのなら。俺はお前を信じている。さあ顔を上げろ、俺たちは兄弟だ。そんな真似をさせたいわけじゃない…」

 「あ、ありがとう」


 雲二郎は自室に走り、大急ぎで幾つかの道具を持ってきた。

 「とにかくやってみる」

 油をしみこませた袋に薄めた塩水を入れ、防水布を加工して作った細い管を結わえ付ける。その先には吹き矢でつかう筒状の小さな針。

 「まずは体液の不足を補う。全身にひどい火傷を負ってるから…」

 針をそっと血管に差し込み、一滴また一滴と管を通って塩水が流れ込んでゆく。仙太郎は目を丸くしてじっと見ている。

 「たいしたもんだな…さすが我が弟」

 「珍しいこともあるもんだ…兄貴が俺を褒めるなんて」

 苦笑いする雲二郎。その顔を仙太郎が覗き込む。

 「ん? 褒めるべきところはちゃんと褒めるぞ」

 「どうだか…」

 二人は顔を見合わせ、思わず笑みを漏らした。


 仙太郎は雲二郎の手つきを見て感心している様子。

 「しかし、しのびが医者の真似事とは。時代も変わったもんだ」

 「同じだよ。世を救うも人を救うも。病巣を見極め、残すべきところと切り捨てるべきところを…」

 幼子の脈が落ち着いてきた。

 「そして次は…」

 雲二郎は「波動封じの網」を取り出した。

 「そいつを使うのか」

 「ああ兄さん、これに塗ってある薬には闇の波動すなわち妖気を中和する効力がある。この子を蝕んでいるのが妖気ならば、効くはず」

 網から粘液を濾しとって乳鉢に集める。さらに雲二郎は薬包紙に包まれた薄桜色の粉を振り掛けた。

 「伊勢で出くわした波動使いの男がくれたやつの残りだ。おそらく何らかの波動を含む薬草を煎じたもの。この二つを混ぜると…」

 少し鼻につく匂いのする泡を発生しながらうっすら光を帯びはじめた。

 「これで良くなるはず」

 先の塩水に薬を入れる。管を通して薬液は幼子の体内へ吸い込まれてゆく。


 「少し、熱が上がったか?」

 お洋が心配そうに幼子の手を握る。すこし呼吸が荒くなったようにも思えた。

 「大丈夫なの…?」

 雲二郎は蘭方医学書のあちこちを開いてはページを漁るようにめくり、自信ありげに言い切った。

 「大丈夫だ。闇属性の波動と、注入された光波動がぶつかって干渉して発生する熱だ」

 幼子の顔を見やる。

 「戦いは今、この子の体内で起こってるんだ」

 

 「これが、戦い…」

 怪訝そうな顔の仙太郎。雲二郎は頷いた。

 「そうだよ兄さん。殺しあう戦いの時代は終わらせなきゃ…モノノケの妖力を中和、無力化できれば、対話と共存の時代が来る」

 「甘い。未だかつてこの世に共存などあった試しがない。強いものは常に弱いものを駆逐する。それが世の習わし」

 「それは無知が恐怖を煽る結果だよ。ちゃんと知識を持って相手を理解することで、恐れや忌避は無くなる」

 「バカな。妖力を封じることが出来るんならそのまま滅ぼせばいい。仲良くしよう、なんて言ってる間に居場所を乗っ取られちまう」

 「だから兄さん…」


 声高になる兄弟を制するように響くお洋の声。

 「あの…もう少し静かになさいませんか」


 「えっ…」

 「静かに寝かせてあげましょうよ」

 スヤスヤと眠る幼子の表情はすっかり穏やかになっていた。

 「そ、そうだな」

 「こりゃ失敬」

 兄弟、顔を見合わせフッと笑みを交わした。


 仙太郎は一同を中庭に集めた。全員の顔を見渡す。

 「みんな、ご苦労だった。長い一日だったな」

 外はすっかり暗くなっていた。

 「また敵が襲ってこないとも限らん。片付けもそこそこに、まずはゆっくり休め。明日からまた、立て直しという新たな任務を始めようじゃないか」


 大きな嵐が過ぎ去った後のような、虚脱感と安心感の入り混じった気持ちを抱えながら池鯉鮒衆一同は復興への思いを新たにした。


 「この子も峠は越えただろう。明日ゆっくり天さんの言伝を教えてもらうとしよう」

 自ら幼子の付き添いをすると言って仙太郎はみんなを寝屋に行かせた。

 「オニの野郎に壊されて、少しばかり外の風が舞い込むかも知れんが雨風はしのげるだろ。ゆっくり休め」

 

 「ふっ、可愛い顔してるじゃねえか…俺たちも、昔はこんなだったのかな…」

 どんな夢をみているのか、時々思い出したようにに笑顔を見せる幼子の隣で、いつしか仙太郎も眠りに就いていた。


 しかし、穏やかな朝を向かえることは二度となかった。


 つづく

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