波動の石のゆくえ
池鯉鮒衆の新殿を大挙して襲撃したオニの軍団を束ねる男が姿を現した。小柄な禿げ頭のその男は強烈な暗黒波動を放ち蔵を破壊、仙太郎を圧倒した。
雲二郎が切り札「波動封じ」を浴びせて一糸報いたと思われたが、禿げ頭は波動の力を封じられてなお無類の強さで兄弟を翻弄。
その時、破壊された蔵から宝物「波動の石」を天兵衛が持ち逃げしたのが判明、それを追うオニ、池鯉鮒の若衆が北に流れる猿渡川へと走った。
禿げ頭もそれを追い、仙太郎と雲二郎、さらに天兵衛の息子・善丸も川を目指した。
「親父…何をしようってんだ、一体」
つい先日、戦いに巻き込んだ母親を死なせたばかりの善丸は顔を青ざめさせている。
「わからん…わからんが、あの石を死守しようとしていることだけは確かだ。責任感の強い天さんのことだ、是が非でもオニたちには渡さない覚悟だろう」
「ともかく、急がなきゃ」
川のほとりにある小さな村はすでにパニック状態。突如現れたオニの大群が情け容赦なく行きかう人々を手に掛ける。
「オニだ、オニだあっ」
逃げ惑う村人たち。
運悪くオニの前に身を晒したが最期、その首はまるでビー玉の如くいとも簡単に跳ね飛ばされて地面に転げる羽目に。
「そんな虫けらに構わずともよい。石を、何より石を奪うんだ」
禿げ頭が続く。
川の土手に天兵衛の姿が見えた。
「父さんっ」
慌てて善丸が飛び出す。
しかしすでに天兵衛は数え切れないほどのオニに囲まれていた。小脇には厳重に包まれた鉛箱をしっかりと抱えたまま。
「ま、待て善丸…」
仙太郎の制止も聞こえない善丸、全力で父親のもとに走る。
「父さん、待ってて。今行くっ」
気付いた天兵衛が叫んだ。
「来るなっ」
「えっ?」
土手に立ち尽くす天兵衛は繰り返した。
「来るな、善丸」
「いや僕が助けるよ、父さん…」
オニの大群に取り囲まれた天兵衛に駆け寄ろうとする善丸。
「いいか」
善丸の顔をじっと見つめながら、天兵衛は頷いてみせた。
「忍とは使命を果たしてこそ、その生に意味がある」
「えっ」
「お前は最高の息子だ」
天兵衛は脇に抱えた鉛箱の小さな取っ手を引いた。
「池鯉鮒、万歳」
まがゆい光に目がくらむ。
一瞬遅れて、けたたましい轟音、大爆発。
取り囲むオニたちとともに、天兵衛は自らをも粉々にした。
「どうして…どうして」
土手ごとえぐりとるような大爆発の渦中で天兵衛は散った。
道連れになったオニたちの遺骸で真っ赤に染まった猿渡川の濁流が切れた堤から溢れ出す。
「ここは危ない」
とめどなく流れる涙を拭こうともせず、崩れた土手に跪いて頭を垂れる善丸を仙太郎が抱え上げた。
「ひとまず、ここを離れるんだ」
高台に逃れた仙太郎、雲二郎、善丸。そして池鯉鮒衆の面々。
奇しくもすぐ隣に、同じく鉄砲水から避難してきた禿げ頭の男。
「波動の石も、これで消えたか…」
苦い顔をしながら爪を噛む。
「しかし…己の命を賭してまで石を渡すのを拒んだというわけだ。その根性は買うがな…所詮は虫けらだ」
「何っ」
顔を真っ赤にして善丸が叫んだ。
「親父を悪く言うヤツは許さねえっ」
いきなり飛び出した。
刀を抜き、禿げ頭に向かって真っすぐに突進した善丸。だが百戦錬磨の禿げ頭にとって彼を組伏すなど造作もない事だった。
「だから虫けらだ、と言うんだ」
「うっ、ううっ」
手足の自由を奪い、喉元に鋭い鎌の刃先を突きつける。
「いいかガキ」
禿げ頭はぐっと顔を近付けた。
「そんな憎しみだけの剣で俺を殺すことなど出来やしない。ニンゲンよ、自惚れるな…現世はお前たちだけのものじゃねえ」
善丸は髪の毛を掴んで引き起こされ、仙太郎たちのもとまで蹴り飛ばされた。
禿げ頭が言う。
「お前の親父は立派だったじゃねえか。お前みたいな、頭に血が上ったガキを血祭りにあげたところで俺の手が汚れるだけだ。修行して出直せ」
背を向ける禿げ頭。
「ま、まて…お前たちは一体何をしようと、あの石を奪って何を?」
仙太郎の問いに振り返った禿げ頭。
「ふふ、知らずに持っていたのか…あれは、持つものが世界を制するといわれる伝説の波動石、現世に六つあるとされる中の一つだ」
仙太郎たちはゴクリと唾を飲んだ。
「ほんとうだったんだ、言い伝えは…」
再び背を向けた禿げ頭が去ってゆく。
「だがそれも粉々になって失せた。ここに用は無い」
「まて、待てっ」
追いかけようとする仙太郎に向かって禿げ頭は煙幕弾を投げつけた。
「うっ…待てっ。誰なんだお前はっ」
「知る必要も無かろう…」
黒煙の中に禿げ頭は消えていった。
「俺は冥府の参謀、ヌラリヒョン」
つづく




