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もののけ狩り  作者: 蝦夷 漫筆
落魄:池鯉鮒
35/42

立ちはだかった男

 池鯉鮒ちりゅう衆の百周年祭ならびに新頭領・仙太郎の元服式が執り行われるはずの朝、オニの大挙襲来がそれを血に染めた。

 正門から攻め入ったオニの群れ、その圧倒的な力の前にに為す術も無いかと思われた時、雲二郎が開眼した。

 戦士としてその極意を知った雲二郎は、時に舞い、時に吼えながら次々にオニを血祭りに。

 しかしオニの軍団の本当の狙いは東園にある蔵。そこに安置されている波動石だった。


 究極の力を持つとされる伝説の石がオニたちの手に渡れば、この世は聞きに晒される。仙太郎、雲二郎、そして善丸が駆けつける。


 地面を破って出現したオニたちが蔵の周りをうろついている。

 「て、天さんは…?」

 蔵の守りの任務についていたのは善丸の父・天兵衛。雲二郎がその身を案じて防戦中の味方に尋ねた。

 「無事なのかい?」

 「ええ。天兵衛どのは蔵の中です。必ず守りきる、と言い残して入っていかれました。まだ蔵の中への侵入は許していませんっ」

 仙太郎の目線で、雲二郎が察した。

 「わかった、俺が中へ」

 うなずく仙太郎。

 「外は俺が」

 蔵に走る雲二郎の背中に声を投げかける仙太郎。

 「万一の際は俺にかまうな、守るべきは石…」

 振り返らずに雲二郎。

 「わかってるさ。掟だ」


 善丸は怯えた目のまま、蔵に走る雲二郎についていこうとししている。仙太郎がそれを制した。

 「親父さんが心配だろうが、戦いに情は禁物。中は親父さんと雲に任せるんだ」

 「は、はい…」


 オニは群がるように蔵を取り囲んだ。

 仙太郎が一匹一匹その目を見据えて立ちはだかる。

 「俺が遊んでやる」

 言いながら飛び出した。

 正確無比。仙太郎の研ぎ澄ませた一撃一撃は、山のような巨体のオニたちを次々に斬り倒してゆく。池鯉鮒衆の戦闘員たちもそれに続く。

 

 「ほう…」

 あざ笑うかのようなしゃがれ声が聞こえてきた。

 「やるじゃん、お前ら」

 声の主は後ろにいた。

 悠然と立ち尽くす禿げ頭の男。

 「ニンゲンのくせに…」

 「ちっ」

 睨み付ける仙太郎。

 しかし大きな後頭部まで禿げ上がったその男の顔の笑みは消えない。

 さほど大きくない体格、だが思わず目を背けたくなるような異様な圧力を感じる。気付くと後ずさりしそうになっていた仙太郎。

 「なんなんだ、お前…」


挿絵(By みてみん)


 「ん、俺か…」

 禿げ頭は両手を頭上に上げた。みるみるその手の中に真っ黒い気流の渦が発生した。

 「うあっ」

 思わず吸い込まれそうになる重力場。

 その手を真っ直ぐ下ろすと、唸りを上げて黒い球体――暗黒の波動――が飛び出した。

 「俺が誰か、名乗る必要があるのか?」

 「ぶはうあっ」

 暗黒波動は、臨戦態勢だった池鯉鮒の若衆たちを直撃し跡形も無く消し去った。

 

 「な、なんだ…」

 戦慄に背中がザワつく。

 ゴクリと息を呑んだ仙太郎、その目を禿げ頭が見据えた。

 「次はお前」

 仙太郎はジリジリと後退しながら両脚の力を抜き、しかし爪先に緊張を走らせる。

 「来る、か…」

 「ふふふ」

 禿げ頭のニヤけた顔がほんの一瞬、鬼面に。

 一気に前に突き出した禿げ頭の掌から、螺旋にうねる黒い波動が飛び出した。空気との摩擦で真っ赤な炎が軌跡を残す。

 同時に飛び上がった仙太郎。

 「ハッ」

 半径を拡大しながら迫る黒い波動を、飛び越えてやり過ごした。汗の玉が散る。

 着地して一息。かすかに安堵の笑みを漏らしかけたとき、背後の爆音に肝を冷やした。

 「まさかっ」

 「だから…」

 禿げ頭が腹を抱えて笑っていた。

 「ニンゲンってのはバカだって言うんだよ、お前、本気で俺の攻撃をかわせたとでも思ってるのか?」

 最初から、禿げ頭の狙いは蔵だった。

 仙太郎の足元を通過して飛んだ暗黒の波動は、後ろにある蔵の外壁をバラバラに破壊してしまっていた。

 「知ってるか。王手飛車取り、ってな。お前は飛車を優先したバカ者だ」

 歯軋りする仙太郎を見下すように禿げ頭は笑い、指をパチンとならして配下のオニたちを一斉に蔵に殺到させた。

 

 「さあ、石はいただくとして…お前。そろそろ死ぬか」

 仙太郎に対峙する禿げ頭の手から、一層巨大な黒い渦が産み出された。

 足が震える。もはや逃げようが無い、本気でそう思えるほどの眼力に捉えられていた。

 「うひひひ…」

 真っ直ぐに掌をかざしてゆっくりと近づいてくる。

 仙太郎は刀を正眼に構え腰を下ろす。右か、左か…いや上か。息を止めて細かな指先の動きを注視する。

 一瞬が一日を過ごすように長く感じた。


 「来るか」

 禿げ頭の眉がピクリと動いた。

 射るような視線がほんの少し、ズレたように見えた。

 「ぬうっ」

 わずかに、禿げ頭の顔に狼狽が見えた。

 同時に、蔵の中から一つの影が勢いよく飛び出した。それは東の空に上った日を背に、まさしく影だった。

 「誰だっ」

 「かくだっ。飛車、王手…もう一ついるだろ、角がっ」

 雲二郎だ。

 蔵から飛び出し、真っ直ぐ禿げ頭に向かう。その背に強い陽光と影を交錯させて目を眩ませる。

 「そんな程度で俺が狙いを外すとでも」

 禿げ頭は光と影に惑わされながらも空気の振動を頼りに位置を定め、黒い波動の弾丸を撃ち放った。

 周囲の空気との間に細かな稲妻を発生しながら気流の尾を引かせた暗黒波動が、雲二郎に吸い込まれるように進んでゆく。

 「来いよっ」

 雲二郎は逃げない。彼もまた掌を前にかざした。

 「ぬうっ?」

 禿げ頭が首をひねる。

 雲二郎が掌から放ったのは粘液に濡れた細い繊維で出来た網。

 「な、なんだ」

 傘を開くように一気に広がり、暗黒波動を包み込む。まるで中和するかの如く黒いエネルギーを消し去りながら網は禿げ頭の全身に絡みついた。

 「ちっ」

 禿げ頭は網に全身を包まれて動きが鈍ったように見える。

 「小賢しい真似をっ」


 仙太郎が雲二郎に駆け寄った。

 「な、なんだあの技はっ」

 「波動封じ。モノノケが使うあやかしの力は波動が源だ。蘭学で少し習ったんだ…あとは初代が河童族から手に入れたという妖力を弱める粉、そして前に伊勢で出会った不思議な男が残していった軟膏…」

 「つまり…どういうことなんだ?」

 「超常な力を打ち消すことが出来るんだ。もうモノノケなど恐れなくていい」

 「ほう、長崎での学問は無駄じゃなかった、ってわけだな」

 二人は網にくるまった禿げ頭のもとに走った。

 「始末してやる」

 

 「フッ…」

 禿げ頭は網の中でなおニヤニヤしている。

 「思い上がるな…ニンゲン。波動の力なぞ無くとも」

 腰に下げた大きな鎌を取り出し、網をズタズタに切り裂いて脱出した。右手を軽く上げ、顔の前を横切るように鎌の刃を構える。

 「来い」

 「言われなくてもそうするさ」

 示し合わせたかのように左右に分かれた仙太郎と雲二郎が挟み撃ちにしようと詰め寄る。

 「何人来ようが…」

 禿げ頭はスッと身を引き、機敏なステップを左右に踏むが如く両者の刃を難なく受け止め、同時に

鋭い蹴り足が雲二郎の、弧を描くように回した鎌の刃が仙太郎の、それぞれの刀をあっという間に弾き飛ばしてしまった。

 「俺の敵じゃあない」

 身を横たえた兄弟を交互に見やる禿げ頭。

 「さあ、どっちから死ぬ?」


 その時、蔵の方角から大きな怒号が連なって聞こえてきた。

 「むっ?」

 大勢のオニたちが北へ向かって走ってゆく。何かを追いかけて。

 「何だ、何があった?」

 池鯉鮒の若衆も走ってゆく。向かうは猿渡川。

 「そうか。石を持って逃げたか」

 仙太郎も懐から遠眼鏡を取り出した。

 「天さん…一体何を」

 「えっ、天兵衛さんが?」

 「どうやら天さん、蔵が壊されたと知るや石を持って隠し通路に逃げ込んだらしい。北門に連なる通路だ…オニたちもそれに気付いたんだ」


 禿げ頭はフッとため息をつくと頭を撫でながらボヤいた。

 「お前たち、命拾いしたな…まずは石、だ」

 大きな鎌を腰帯に差し込むと、オニたちの後を追うように北へ。猿渡川に向かった。

 

 「俺たちも…」

 「俺も行く」

 仙太郎、雲二郎、そして天兵衛の息子・善丸も慌てて走り出した。


 つづく

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