もののけ狩り、極意
もののけ狩り、池鯉鮒衆。
新殿落成式は、新頭領・仙太郎の元服式も兼ねていた。
だがその朝、オニの大群が襲来。大砲も鉄砲もものともせず彼らはあっという間に屋敷内に侵入してきた。
あちこちから悲鳴が、怒号が連なって聞こえてくる。
駆けつけた雲二郎が刀を抜こうと柄に手を伸ばした。
「あっ」
その目の前で、立ち向かった一人の若衆はオニに刀を折られた上、まるで人形のように身体を引き裂かれ頭を握りつぶされてしまった。
「ひ、ひいっ」
足がすくむ。握った刀がカチカチと音を立てるほど全身が震えている。
「うっ」
にわかに、首筋にフワッと冷たい風。反射的に振り向くと、オニ。
振り回す金属製の棍棒がすぐそこに迫っていた。
「ああっ」
間一髪で避けた雲二郎だったが、その風圧だけで身体がよろめいた。足に力を込めて耐え、動作を止めずに斬り上げようと構える。
「ぬっ」
目の前のオニはすでに次の一撃を放とうと棍棒を振り上げていた。
「デカいだけじゃない、速い」
慌てて飛び退く雲二郎。振り下ろされた棍棒は勢いあまって園庭の大きな岩を粉々に砕いてしまった。
身を屈めて飛び込んだ雲二郎、その剣先はオニの脇腹をかすめた。退きもしない鬼はそのまま身体をぶつけてきた。真っ向ぶつかった両者だったが、微動だにしないオニに対して雲二郎は三間も吹き飛ばされてしまった。
「なんなんだ…こんなに強いのか、オニってのは」
屋敷中がオニの攻撃にさらされて壊滅しようとしていた。
池鯉鮒衆自慢の戦士たちは次々と地に這い累々たる骸の山が築かれていた。
新築の壁はもはや原型をとどめないまでに破壊され、あらゆる調度品が瓦礫となって散乱する、まるで廃墟。
「お洋さん、大丈夫かな…」
雲二郎は、胸が締め付けられるように感じた。
守ってやらなきゃ、いま何処にいるんだろう、無事なんだろうか…。
背後に迫る大きな影に気付かぬままに。
「雲っ。屈め、屈めえっ」
遠鳴りのように声が聞こえた。こだまのように耳の奥で反射する、聞きなれた声。
「兄さんっ」
「早く屈めっ」
言われるがままに、ぐっと身体を丸めた。ほどなくブウンという激しい衝撃が背中を震わせ、ドシンという音が地面から雲二郎の身体を貫いてバウンドさせた。
「気を抜きやがってっ」
怒鳴り声が一気に近づく。
前傾姿勢で駆け寄ってくる仙太郎の握った刀が朝日に照らされキラリと光った。
「ウスノロめっ」
雲二郎を背後から襲おうとしたオニへ真っ直ぐ飛び込んだ仙太郎は、棍棒をひらりと避けて切っ先を鋭角に、スッと繰り出した。
オニの太い首筋に抵抗無く滑り込んだ刃はまるで遮るものが無いかのように、鮮やかな切り口を残して振り切られた。
「ぶげっ」
声を上げる間も許されず、血の噴水の中でオニの首は落ちた。
「兄さん…すごい」
震えて屈んだままの雲二郎の襟に手を掛けた仙太郎、少し息が荒い。疲労や緊張ではない、高揚しているように見える。
「お前も出来る、ああ俺が保障する。お洋なら大丈夫だ、心配するな。だから集中してお前の力を出せ、そうすればお前の技ならオニとて恐るるに足らんはずだ」
次々に乗り込んでくるオニたちの咆哮が鳴り響く。「信じてるぞ」仙太郎は言葉をのこして大門へと走った。
「出来る…かな」
もう一度、鉢金をぐっと締め直した雲二郎。
呼吸を整え、暴れるオニに向かって一歩一歩と近づいてゆく。
「来るっ」
気付いたオニが駆け寄ってきた。風を切る音が耳につく。
「うがあっ」
オニの振る金棒、速い。飛んで避けようとしたが、金棒の棘に袖が引っかかって叩き落とされた。
「マズいっ」
すかさず身体を丸めて転げまわる。ギリギリでかわしたオニの金棒は地面に深く食い込んだ。
「ぐうっ」
もう一撃、と金棒を振り上げようとしたオニが顔をしかめた。食い込んだ金棒が地面からすぐには抜けないようだ。
「今っ」
寝転がったまま雲二郎は刀を一旋。刃をオニの足首に叩きつけた。
「ん、ん…えっ」
ガキン、という音。オニの骨で刀は止まった。どす黒い血が刀身を伝うが、敵は痛みを感じないかのようにそのまま大きな手を伸ばしてきた。鋭い爪が眼前に。
「あっ、あっ」
刀を抜こうにも、オニの筋肉の強い収縮で抜き差しならない。
「ダメか…」
一瞬、兄・仙太郎の顔が瞼の裏に浮かんだ。「お前も出来る…」
「出来る、出来る…か」
フッと肩の力を抜いた。手の先に神経を集中して体の底から力を湧き立たせて真っ直ぐに刀へと伝える。
「あっ…」
全身が熱くなるような感覚。
閉じた目の奥で、何かがフラッシュしたような感覚。
びくともしなかったはずの刀が、急に抵抗を失ってまるで水の中を進むようにすうっと流れた。何かに引かれ導かれるように切っ先はぶれることなく振り抜かれた。
「これ、これって…」
ふと我に返る。足首から先を地面に残したまま、オニは倒れこんでいた。
何が起きたのか、目を見開いて確かめようとする雲二郎の肩をポン、と叩いたのは仙太郎。
「それだ。それだよ、雲」
「に、兄さん…」
「やはりお前が心配でな、戻ってきたが…ああ、掴んだな。斬るとは、ただ切ることじゃない。己の魂の波動が刃に乗らねば刀とて単なる鉄の棒っきれ」
久しぶりに兄の笑顔を見た。思わず雲二郎の頬も緩む。だがすぐに仙太郎は厳しい表情に戻った。
「さあ、とどめを」
頷いた雲二郎は兄の言葉を胸に、胸の奥底から湧き上がる何かをそのまま肩から腕、手から指へ刀へと流すように伝え、倒れ込んだオニに向かってそれを叩きつけた。
「ぐぎゃうっ」
二つに切り裂かれたオニは赤黒い体液を撒き散らしながら、黒煙をくゆらせて融解していった。
瞳孔を開いたまま茫然と立ち尽くす雲二郎。身体中が震えるような、それでいて妙に落ち着いた気分。
「やっと掴んだか」
仙太郎の声がやけに優しく感じられた。
「言ったろ、お前なら出来る。ってな」
「う、うん…」
「さあ、本当の戦いはこれからだぞ、雲」
「知ってるさ」
目の前に迫るオニの群れ。次から次へ湧いて出るように襲い掛かってくる。
「いくぞ」
二人が飛び出した。
一匹、二匹、斬って、また斬って。
オニの頭を飛び越え、オニの懐をくぐり抜け。斬り上げ、斬り下ろす。
「やるな、雲」
「兄さんこそ」
バラバラになったオニの骸の山を振り返ってニヤリとする兄弟。
「これか…これが本当の斬る、ということなんだ」
雲二郎はやけに鼓動が高鳴っているのを自覚していた。いや、しかしその核になる心の奥底は逆に凪いでいるかのように冷ややか。
「ふふ、ふふふふ」
なぜだか笑みがこぼれてしまう。
「ほうらっ」
あれほど怖かったオニが、今では動かぬ案山子のようにさえ思える。
前傾姿勢の残像を残して右、左。オニの群れの間を駆け抜ける。時折刀身に陽光を映し、その光をオニの身体に埋めて切り裂きながら。
「兄さん、左だよっ」
仙太郎の死角から迫るオニが見えた。
「知ってるっての」
弟の助言を聞くまでもなく、すでに仙太郎は気配だけを頼りに鎖鎌を投じていた。無論狙いに狂いは無く。
「ぐぶあはっ」
一瞬でオニの首が跳ね飛んだ。
「雲、後ろに…」
「ああ知ってる」
背後から迫る風圧、どんどん強くなる。風を切る音の変調を待っていた雲二郎が真っ直ぐ上に飛び上がる。
「ぐえいっ」
振り下ろした金棒が空を切ったオニが態勢を崩す、その上空で雲二郎は棒手裏剣を構えていた。
「のろまなヤツ」
ガラ空きの首筋を、一本、二本、三本。立て続けに貫く手裏剣がオニの脳髄を断ち切った。
「兄弟ってのは、力を合わせるもんだな」
二人はパチンと手を合わせて微笑んだ。
俺たちなら無敵だ、どんな敵だろうと足元に這いつくばらせてやる。二人とも、そう思った。
「せ…仙太郎さん、あれ、あれをっ」
櫓の上から大声。ふと見ると善丸が血相を変えている。
オニたちを激しくやりあいながらも、慌てた様子で東の方角をしきりに指差している。
「んんっ?」
確かに、何やらバタバタと音が聞こえる。
「何か、あったのか…?」
「蔵だよっ」
善丸が大声で叫んだ。
「蔵に現れたんだよ、オニがっ。派手に正門からやってきたのは囮だ、こっちに気を取られてるあいだに地面を潜って蔵の前に現れやがった、奴らの狙いは…」
「石…波動の石だっ」
仙太郎が雲二郎に目で合図、二人は蔵へと走った。善丸も目の前のオニから逃げるように大急ぎで櫓を下りて東へ。
善丸の顔が青ざめている。蔵の番は他ならぬ彼の父、天兵衛なのだから。
つづく




