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もののけ狩り  作者: 蝦夷 漫筆
落魄:池鯉鮒
33/42

オニが来た!

 閉じていた瞼がゆっくりと開くように、東の空が橙色の光で満たされてゆく。

 暗闇という乾きを潤す水のように、明るさが地平線から大地へ広まってゆく。

 「夜明け、だ」

 物見櫓の池鯉鮒ちりゅう衆・夜警番が呟いた。

 完成したばかりの新殿の壁が群青色から純白へ、美しいグラデーションを描いて朝日に染まる。

 「いよいよ今日だな、落成式」

 「お前さん、夜警明けだがどうするんだ」

 「もちろん出席するさ」


 もののけ狩りを生業とする彼らが池鯉鮒ここに拠を構えて百年。新たな本殿の落成式は今年の周年祭に併せて執り行われる。

 「まあ、せいぜい楽しんで来な。おれは夕刻までここで物見番だ」

 さらに、新頭領・仙太郎の元服の儀も予定されている。これまでは代行の身分であった仙太郎が、いよいよ名実共に池鯉鮒衆のリーダーとなる。


 「ん…?」

 だが、輝かしいはずの未来を真っ黒い闇に塗り潰そうとする影が迫っていることを、交代したばかりの物見番がその目に見た。

 「あ、あれは…」

 伸ばした手の指先が指し示す東の大地。うっすらと桃色に染まってゆく空の下、朝日を背に歩いてくるシルエットが一つ、二つ。

 「や、やばい…」

 物々しい気配を漂わせながら地中から湧き出てくる影、その数は次第に増えてゆく。

 「なんて数だ」

 空が白むわずかな間に、影は数えるのも困難なほど膨れ上がった軍勢となっていた。

 「来る、こっちに向かってくる」

 道端にたむろするカラスたちが慌てて飛び立つ。残飯をあさっていた野良犬たちも急に尻尾を巻いて逃散してゆく。


 物見番は息を呑んだ。

 「なんてこった…」

 それぞれの頭に突き出た角が、時折朝日に反射して鈍く光る。

 「オニだ…オニの大軍だ」

 池鯉鮒の丘にけたたましく半鐘が鳴り響いた。同時に、迫り来るオニたちは地鳴りのような咆哮を響かせた。聞く者の背筋を凍らせるような、恐怖心を煽る声。

 まさしく非常事態。


 「な、なんだっ」

 「敵襲、敵襲っ」

 「どっちだ、何が来る」

 「オニ、オニだあっ」

 屋敷内は騒然となった。


 「うろたえるな」

 元服式を控えて白装束に身を包んでいた仙太郎が立ち上がった。

 「非常時には我らが従うべき掟がある、それに従うのだ。まずは戦の装い」

 冷静に、かつ素早く。仙太郎は忍の装束に着替えて籠手、鉢金、といつもの戦闘スタイルへ。

 「皆の者、落ち着け。戦に準じて緊急時の取り扱い掟の帖に記された通りに総員行動せよ」

 拡声装置を通じて仙太郎の声が屋敷内にこだまする。

 「各番隊の長は大手門前に集合。砲兵隊は全員ただちに配置につけ」


 「まるで…戦だな」

 雲二郎と善丸は互いの武装を手伝いながら、防戦手順を帖で確認。

 「雲は本陣待機、か。俺は三番隊の扱いだから…えっと左翼か。親父は特命班なんだな」

 「しかしよりによってこんな日に攻めてこなくたって…」

 「天災なんかと一緒さ。向こうはこっちに都合なんざ知ったこっちゃ無い…あ、そこ留め金一つズレてるぞ」

 「ありがとう、慌てちゃいかんな。それにしてもオニが徒党を組んで襲ってくるなんて前代未聞だな…あ、兄さん」

 刀を手にした仙太朗が黒留袖のお洋を伴ってやって来た。

 「徒党なんてもんじゃねえ。あれは軍隊だ、真ん中を悠然と歩いてくる禿げ野郎がおそらくヤツらのかしらだ。なあ、俺の言ったとおりだ。妖怪たちは団結してる」

 「そうか…もはや共存なんて言ってられない時代が来るのか」

 「そうだ。その最前線で守るのが俺たちの役目」

 「だからヤツらはここを襲おうと?」

 「いや…それだけじゃない。『波動の石』が目的だろう」

 「それって…」

 「ああ、初代が河童族から頂戴したっていう、あれだ。ついに見つかったんだよ。旧殿の地下深くに幾重にも封印されていた波動の石が」

 雲二郎、善丸ともに目を輝かせる。

 「じゃあ…その石の力でオニたちを」

 「いやそうはいかんのだ。石の力はあまりに強く我々では今の時点で全く制御が出来ん。使い方を研究せねば…その前にヤツらに奪われては元も子もない。死守するぞ」


 再び、耳が割れんばかりの半鐘の音が鳴り響いた。

 「行くぞ」

 お洋が手渡した純白の盃に満たされた酒、「蓬莱泉」。仙太郎はぐいと飲み干し、目を輝かせた。

 「始めよ」

 サッと右手を上げると大手門横の竹林に隠してあった大砲が姿を現した。仙太郎の合図を受け、旗が振られる。

 「行け。オニどもを木っ端微塵にっ」

 火を噴いたカルバリン砲、計七門。二貫を超える榴弾が次々にオニの群れに着弾し炎と黒煙を巻き上げる。

 「思い知れ…」

 身を乗り出す仙太郎。しかしオニたちに怯む様子は見られない。榴弾の餌食となって身悶える仲間を、薄ら笑いを浮かべながら踏みつけての進軍は止まらない。


 「ちくしょう…あいつを狙え、あの親玉」

 仙太郎が伝令を走らせた。オニの群れ、その中央を悠然と歩く禿げ頭を集中攻撃せよ、と。

 早速砲兵隊が照準器を合わせる。互いに目配せ、そして一斉砲撃。鈍い光を放つ七つの榴弾砲が明け方の空に放物線を描き、一点に向かって飛んでゆく。

 「ウチの砲兵たちは質が高いんだ」

 目を輝かせた仙太郎。

 だが問題なのは照準では無かった。

 「な、なにっ」

 風の如く飛んでくる弾丸をチラリと見上げた禿げ頭、薄ら笑いを消さぬままに両手を突き上げ身体をブルブルッと震わせると、その掌から真っ黒い渦のようなものを飛び出させ、迫る砲弾たちを空中で融解消滅させてしまった。

 「なんて技だ…あいつは一体何者なんだ」

 仙太郎の額に汗が滲んだ。


 何発もの大砲でも勢いは止められない。進軍を続けるオニたちは真っ直ぐ大手門前に辿り着いた。

 「正面から来るとは、舐められたもんだ。俺も行くぞ」

 自ら屋敷内の本陣を出ようとする仙太郎を不安げに見るお洋。

 「貴方も行かれるのですね…」

 「ああ」

 表情を変えない仙太郎。

 「俺が行かねば、皆が死ぬ。大丈夫だ、無事に退治したら式典をやり直そう。そして祝言を…」

 「ええ…待っています」

 お洋は深くこうべを垂れた。


 仙太郎が現場へと走る。緊張が高まる。

 「鉄砲隊、出でよ。撃てっ」

 大手門に連なる高い塀の狭間さまから長いベイカー式の銃身を突き出した鉄砲部隊。巨体を揺さぶるオニたち目掛けて次々とフリントロックの激鉄が打ち鳴らされた。

 「ぬう…」

 幾つかのオニは、頭を撃ち抜かれてその場に崩れ落ちた。しかし腕や腹に当たったくらいでは勢いを止められない。

 「ふふふふ…」

 禿げ頭が笑いながらパチンと指を鳴らした。それを合図に一斉に走り出したオニの群れは大手門前に整列。

 ぐいと脚を踏ん張るオニの、その肩に他のオニが、その上にさらに別のオニが。自身が大きな梯子となって門をよじ登って越え、遂に屋敷内に侵入してきた。


挿絵(By みてみん)


 「皆殺しだ」


 つづく

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