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もののけ狩り  作者: 蝦夷 漫筆
人喰い猿の山:恵那
21/42

心を、読む

 恵那の猿人討伐に苦戦している池鯉鮒衆ちりゅうしゅう。改造された罠によって仲間が一人犠牲になり、囮を演じた善丸の母親も無残に殺害された。

 遭遇した妖怪・川男は、真の敵は「さとり」なる猿の妖怪だと言い張るが、仙太郎によって一刀両断の下に斬られて絶命した。

 「人外抹殺の掟」を主張する仙太郎。


 その時、草むらから音が。振り返った一同は、闇夜の森を駆ける一匹の毛むくじゃらの猿人を見た。

 「ヤツが来たんだ。覚、がっ」

 善丸は刀を抜いていきり立つ。

 「くそっ、出てこいっ。サル野郎め…八つ裂きにしてもまだ足りん」

 

 仙太郎は腕を組んで思案にふける。

 「覚…か、ちょっとまてよ」

 目を血走らせて周囲を見回す善丸を仙太郎が制した。

 「何だい、仙ちゃん…止めるのか。あいつは俺の母さんの仇…」

 「落ち着け善丸。怒りに任せて動いても、またあいつの罠にはまるだけだ」

 「なに弱気になってんだい、所詮はサル…」

 「いや、覚という名に聞き覚えがある。ただのサルじゃないぞ覚は。人間の心を読む、と言い伝えられる妖怪だ」

 「心を読む、だって?」

 

 その間にも彼らの周りをガサガサと動き回る音が聞こえてくる。

 「そうだ。今もヤツは…覚りは、俺たちの心の動きを読んでいる」

 「つまり、俺たちが仕組んだ罠は覚って云うサル野郎に読まれていたって言うのかい?」

 「おそらく、な。そしてヤツは先回りして俺たちの裏をかいた」

 善丸は拳を地面に叩きつけた。

 「くそっ。罠にハメられたのは俺たちだったのかっ」

 何度も何度も、顔を真っ赤にして、目を潤ませながら、善丸は取り憑かれたように地面を殴る。

 

 「うひひひひ」

 どこからか、卑しい笑いが聞こえてきた。

 「そうだ。お前らは罠を仕掛けたつもりが、罠にハマったのさ…無様だな、うひひひ」

 いや、実際には声は聞こえていない。

 それぞれの意識に、直接語り掛けてきている。

 「いかにも俺は覚。そしてここは俺の縄張り。昔は人間も俺も仲良くこの山で暮らしたもんだ、しかし最近の人間と来たらどうだ。山を汚し、木を切り倒し、山の生き物の命を次々に奪う…俺は人間たちを殺して殺して、殺しまくってやる、そう決めたんだ。それが山の意志でもある」

 善丸は刀を上に掲げて叫んだ。

 「もっともらしく言いやがって、サル野郎。お前の理屈なんか聞いてねえ」

 「うひ、うひひひ…そうか、お前…お前の心が読めるぞ。さっきのはお前の母親だったか…ああ、お前の悔しさ、焼けつくような胸の痛み、俺にも伝わるぞ…うひひ、ザマあみろ。お前の母ちゃんは今頃、肉の塊になって俺の腹ん中だ。うひひひ…」

 善丸は頭を掻きむしって怒りを露わに、声を上げた。

 「てめえ、ころ…」

 「殺してやる、てか?」

 口に出す前に、覚が口走った。

 「心が読めるんだよ俺は」

 「ちくしょうっ、くそっ…」

 「ん、くそったれ、ってか? そんな下品な言葉遣い、お前の母さんが泣くぞ…俺の腹ん中でな…うひひひひっ」

 「許さねえっ」

 大声で叫ぶ善丸の肩を、雲二郎がポン、と叩いた。

 「おい善ちゃん、何を一人で叫んでるんだ?」

 「えっ」

 覚りは善丸の意識に直接語り掛けていたため、他の者には全く聞こえていなかったようだ。

 「聞こえてないのか…俺にはハッキリと…」


挿絵(By みてみん)


 「うああっ」

 今度は長右衛門がいきなり叫び声を発した。目の前に突然、猿人、覚が出現し、思わず驚いてし尻もちをついた。

 「ほう…」

 ニヤッと笑った覚。

 「槍…自慢の長槍をお探しか。ほら、そこに落ちてるぞ。驚くのはいいが、その拍子に武器を落とすとはいただけないねえ」

 「ちっ」

 すぐさま長右衛門は槍を手に突きかかる。

 「右、今度は左…」

 動きを読み切っている覚への攻撃は全て空振りに終わる。長右衛門の額から冷や汗が噴き出した。

 「く、くそっ…」

 「ん? お前、今思っただろ、もうダメかも、って。うひひひ」

 細かな心の動きまでも完全に読まれている。

 「ああ、もうお前はダメだ。残念ながらその考えは正しい」

 「ひいっ」

 長右衛門は、急に胸が熱くなるのを感じた。

 「えっ」

 どんどん視界が狭まってゆく。服が生暖かくびしょ濡れになっている…。

 「おい、ここだよ、俺はここにいる」

 耳元で覚の声。振り返るとすぐ後ろに。しかも、覚の鋭く長い爪が長右衛門の胸を貫いていた。

 「あっ、あひっ…」

 吃逆しゃっくりを数回、長右衛門はガクガクと震えだした。

 「お、俺は…」

 「ああ、その通り…お前はもう死ぬ」

 白目を上転させてバタリと倒れた長右衛門は、二度と動くことは無かった。


 「てめえっ」

 善丸が刀を構えて駆け寄る。

 「許さねえっ」

 「ほう?」

 善丸の身体がつんのめって転びそうになった。すでに覚は攻撃を横にかわしていた。振り向きざまに斬りつけるが、またしてもそこに敵の姿はない。

 「単調だなあ、攻撃が」

 斬りかかってはかわされ、またかわされ。びゅん、と抜き身が空を切る音だけがやけに空しく響く。

 「何べんも言わせるなよ、坊ちゃん…俺にはお前の心が読めるんだ。どこから斬りかかってくるか、も、な。永遠に空振りを続けるか?」 

 「ちくしょうっ」

 ますます怒り狂った善丸が次々に切っ先を繰り出す。

 「怒れば怒るほど…お前の心は露わになる、うひひひ」

 

 「調子に乗りやがって」

 雲二郎も駆けつけた。冷静に、冷静に…しっかりと覚の動きを捉えて刀を振り込む。

 しかし、覚は剣が振られるよりも前に、すでに攻撃をかわしているかのよう。

 「うひひひ…」

 雲二郎はチラリと善丸を見て、目配せした。

 覚に対して、前から雲二郎、背後から善丸。

 「二人でかかって来ても同じ事。二人ぶんの心が手に取るように判るぞ」

 正面、正眼から斬り下ろそうとする雲二郎。覚

はひょいと後ろに飛ぶ。

 「すると後ろには…」

 善丸が後方で刀を構える。

 「いや、手裏剣だろ?」

 「えっ」

 覚が言った通り、刀で斬りつけると見せかけて裏をかこうと懐の手裏剣に手を伸ばしていた善丸が一瞬凍りついた。覚がニヤッと笑った。

 「わかってねえな、バカが。うひひひ」

 長い覚の脚がのびる。思いっきり腹を蹴られて吹っ飛んだ善丸は大木の幹に全身を打ちつけてぐったりと倒れ込んでしまった。

 「俺は動きを見て先を予測してるんじゃねえんだよ。心そのものを読むんだ。裏をかいたつもりだろうが、その『裏』を思いついた時点でもう俺はその魂胆を知ってるって寸法なのさ」

 ほぼ意識を失いつつある善丸に、とどめを刺そうと覚が近づく。

 「親子そろって俺のエサ、か…」


 背後から雲二郎が近づく。

 「ふっ、随分お怒りのようだな」

 幾ら気配を消したつもりでも、覚は簡単に気付いて振り返った。

 「ほう、お前も手裏剣を使おう、というのか…」

 読まれた。図星。

 覚はニヤニヤしながら近づいてきた。

 「次は…走り込んで下から、懐から斬り上げる…ってか」

 また読まれた。

 ならば、上から。

 「ふっ」

 雲二郎が飛び上がった時点ですでに覚はサッと横に回り込み、着地した雲二郎の横に回り込んでいた。

 「うあっ」

 襲ってくる覚の爪を、身体を倒して転がるようにしてギリギリで避けた。左の袖ごと、腕に一条の切り傷が刻まれた。

 「間一髪、だったな…だが次は避けきれるかな…」

 覚は相変わらずニヤニヤしている。

 「ふむ、どうしたら勝てるか…か。それがお前の思案か。なら答えを教えてやろう、『無理』だ。心を読む相手に勝つ方法は、無い」

 「く、くそっ…」

 「ん、今お前、逃げたい、と思っただろ。いいのか、逃げ出しても…おや、葛藤しているな。逃げだしたら、犠牲になった仲間の仇を討てない、と…うひひひ、面白いな、人間って生き物は」

 心の中の動きすべてが完全に把握されている。雲二郎の表情はすっかり憔悴しきっているものの、力強く言い放った。

 「いいや、覚。逃げたりはしないぞ、俺は。必ずお前を仕留めてやる」

 「違う、俺は知っている。言葉と裏腹に、お前が『もうダメかも知れない、死ぬかもしれない』と思っていることを」

 覚が駆け込んできた。爪を大きく振り上げた。

 「ひいっ」

 「ほう、後ろに引いて避ける、か」

 防御まで読まれている。雲二郎の高い身体能力のおかげでまたしても間一髪、致命傷は免れた。じっと覚を睨み付けるが、背筋にうすら寒いものを感じていた。

 覚はジリジリと距離を詰めてくる。

 「怖い…か。お前の恐怖が手に取るようにわかる」

 心を読む能力が無くとも、手足が小刻みに震えだした雲二郎がいかに恐怖にさらされているかは察せられる。

 「なあ、人間。その恐怖だよ。そのとてつもない恐怖を、お前たち人間に殺された動物や虫たち、無数の罪なき者たちは味わってきたんだよ。お前も今、やっとそれを思い知ったことだろう」

 それも図星、正論。雲二郎は刀を胸の前に構え、浅く速い呼吸を整えようと目を閉じた。

 「うひひひ…そうだ。みんなそうだ。心を読まれたと判ったら、誰もが試みる…『無』になろう、と。何も考えないでおこう、そうすれば読まれずに済む、と」

 見透かされている。


つづく

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