怪力乱神
何人いたのだろうか。数え切れないほどの人がそこには集まっていた。
戸惑う人、周りを見ている人、泣き崩れている人。そういう人達を見ていると胸は締め上げられるように苦しくなっていった。
この人達もきっと目の前で多くの人間が命を落とす瞬間を見たのだろう。そう、俺と同じように。
俺も周りがどうなっているか気になりつつあった。俺の前にいた女性がキョロキョロと遠くのほうを見ようとしていたからである。
俺は頭と頭を覗き込むように、時には背伸びをして周囲を見渡した。
目に入ったのはこの芝で覆われた広い平地に突っ立ているたくさんの人の頭と、それを包囲しているガスマスクを被った武装した奴らだけだった。
どうやら逃げ道は一つもないようだ。
他の人の顔色を伺ってみると、ここにいる人全員そんな事は分かっている様子だった。逃げようとしたら真っ先に殺されると。
「なんで私たちこんな場所に集められてるのよ……」
前の女性は両手で顔を隠し、座り込んで呟いた。
そういう人を見ると、つい助けてしまうのが俺の悪い癖だ。海成にもよく注意されていた。そういうことをするならもっと普段から優しい感じの雰囲気を出せと。
「大丈夫ですよ。きっとなんとかなりますよ」
俺はいつものように肩に手を置き、そう励ました。
そうすると、女性はこっちを見て俺に怒鳴ってきた。
「なにが大丈夫なの? 目の前で旦那がいきなり死んじゃったのよ? 学生のあなたなんかに分かるわけがないわ!」
励ますのは失敗した。
もちろんこんな状況だ。励ませられるはずはないのだ。
「俺の親友もいきなり倒れて死にました。彼女も同じです。別れも言葉もなしにあの二人は俺をここに置いていきました。だから、あなたの気持ちも分からないことはないです。ですが、今ここで挫けたら一生立ち上がれないと俺は思うんです。だからそんなに絶望しないでください。」
「……」
女性は黙っていた。
そして、少し考えた様子で女性は立ち上がった。
「さっきはごめんね。未成年の子がこんなに頑張って立っているのに、大人の私が座って泣いてちゃダメよね。ありがとう。名前は?」
「上杉陸です」
女性は頬に落ちた涙を拭きながらそう言うと、俺に感謝をしてきた。
「改めて礼を言わせていただくわ。ありがとう。上杉陸くん。私は道重零子よ」
何はともあれ、零子さんを元気にさせられて良かった。もうこれ以上苦しんでいる人は見たくないからな。
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。あの単調な呼吸音とともに。
「ここに注目していただきたい」
その声がする方を見ると奴はいた。ガスマスクの男が小さな丘に立っていたのだ。顔は映像で見たときと同じようにマスクで隠されており、周りを包囲している奴らとはなんら変わらないのだが、その男だけは違う雰囲気を漂わせていた。
まるで葬式に来る人のようにガスマスクの男は黒い服とズボンを身にまとっていた。だが違うのは、こいつが俺達の大切な人を葬ったということだ。
また、こいつの声はやけにイライラさせる声だ。
「まず、言いたいことがある。お前たちの大切な人達が目の前で死んでしまったことには謝ろう。すまなっかった。本当は夜に決行するつもりだったんだが色々と事情が変わってな。許してくれたまえ」
ガスマスクの男は謝った、俺達に。
その謝罪が心の底から言っているのかを知る術は俺達にはなかった。
だから、俺達は息を殺して、ガスマスクの男を睨むようにして話を聞いた。
「だが、死んでいった人達の命は無駄ではないと俺は思う。彼らの命とその肉体はきっと新たな王のために使われ、役に立つだろう」
新たな王? 誰なんだそれは。ここに集まった人全員そう思っただろう。
そして、その王のためなんかに命が失われていいはずがないということも。
「お前自分が何言っているのか分かっているのか! 頭おかしいんじゃねえのか、このイカレ野郎!」
それはここに集まった人の一人だった。声は勇敢で怒りに満ちている様子であった。
さらに、その男は手錠の取れた両手を空にかざし言った。
「こんなくそみたいな茶番もここまでだぜ、クソ野郎。いくぞ、皆!」
「オオオオオオ!」
数人の男達が雄たけびを上げながら、走っていく。誰も男達に協力するものはいなかった。手が不自由であるのも理由の一つだが、彼らの姿は数匹のアリが大きなライオンに向かっていくように他の人には見えたからだ。
駄目だ。彼らは死ぬ。
そう思ったときにはもう遅かった。
死んでいたのだ。最初に言い出した男以外は首をはねられ、一瞬の間に男は丘の上に奴と一緒に立っていた。
「こういう奴はどこへ行ってもいるな。どの軸にもだ。まったく気が滅入るよ。まだここに集まってくれた皆は分かっていないようだから説明しよう。君たちは檻に入っているモルモットだ。これからは王のために働き、死ぬ。そして私がこの世界を治める王の一人だ。だから、世間では勇敢とそそのかされて、反逆をしようとするものは考える暇も与えずに死刑にする。このようにな」
ガスマスクの男はそう言いながら、左手で男の手を縛り、右手を男の首へと持っていった。両手とも何も持ってはいなかった。しかし、男の首は飛んだ。残された体から噴出す血と共に。
誤字や変な文章を見つけた際は教えてくださると幸いです!