百川帰海
俺が叫んでいると、暗闇を眩しく照らしていた無影灯の光は消え、部屋には再び暗闇が戻ってきた。暗闇の中には俺の叫ぶ声が遠くまで響き渡り、他の音は一切聞こえなかった。
俺は暗闇にひとりになった。
何もないこの部屋に。
もうこんなのを見るのは嫌だ。
いっそのこと、ここで俺も死んでしまおうか……
そんな事を考えてしまうほど俺の精神は疲弊を極めていた。
いつの間にかに俺の声帯にも限界が来ていた。そして、部屋には完全な静寂が舞い降りた。その静かな空間の中ではどんな小さな音が遠くで鳴ったとしても聞こえるんじゃないかと思えるほどまでに静かであった。
そんな時だった。小鳥のような綺麗な声の女性が話しているのが聞こえたのは。
「陸は……どこですか? 答えて下さい! 私見たんですよ! 陸があなた達に連れて行かれるところを!」
「奴は新薬ナンバー24の実験により息を引き取った」
女性は大きな声で問いただすと、部屋を去っていった二人組みの一人がなんの感情も出していないような声でそう答えた。
「何で死ななきゃならなかったんですか? ちゃんと王のために働いていたのに……」
女性は泣きながら言っている様子だった。
「王に選ばれたのだ。逆らえぬ運命だ。さあ、道をあけろ」
命令口調で放たれたその言葉には重みと差別のようなものが感じられた。
女性は質問を聞くのを止めた。きっと逆らえないのだろう。王という絶対的存在に。
その女性の声にはなにやら共感できるものを持っていた。反逆を狙うような声。復讐をたくらむような声であった。
そして、その声で俺は生きなきゃいけないと思った。俺にも殺さなきゃいけない奴がいる。
目の前が明るくなったのはその直後だった。
視界には俺のように今起きたような人や、随分前に目が覚めたのか暗い顔をしている人、まだ寝ているものもいた。
「夢か……」
俺は安心した。俺の死体は夢の中のものだと思うことで心に余裕が出来たのだ。
それにしても俺は今どこにいるんだ? そんな疑問が俺の頭に浮かんだ。
天井と床はメカメカしい鉄で出来ており、とくに柔らかくない座席から察するに、戦争の映画などでよく見かけるような車両の中だということはすぐに判断ができた。
だが、窓には黒い布がかかっており外は見られない。そのうえ、手錠と足錠がされており身動きも取れない状況だった。
さらに、後部座席側と運転席側には仕切りが作ってあり、運転手にも何も聞けないようだった。とはいっても、この精密に運転してるのを見る限りでは自動運転システムで運転をする無人運転なので聞く相手もいないのだが。
これは何もしないで待っていたほうが良さそうだ、と俺は思った。
一時間ほど経っただろうか。今日の朝あったことを考えていたが俺はなんの結論にもたどり着けずにいた。何故こんなことになったのか。何故海成と空音と他の皆は殺されなければならなかったのか。冷静に考えてみると全てが謎に包まれていた。
「後ろがなんだか騒がしいな」
横に座っていた筋肉質で、40半ばの男性がぼそっと言った。
確かに騒がしかった。今までは車が道を走っている音しかしなかったのに、人の声が聞こえだした。
「まったくなんだっていうんだよ! ここから出してくれ! 死にたくない!」
後ろの車から震えたような声で男は言っていた。俺達が乗っていた車も止まった。
俺達の車の中の寝ている人以外全員はその声に耳を奪われていた。そして、ヒソヒソと話し出す。まるで授業中に先生に見つからないよう友達と話す時のように。
「早く出せよ! 何が目的なんだよ! 答えろ、くそ野郎!」
男の興奮状態は収まることを知らないようだった。
だが、なにが起こったのか男はいきなり怒鳴るのを止めた。そして、聞こえた。銃声が。
「きゃああああああああああ」
若い女性の甲高い叫び声が響き渡った。
しかし、その叫び声は瞬く間に新たな銃声と共に消え去った。
そうして、それを聞いた全ての人が理解した。自分たちは支配されているのだと。
しばらくして、また車は動き出した。
俺と同じ車に乗っていた人達はそれからは一回も口を開くことはなかった。きっと他の車に乗った人達も喋れずにいるだろう、と俺は思った。
俺達は一言も喋らずに乗り続けた。いつ止まるかも分からないこの地獄の車に。
そして、車はついに止まった。
車の後ろのドアが開き、そこには黒いマシンガンを持ったガスマスクの男がいた。その男は車に乗り、奥から順に足錠を解除していき、外へ行くようにと命令をした。
俺は男の命令どおり外へ出た。足は痺れっており感覚はなくとも歩かなければならなかった。生きるためにだ。
そうして俺達は集められた。大きな大きな短い芝が生い茂った広場に。
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