滄桑之変
流れ落ちる涙は止まることを知らないようだった。
「うあああああああ!!」
俺は叫んだ。何回も、何回も。
叫ぶ度に俺は空音を強く抱き、その度に空音がどこか遠くへ行ってしまうように感じられた。どこか遠くへ。そう、俺がこの場に立ち止まっていたら一生追いつけないような場所へと。
そして抱いている間にも空音の体温は少しずつだが下がっていくのが感じられ、いつも赤く火照っていた頬は徐々に白くなっているのが分かった。
俺は後悔した。何で俺は守ってやれなかったのだろうかと。何で守ると決めた空音の傍についていてあげてなかったのだろうかと。
だが、そんな事を今何回思ったり、考えたりしても空音は戻ってこなかった。
何をやっても空音が目を覚まして、俺の名前をあの小さな口から発することは必ずないのだ。
「陸くん、もう止めて。空音は――」
俺が薬研の足を掴むと、薬研は喋るのを止めた。
空音が死んでいるのは分かっていた。だが、これ以上死んでいると誰かに言われるとは心が持たない気がした。
数分して俺の涙はようやく限界を迎えた。
目元はヒリヒリと痛み、鏡を見なくとも俺の顔は情けないほどにグチャグチャになっていることが想像できた。
それと同時に心の中にずっとあった恐怖心と不安はなくなり、震えも止まった。
数十分の間に、俺は親友と恋人を失った。
俺は空音を床にそっと戻し、窓側にあった席に座り、外を見た。
そこから見る景色は数十分前とは何ら変わらず、綺麗だった。この悪夢のような出来事が夢であったかのように思えるほど。
そして、俺の心の中には何の感情も残ってはいなかった。後ろにはたくさんの死体が倒れているというのに。
外を見ていると校庭には屋上のプロジェクターからどこかの部屋のような映像が流れだした。
ここから見える住宅地の壁にも同じ映像は映っていた。
反対側の校舎では一人の男子生徒がそれを見つけたのか、窓を開け、校庭に指を指し皆に知らせているようだった。
そして、人が人を呼び、すぐにほぼ全員のクラスの窓には誰かがおり、校庭を不思議そうに見ていた。
するとガスマスクをつけた男が画面に右から入ってきた。男は黒い服装に黒いマスク、そして見たこともないような銃を右手に持っていた。
「えー、これを聞いている人類はまだ息をしていて、体も自由に動けているって事で合っているかな?」
男は低い声で確認するようにそう言った。
そしてその声を聞いた薬研は俺の横に来て、校庭を覗き込んだ。
「実にめでたい。おめでとう、選ばれし人類よ。君たちは今日選ばれたのだ」
生徒達がざわめく中、男の声は音程も変えずに学校のいたるところに設置してあるスピーカーから聞こえてきた。
俺達は選ばれた。確かに奴はそう言った。
「突然だが、君たちは今までの生活が変わることはないと思ったことは一度はあるだろう。だが変わらない日常などこの世には一切存在しないことを知ってほしい。毎日どこかでは誰かが飢えて、死んでいるのだ。また違うところでは新たな生命が誕生する。そして今日はその君たちが思っていた変わらない日常を大きく変える日だ。喜びたまえ。」
そう言いながら男はもう一人の男を画面の外から引っ張り込み、無言で銀色に輝いているナイフを胸のポッケットから取り出した。
引っ張られてきた男はジェームス シドナーだった。世界で最小の記憶型マイクロチップの開発、生産に成功し、世界で最も稼いでいると言われている男であった。
ガスマスクの男は銀色のナイフの先をジェームスの頭の横に当て、ゆっくりと時間をかけて頭の中へと入れていった。
「明日から楽しい日常を送りたまえ」
ガスマスクの男は叫んでいるジェームスの横で静かに呟き、映像をとめた。
窓にいた生徒達が叫んでいる中、俺の頭にはあのガスマスクの男を殺すという事しか頭にはなかった。なぜなら、あの男がこの事件の首謀者であり、空音と海成を殺した張本人であるからだ。
「殺す、絶対に……」
握った右の拳からは血が出ていた。
その血は太陽の光に輝いており、とても温かかった。
そして俺はその血に誓った。殺された皆の仇を何としてでも討つと。
そう強く思ったその時、目の前は真っ暗になり、俺は倒れた。
まだまだ続きます!
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