嚆矢濫觴
午前8時10分、俺達三人は学校の校門へと続く一本道を歩いていた。その道は今になっては珍しい土で出来た道であり、両端には数え切れない程の桜の木々と色とりどりのパンジーが植えてあり、俺達を学校へと導いてくれていた。
「はあ、春にはあんなに桜が綺麗だったのによお。ほんと時間が過ぎるのは早いよな」
海成は桜を見上げると共にため息をつきながらそう言った。
「ああ。もう二年生になって半年も経ってるからな」
「最近よお、俺の母ちゃんが進路とか将来のことよく聞いてくるんだよね。マジでなんなんだろ」
海成の母は海成がいくつになっても可愛くて仕方がないようだった。きっとその反動もあって海成の未来のことが心配なのだろう。
「きっとお母さんは心配してくれてるんだよ。海成も子供出来たら分かるって」
空音は俺が心の中で思ってたことを代弁するように海成に向かって言った。
「将来かあ。何しようかな……」
海成はまたため息をつきそうになりながら呟いた。
そんな事を話していると俺達は桜の木の道を通り過ぎており、体育の先生が立っている校門の前へと着いていた。体育の先生は毎朝この門の前に立ち、登校してくる生徒を待っているのだ。俺は悪い先生だとは思わないが多くの生徒がこのがたいがよく、厳つい顔をした先生が好きではないらしい。特に海成とか。
俺達三人は校門を密やかに通ろうとすると――
「海成っ!」
やっぱり見つかった。
この先生は必ず校門を通る生徒全員に声をかけようとする。だからひっそりと通りたいならたくさんの生徒が通る時間を狙うことが一番の方法だ。
「は、はい!」
海成が裏返った声で返事をする。
「今日は遅刻じゃないのか。偉い偉い。ガッハッハッハッハ」
先生はそう言うと大声で笑いながら俺達を見送った。
確かにこういうオーバーに何でも言う所は俺も好きではない……
この時間になると朝から部活をしていた生徒達は用具などの片付けを始める。
そして俺達は何の興味もないのに片付けしている生徒達を見ながら校庭を通りすぎ、下駄箱で靴と上履きを交換する。
「空音と陸くん、おっはよーう!」
薬研がこっちに向かって手を大きく振りながら言ってきた。
「おはよう、沙耶! 部活はもういいの?」
空音が薬研にそう聞くと――
「あー、うちの部活はもう片付けすんだから早く戻ってこれたんだよね」
と彼女は息もしない間に応えた。
薬研は俺達三人とは小学校からの同級生であり、空音の親友でもあった。薬研は昔から活発であり今は陸上部に入っている。たまに自分の事情を押し付けてくるときがあるため少しイラつくときもあるが、基本はいい友達だ。
「陸くん、ちょっと空音借りてくね!」
「ちょっと沙耶ー! じゃあ、また昼休みに食堂でね。陸」
そういうと薬研は空音の手をとり、空音はこっちに手を振りながらクラスへと走っていった。
そして俺の横では頭を下げてがっかりしている海成がいた。
「何を落ち込んでんだよ」
「いや、なんでもないよ。気にすんな陸」
俺は聞きたい気持ちをグッと抑えて海成と共に俺達のクラスへと向かった。
今の日本の学校教育法では男子と女子は必ず別のクラスで授業を受け、さらに放課が短くなったことから、俺が空音と学校で会うのは昼食の時間だけとなっていた。
クラスに入ると時間はもう8時23分となっており、俺と海成は急いでかばんを机の横に掛け、机の電源を点けて授業の準備をした。
数分するとクラスの扉を開けて、担任の吉谷が中に入ってくる。すると吉谷はいつものように白い先生専用の椅子に腰を掛けて、名簿を取り出し出席確認を始める。
その時間は生徒達にとってはただただ暇な時間であった。吉谷の低い声がクラスに響き渡り、その度に生徒が返事を返す。中には機嫌がいい奴もいれば、小さい声で吉谷に聞き返されるような奴もいた。
二ヶ月前に行った席替えで俺の席は窓側の前から3列目になった。
その席は最高だった。
今まで退屈だと思っていたこの時間も短すぎるんじゃないかと思えてしまうほどだった。窓から見える校庭、桜の木、住宅地、そして毎秒にそのかたちを変えていく空はいつ見ても飽きなかった。そしてたまに返事を忘れてしまうほどに綺麗な景色だった。
それにしても、今日の出席確認はとても長く感じた。
いつまでたっても自分の名前が呼ばれないのだ。
「陸! 陸! おい、陸聞いてんのか!」
そう耳元で誰かが俺の名前を大声で呼んでいるのが聞こえた。
その声は先生の声ではなく、聞き覚えがあまりない声。
振り返ってみると数人のクラスメイトの一人が鬼のような形相で俺に話しかけており、その周りには倒れているクラスメイト達の姿が目に入った。
この後もまだまだ続きます!
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