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一念発起

 俺が車から降りると、兵士は俺の両手を強引に上げ、手錠を外した。


 「ふう……」


 俺は両手首を縦、横にとストレッチし、ため息をついた。それもそのはずだ。今日の朝からずっと両手を固定されたままだったんだから。

 気温は朝とは違い、肌を突き刺すような寒さだった。

 空を見上げると綺麗な星が輝いており、俺達を照らし続けていた太陽もすでに西の地平線へと沈んでいた。


 「お前、何を見ている。さっさと家の中に入れ」


 兵士が俺に向かって低い声で命令した。俺はこのせっかちな兵士に対して苛立ちを覚えた。

 いつかお前にも死んでいった人たちの痛みや苦しみを思いしらせてやる。俺は睨みながら心の中でそう兵士の命令に答えた。


 俺は家の門を開け、玄関扉までの道を歩いた。今日に限ってその道は無駄に長く感じられた。


 俺の家は自慢出来るほど大きかった。

 小学生の頃はこの家の大きさが俺の特徴の一つであった。俺は多くのクラスメイトを招き、遊んだ。そして、その度に思い知らされた。海成を除いた他の子達は、俺と遊びたくてこの家に来たのではなく、この大きな家で遊びたかったから来ていたのだと。

 なぜそんなことを今になって思い出したのかは分からなかった。だが、きっとそんな時間は戻ってはこないし、これからも過ごすことはないから思い出したのだろう。忘れないようにするために。


 扉の鍵はかかったままだった。家から光は見えず、誰かが帰っている様子はない。俺は扉の横に付いている指紋認証システムに右手を当て、扉の開けた。


 廊下はいつものように真っ暗なままだった。

 母さんはまだ帰ってきてないか。いつも遅れてくる母さんのことだから、すぐに帰ってくるだろう。絶対に生きている。

 俺はそう強く思っていた。母さんは生きていると。


 「おかえりなさいませ、陸様。晩ご飯をお作りいたしましょうか? それともお風呂に入られますか?」


 何も知らない管理システムは呑気な質問を聞いてきた。


 「風呂に入るから、その間にご飯を作っといてくれ」


 呑気な質問にも答えられるまでに俺の精神状態は回復していた。家に帰ってきたことで安心しているのだろうか。


 俺は制服を脱ぎながら、風呂のある部屋へと向かった。


 「洗濯物をお預かりします」

 「ああ」


 いつも通り、風呂に入ろうとすると聞いてくる。今日でもそれは変わらないようだった。血が付いた制服を俺が着てようとも、このシステムには一切関係ないのだろう。


 脱衣部屋に着くころには俺はズボンとパンツしか身に着けていない状態だった。

 暖房は効いているみたいだったが、寒かった。夏ではないのだから半裸でいると風邪になりそうだ。

 俺はすかさず残りの衣類を脱ぎ、風呂場に入った。


 風呂場には湯気が立ち込めていた。いつものことなのだが今日は妙に心が落ち着いた。暖かいそのスチームは俺の疲れきった体に染み、癒した。


 俺は風呂に浸かる前には必ず頭と体を先に洗う。お湯を汚したくないからだ。今日もその順序は変わらなかった。

 鏡の下に置いてある、シャンプーとボディソープで汚れた体を隅々まで洗い、シャワーで流す。俺はその最中なにも考えることはなかった。ただ一心に体を洗っていた。

 今日は特に入念に洗っていた。どこにも洗い残しがないように、しっかりと。


 湯に浸かった瞬間、あの出来事が嘘なんじゃないかと思えるほど心が静けさを取り戻した。この完璧な温度のおかげだろう。


 だが、それは一瞬であった。今ここに一人であることに気付くと、今日起こったこと全てが頭に戻ってきた。

 空音、海成を含んだ多くの人が死んだこと。多くの人が目の前で血を垂らしながら死んだこと。車に乗っていた人の絶望した顔。全てが鮮明に。そして、また涙が出る。

 いつも何かに気を取られて、忘れそうになるのは忘れたいと心の底から思っていたからだろう。今日起こったこと全てが夢だったと思い込みたかったからだろう。でも、いつまでも忘れられるわけではない。いつかは思い出して、向かい合わないといけないのだ。


 そんな事を考えても、目元から流れ落ちる涙は止まらなかった。

 

 今日何回目だろうか……

 何回泣けば俺は強くなれるのだろうか。何回泣けばこの涙を止められるのだろうか。俺はそう思いながら泣き続けた。


 「くそ……何で俺はこんなに弱いんだ……」


 俺は泣いている途中に新城さんの覚悟が決まっている、重い声も思い出していた。

 新城さんは俺と同じ目にあっていたはずだ。だけど、俺よりももっと強い。俺もあれくらいにならなくては。俺はそう思いながら浴槽を握ったこぶしで叩いた。


 「くそおおおおおおおおおおお」


 俺は思いっきり叫んだ。喉が張り裂けるのではないかと感じるくらいに。

 叫び声は風呂場に響き渡り、その音はしばらくの間反響し、風呂場に留まった。

 それと共に俺の心には決心がついた。

 あの王とかほざいていた野郎をぶち殺すまでは絶対に泣かないと。絶対に仇を討てるように強くなると。

誤字や変な文章、アドバイスなどがありましたら、教えてくださると幸いです!

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