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合縁奇縁

 車に乗るとさっそく、エンジン音がかかり始めた。俺達が乗っていた車は、中間に位置していたので出発するには時間がかかっていた。前の車を待たなくてはいけなかったからだ。

 車内の雰囲気は重く、なにかが体にのしかかっているようであった。そして、その重みは車に乗っている人達の頭を下に向け、涙を流させていた。

 多くの血を流した死体を目にして、これからの俺達の人生が死にたいと思わせるほどに過酷と言われれば無理もなかった。

 実際に俺も目をつぶり、あの光景を思い出さないように頑張っていた一人だったのだ。


 だが、思い出さないようにすればするほど死んでいった人達の悲しげな顔と悲鳴は頭からは離れていかなかった。逆にそれは鮮明になっていき、胃液が逆流してくるのを感じられた。


 さらに、俺の目元からは涙が流れていた。また泣いてしまったのだ。

 何で涙が出るのかはもう分からなくなっていた。悲しみ、怒り、悔しさ。色々な思いが涙を流させていた。だから、どの感情がこの涙の原因になっているのかは検討がつかなかった。

 

 「これでよければ使って。かっこいい顔が台無しよ」


 隣に座っていた零子さんはそう言いながら花柄のハンカチを渡してくれた。安心できる、いい匂いがするハンカチを。

 

 「ありがとうございます。あの、さっきは強引にしゃがませたりしてすみませんでした」


 俺は謝った。

 あの時、もう時間がないと思った俺は力一杯に零子さんをしゃがませたのだ。


 「陸くんがしゃがませてくれたおかげで死ななくてすんだのよ。本当に助かったわ。ありがとう」


 そう零子さんは笑顔を見せながら言った。

 その笑顔は一見何も辛そうには見えなかった。だが、分かるのだ。あの光景を見た一人だから。

 零子さんは苦しんでいた。心の奥底で。


 「零子さん、ハンカチありがとうございました。おかげで目が覚めました」

 

 俺はそう言いながらハンカチを渡し、前を向いた。

 そして、車内にはまた沈黙が戻り、車が山道を走り始めた音とエンジン音だけが耳に入ってきていた。

 

 山道を走っているということは、座席が揺れていることからすぐにわかった。

 この荒い山道を揺らさずに運転するというのは、さすがの自動運転システムでも無理なようであった。

 俺はその運転に少し感謝していた。なぜなら、揺れと車内に響く騒音は俺が考えていることを吹き飛ばしてくれていたからだ。そのおかげで俺は山道を走っている時はあの酷い死体や悲鳴を思い出さなくなっていた。 

 

 長いこと俺達は山道を走っていた。すると、突然揺れと騒音は消えた。街に入った証拠だ。ここ神奈川県では2043年から2045年にかけて道路工事がされ、山のように工事が難しいとされる道以外は全て綺麗にされた。

聞こえてくる音は車から発せられるエンジン音だけになっていた。山道を走っていた頃と比べると気を散らされることはなかった。

 

 しかし、その二つがなくなり、俺の頭の中にはあの光景と悲鳴がまた浮かび上がってきていた。こんなに一日に吐き気がしたのは初めてであった。

 映画や小説などで見聞きしたのとはまるで違う。あの地獄を見るまでは人が死ぬところを見るのは平気だと思っていた。だが、実際に人が目の前で殺されると、匂い、音、感覚、人の死に際、その全てが全く違う。気が狂いそうになるのだ。あのような苦しそうにしている顔を見ると。


 車が街に入って止まるまでには長くはかからなかった。

 運転席の方から音がしたかと思うと、後ろのドアが開けられ一人のガスマスクの兵士だけが現れ、俺達の目線は一斉にその兵士へと向かった。

 

 「おい、そこのお前。お前の家に着いたぞ。さっさと降りろ」


 兵士は降りてきた男の手錠を外すと、ドアを閉めた。


 「やっと家に帰れるのか……」


 前の席に座っていた男性が呟いた。

 気付かなかったが、行きにも目の前に座っていた筋肉質の男性がまた俺の真正面の席に座っていた。

 実に奇妙な事が起きるものだ。俺は少しだけ驚いた。

 そして、俺は何故かこの男性がどのような人なのかが気になった。


 「すいません、行きの車でも俺の目の前に座ってませんでしたか?」


 答えは分かっていたが、話を始めるにはこれくらいが丁度いい。


 「お前さんか。生き残っていたんだな。気付かなかったよ」

 「はい。あの状況で生き残れても、これから先が不安ですが……」

 「見た感じ……高校生くらいかな? お前さんも目の前で人の死ぬところを見たって言うのに随分と冷静なんだな」


 俺が冷静だと? 俺はこの男に少々むかついた。


 「冷静に見えるんですか? この俺が」

 「ああ。他の人を見てみろ。お前さんの横に座っているお姉さん以外は俺達の話し声が聞こえてないみたいだ。きっと精神的にも限界がきているんだろうさ。だが、お前さんはこの俺に話しかけて来る。心に余裕がある証拠さ」

 

 そう言われると何もいえなかった。確かに周りに座っている人は全員放心状態であり、俺達だけが話していた。


 「おじさん、なんて名前なんですか? おじさんもこの状況で冷静に話していられる人の一人だ。今後もできれば頼りにしたい。なんていったって今後は何があるか分からないからな。」

 「名前って言うのは自分から名乗るものだぞ、少年」

 「そんな台詞言う人は漫画の世界以外では初めて見たぜ。俺の名前は上杉陸だ。陸って呼んでくれ」

 「俺の名前は新城鷹明しんじょう たかあきだ。また会えたらよろしく頼むな、陸」


 その目は鷹のように鋭く、生きようとする覚悟が感じられた。

 新城さんにどんなことがあったのかは話さなかった。

 そんな話は聞き飽きているからだ。

 そして、そんな話はこの車の中にいる人全員がコルク栓を耳に入れてでも聞きたくない話だ。気になったとしても誰も喋ろうとはしないだろう。


 新城さんと話している時間は短く感じられた。あの光景や悲鳴を頭から離れさせるために話しかけたのかもしれない。


 車が止まるのは四度目になっていた。ドアがいつものごとく時間をかけてあけられ、兵士がその家に住んでいた人に指を指す。

 

 「おい、そこのお前だ。早く降りろ」


 兵士は俺を呼んでいた。


 俺はすぐに立ち上がり、ドアの方向を向き、歩き始めた。

 その時だった。新城さんは小声で言った。


 「陸。絶対に王とかほざいてた奴をぶっ殺すぞ」


 俺は首を縦に振り、車を後にした。

誤字や変な文章、アドバイスがありましたら、教えてくださると幸いです!

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