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第3図録 双子は双子の夢を見るか








 蒼白の空は遠すぎて、いつまでも届かないなぁと見上げていたら、大魔女はいつも笑む。

 私の好きな彼よりも遠くはないさと。

 それでも私が施した魔術は完璧で、もう会えない。

 会うことはままならない。会ってはならないように、した。

 どうか幸せにと願ってかけられた悲しい魔法、私がかけた魔法。

 今は少し揺らいでいるけれど、どうかこの程度で解けませんようにと願うだけしか私にはもうできない。







 連続殺人は今のところ、数日開けて連続で5回も起きていた。頻度がどんどん上がっていく。生徒たちの恐怖心も増してきた。

 一応全校生徒並びに職員、研究者も含めた全てのこの学園で生活している者に対して、1人行動は控えるようにと通達は出ているが、それでも被害は出る一方だった。

 ガリオンたちが必至に調査を進めていても、やはり手口は同じ。毒物による犯行で、やはり無理やり飲ませているため、顔見知りではない。

 だんだん年齢にもばらつきが出てきて、2年や3年にも被害者は出てきた。こうなるともうどうやって飲ませたか、は今のところ考えない方がよいのかもしれないとガリオンは思い始めていた。

 事件がまだ収束しないある日の放課後、ベルとガリオンは研究棟の一画にある毒物研究をしているヴァルナという研究員を訪ねる。

 例の毒物に関するレポートを受け取りに2人はヴァルナを訪ねに来ていた。

「すみません、ヴァルナ先生はいらっしゃいますか」

「…ああ、ガリオンくんとベルさんだね。どうぞ、毒物の分析はできる範囲でできているよ。こちらに」

「お邪魔します」

 二人が案内された場所にはいくつものフラスコやプレパラートが置いてあり、その一角にその毒物の分析結果のレポートがあった。

 三部用意されたそれをベルとガリオンは一部づつ受け取り、一部ヴァルナがざっくりと読み上げる。

「結論から言うとね、あの程度の口腔に残るような毒物ではわからなかった。だけど、ひとつだけわかったことがある」

「なんですか」

「あれは自然界、ヴァレリエが作るような毒物じゃあないね。ヴァレリエが作るのは自然界に存在するような、いうなれば自然を用いた毒物だけだ。例えば、ベラドンナの毒を品種改良して何かと掛け合わせて作る、とかね。そんなような毒物じゃないことだけは確かだね」

 そうなると犯人像はぐっと絞られる。元々そういったヴァレリエのルールに縛られないような違法性の高いことをやっている人物、もしくは…人間。

「人間のセンは、まあ考えておきたいよなぁ…」

 何せ少ないうえに、アリバイがない。みな、図書館に閉じこもっているといっているけれど、言い張っているだけで特に立証できない。魔法でも立証は不可能だ。監視カメラもない以上無理だ。

 ただ問題は、どうやって毒物を持ち込み、飲ませたか。もっというと、動機だ。それがなければ、ガリオンの仮説は全て机上の空論でしかない。

 それにまだヴァレリエへの容疑が全く晴れたわけでもない。微妙なところだとガリオンは思わず、苦い顔をしていた。

 そんな顔をしながら、ベルと二人で研究棟から出てくると、絹を裂くような声が聞こえてきた。本館、2年の教室の方だ。

「ベル、行くぞ」

「わかってるわ」

 二人して走り出す。もうこれ以上の犠牲は見たくはなかった。






 2年生の教室にたどり着くと蒼白の顔をしているのは、知った顔だった。フォリオ、姉を大事に思っていた双子の弟の方。床の上で姉に抱えられて、もがいている。

「フォリオ、フォリオ!ねえ、大丈夫なの!」

 もがいているということは、まだ意識はあるらしい。もしかすると毒薬がまだ完全に体内に入り込んでいない可能性がある。

「ベル、研究棟へ行って、研究員を呼んできてくれないか。すぐに解毒の準備をしてくれと」

「わかったわ…!」

 とっさにガリオンは狂乱しているファナリィを退けた。

「すみません、先輩。でもこれでもしかすると、フォリオ先輩が助かるかもしれないんで…!」

「あ…」

 毒薬は口から飲まされている。教室内に水道があることは知っていた。手持ちの水筒に入るだけ水を入れて、ファナリィ先輩に渡す。

「俺がやってもいいんですけど、ファナリィ先輩の方が適任だと思うので。この水でフォリオ先輩の口を濯ぎ続けてください。研究員の方が来るまでずっと、いいですか?」

「わかったわ。それくらいへっちゃらよ、わたくし、フォリオのお姉ちゃんだもの」

 そういうと、割と豪胆な性格もあったのか、水筒の水を口に含んではフォリオに口づけ、すぐにもごもごと洗うようにしてから、床にぶちまけた。それを数度も数度も繰り返す。

 はじめは色がついていた水もだんだんと薄まっていく。たぶん、色は毒薬の色だろう。淡いピンク色をしているが、本来はもっと赤いんじゃないのか?とガリオンの冷静な部分が告げていた。

 それを数十分続けているうちに、ベルが毒物担当研究チームを引き連れて戻ってきた。フォリオはそこで治療を受けることになった。つまりは死亡ではなく、存命が確約されたのである。

「良かった…本当によかったわ…」

 誰よりも疲れていたはずのファナリィ先輩が一番目に涙を溜めて喜んでいた。此度の殺人事件は殺人未遂になった。

 ガリオンもはぁと一息ついて、壁にもたれ掛る。ベルが引き連れてきた毒薬研究チームの1人に床に染みついている水の成分調査を依頼することにした。

「そうですか、これは経口摂取したものを水分で中和して吐かせたものなんですね」

「はい。なので、唾液等交じってるので、分析しずらいと思いますけど、前渡したものよりはましかと。少なくとも、色がついてる時点で、純度は高そうですしね」

 そうガリオンはそこに注視していた。もし、懸命にファナリィがあの措置を行ったとしても、この色が出なかったならば、フォリオは絶命していただろうとガリオンは予測していた。だが、色は出た。ということは、毒薬を飲まされてからそれほど時間がたっていない証拠でもある。ただし、本人の意識が戻らないことには正確な時間がわからないが。

 ただし、あの双子に関しては、よく一緒にいる傾向がある。ファナリィに聞けば、そのあたりについて知っているかもしれない。

 まだ動揺しているかもしれないが、一刻も早く連続殺人をやめてもらうためには、必要なことだと、あえてそこは割り切って、ガリオンは涙で目を腫らしたファナリィに話しかけた。

「申し訳ないです、ファナリィ先輩。ちょっとだけ話、聞かせてもらってもいいですか」

「…ガリオンくん…」

「こんな時に、ってのわかってます。でも、」

 ふるふる、とファナリィは首を振った。そうじゃないと。

「なんでも聞いて。わたくしに話せることならなんでも。これ以上、フォリオみたいなことにならないように…フォリオ以外は助からなかったのでしょう?フォリオは本当に運がよかったのね」

 それじゃあ、とガリオンはメモ帳を取り出した。一連の殺人事件のことを記したメモ長だった。

 一連の殺人事件はざっくりと言ってしまうと、無差別殺人だった。基本的には突然毒薬を飲まされ、そのまま毒殺。毒によって死に至るまでが大体5分程度。その5分の間に見つかったものはおらず、警戒していても、ほんの移動教室の隙だとか、トイレに行く間などに襲われていることだけはわかっていた。

 男女も問わず、時間も場所もバラバラ。寮、本校舎、図書館の前というのもあった。朝から夕方までどの時間にも関連性はない。

 魔術による時間移動のセンも一瞬考えたが、それはないとベルは先日話してくれた。なんでも魔術による時間移動はできないことはないが、すれば必ず痕跡が残るほど膨大な魔力を消費する。故に、今回毎回ベルが魔力の痕跡をたどっても何も現れていない以上、時間移動などの膨大な魔力操作は行われていないことだけはわかった。

「とりあえず、フォリオが毒を飲まされるまでの時間、一緒にいましたか?」

「え、ええ…わたくしたちはいつも一緒ですもの。フォリオと一緒にちょうど放課後のおやつでもと思って学食となりの売店に向かおうと思っておりましたのよ」

「ああ、あの昼はパンとか売ってるところですね。そういえば、夕方からはお菓子の販売がメインでしたか。おやつ目当ての女生徒たちが買いに行くのを俺も見たことがあります」

 所謂購買とか言われるところだ。いくつか同様の店舗はあるが、寮横にあるのと学食となりと後は、研究員向けなのか、研究員と職員室近くにひとつあった。双子はどうやら学食となりの学生によく使われる店舗を利用しようとしていたようだった。

 ファナリィは続ける。

「でも、この教室にわたくしが財布を忘れてしまったことを学食の手前で思い出して。財布がなければお菓子が買えないから取りに戻りましょうと言ったのですけれど、そしたらフォリオが…1人で取りに戻ると」

 学食からこの教室まで階段を使い、渡り廊下を使って歩かなくてはいけないため、ゆっくり歩いて片道8分程度。走れば約5分切るところといった感じだろうか。

「わたくしはフォリオが戻ってくるのを待っていたのですけれど、やはり、殺人事件のこともありますし、何か胸騒ぎがして…それで走って戻ってみると…」

「もがいて倒れたフォリオがいた…と」

「…はい、その通りですわ」

 やはり手口はこれまでと変わらないことをガリオンは確信した。念のため、隣でベルは魔力がこの周囲で使われていないことを確認している。首を振っていることを見ると、どうやら成果は芳しくないようだった。

 ひとまずファナリィを連れて一命を取り留めたフォリオの見舞いに行く時間くらいはあるだろうと、泣き崩れそうになっているファナリィに手を差し伸べる。

「ファナリィ先輩、話してくれてありがとうございます。貴方がもし何かに気が付かなくて戻らなければ、フォリオ先輩も他の人と同じように死んでいたかもしれません。双子って凄いですね。そういうのも、分かっちゃうんでしょうかね?」

 少し茶化した風に言ったのは、この場の空気を少しでも軽くしたかった。だって彼は今のところ助かったのだ。それだけでもよいことだと彼女に認識させたかった。

「はい、ええ、ええ…わたくしとフォリオは一心同体ですもの…なんでも、なんでもわかりますわ…。だから、今回のことは絶対におかしいんですのよ…」

「…え?」

 何がおかしいというのだろう、彼女の貢献によって彼は今なんとか助かっているというというのに。

「フォリオはいつもわたくしから離れたりしません。それこそ学校側が決めたルール以外ではわたくしと共にいます。あんなふうに頑なに『自分が取ってくるからここで待っていて』なんて言い方は致しませんわ」

 確かに今回ふたりはずっと一緒にいた。そこで何らかのアクシデントが起きて離れ離れになったのならばともかく、この結びつきの強い双子が、あえてひとりになってまるで『敵を誘いだす』かのような行動をするはずがない。

 しかも、それはまるで後からちゃんと姉、ファナリィが追いかけて死ぬことをギリギリのところで防いでくれるのを見越してくれるかのような…。それは考えすぎかもしれないと、一瞬ガリオンは思ったが、でもそれが一番正しいような気がした。双子なら、あり得るんじゃないかと。

 双子信仰なんてことはないが、双子に特別な感情を抱いていることは確かだ。

―――自分は双子ではないけれど、心のどこかでそんな双子みたいな強い心の繋がりを知っている。

「本人に聞いたらどうなの?」

「ベル?」

 それまで黙って魔力の探知をしていてくれたベルが口をはさんだ。

「私はフォリオ先輩に会ったことはないけれど、彼がもしガリオンの推理通り、双子の繋がりを利用して、犯人をあえて誘い込んだのだとしたら、何か見ているかもしれないし、もしかすると有力な手がかりをも掴んでる…かもしれない」

 ベルの言葉にひとまず、ファナリィを交え3人は研究棟の中、医療棟へと向かった。




 


 魔力結界で治癒され封じされつつも、呼吸は安定しているフォリオの姿を見て、ほろほろと崩れ落ちたファナリィをそっとベルが支えた。たぶん、ファナリィも安心したんだろうとガリオンは魔力結界の外からフォリオを見る。

 ここに勤めている医療チームの担当医からは数日間は絶対安静だと先ほど言われたばかりだった。ただ、その数日間さえ乗り切れば、治癒にさほど時間はかからないとも。

 ベルの言っていた重要な手がかりを聞くのは先延ばしになってしまったが、フォリオが死ぬという現実を見なくて済んだのはガリオンにとっても安心できることだった。

 魔力結界の外からでも眠っている双子の弟を見守り続けたい、できれば泊まりたいと交渉をしているファナリィに、ベルがそっと口添えをしていた。もしかしてベルはああ見えて結構優しいのかもしれない。ちょっと言い方が―――というか、ガリオンにとって最初のインパクトがあまり優しくなかったのがあって、あまりそうは見えないけれど、そういった根回しや口添えなどフォローをさせたら上手い人材なのは確かなようだった。






 医療棟に泊まることになったファナリィを医療チームに預けてきて、2人は次の行動を考えながら寮までの道を歩いていた。

「手がかりはまたもなし。どうする、ベル?」

「…ねぇ考えたんだけど、大図書館を利用するっていうのはどう?あそこは、叡智の図書館よ。もちろん未来のことは書かれていないけれど、過去のことは何か掴めるかもしれない。そういう文献があれば、だけど」

 ガリオンはまだ一度も利用したことはなかったが、確かにあの大図書館は叡智が、誰もが欲する叡智の詰まった大図書館だ。神の与えた叡智の。そこに事件に関係する何かがあってもおかしくはない。だが、大図書館という名前通り、あそこは大きい。

「それを探すのが、また大変そうだな…」

「そうねぇ…私もあそこを利用してそんなに長くないから、長い人に聞くのが一番ね。明日、聞いてみましょう」

「長い人?」

「あんまり頼りたくはないんだけど、マリィよ」

「あー…」

 初対面でにかっと笑った、人間枠の中でも変わり者の変わり者。もしかしたらガリオンよりも変わり者なのではないかと思うほど。

 確か繰魔女に恩を感じていると言っていたはず。彼女があの大図書館について詳しいのだろうか。

「私も割と読み込んでいるけど、この件…繰魔女の文献を漁ってきた彼女の方がエキスパートかもしれないから」

「どういう…?」

「繰魔女は運命の魔女なのよ。つまり過去も未来も彼女にとっては見えている。予言者でもあるわ。そういう予言書が残されていれば、手がかりになるわ。もし、この事件が予言されていればの話だけれど」

「…嫌だな、予言されているのも。それで予言書があったとしても」

 気持ち悪いと素直にガリオンは思った。

 でも今回に限ってはそれが解決の糸口になるかもしれないわけで、どうこう言っている場合ではないことは確かだ。

「そうね。でもそれしか今手がないのも本当よ」

「だな」

 男子寮と女子寮の手前で別れ、それぞれ寮に帰る。

 明日、また放課後に大図書館で会うことを約束して。―――約束?君と、は…初めてではない…ような気がするのだけど。気のせいだろう。





 翌日、放課後ミドリにだけは事件の捜査のため大図書館に行くことを伝え、ガリオンは大図書館の60階に来ていた。既にいつもの面々は本を読んでおり、その中にマリィとベルの姿もあった。

「悪い、俺の方が遅れたな」

「―――私はいつも授業にでていないもの。遅れじゃないわ」

 ベルはちょっと素っ気なさげに言い、マリィと一緒に開いていた本を閉じた。

 タイトルは『ヴァレリエ毒薬全集』。確かにこの本なら毒殺に用いられた毒も載っていそうだ。だが、2人の顔を見るに、結果は良くなかったのだろう。

「ヴァレリエを殺すことのできる毒薬はあるわ。あるけれど、」

「ヴァレリエは植人間という名前の通り、植物でもある。毒に耐性があるから、即効性の毒がないんだよねー。ベルちゃんから聞いたけど、今回みたいな5分で死亡するような毒はヴァレリエ用には無いみたいなんだよ」

 マリィは笑ってそう言った。

 なるほど、それで『ヴァレリエ毒薬全集』には無いということか。他に参考になるような文献といえば、そうだったメインは、とガリオンは思いなおす。

「マリィ先輩、今回の事件を記した予言書のようなものはここにありますか?」

「繰魔女の予言書のこと?」

「そうです」

 マリィ先輩はうーん、とひとつ唸って周りとひとつくるりと見渡し、左側の高いところにある本をいくつか取ってきた。

「これが予言書と言われてる本。特に近年の。で、学園関連はこっちの本だから…」

 『学園関連予言xxxx年~xxxx年』と記された本を手渡され、ガリオンは開く。確かにこれは予言書だと思わされるような書き方をされていた。例えば、ガリオンの入学の示唆するような文脈がそこにはあった。例えば、『人間の子、黄金100%の子。入学するだろう』とか。この辺りを参考にすればと思い、読み進めていくと、やはりあった。

「予言あったな…『ヴァレリエ初の連続殺人の開幕。探偵役はガリオン・フェーバーに大魔女が指定。補佐にベル・カロライナが付く』か。だけどここまでか…」

 予言は確かに存在し、ガリオンが理事長代理捜査人になり、ベルが補佐してくれるところまでは予言されていた。繰魔女の運命の魔女という呼び名は間違っていなかった。だが、重要な手がかりではない。

 ガリオンがぺらぺらと自分が入学するちょっと前のページの予言を読んでいると、ふと、目に留まった文章があった。

「ん、なんだこれ」

「何かあったの?」

 向こうの方でマリィと一緒に他に予言書がないか調べてくれていたベルが、やってきた。ガリオンの手元にある文章を覗き見る。

「『xxxx年、入学する者、災いを持ち込む者。これを大魔女が信じて止めてくれることを願うが…彼女はそうしないだろう』これ、2年前ね。ちょうど今3年生の人たちの話じゃない?」

「だよな、俺もそう思う。3年生の中に『災いを持ち込む者』がいたってことだ…」

 ガリオンはこの文章でそう思っていた。『ヴァレリエ毒物全集』に今回の毒物が見つからないのであれば、毒物はこの学園の外から持ち込まれたのではないかと。

 つまりガリオンは―――この中にいるメンバー、人間を今最も疑っている。口には出さないが、この『災い』こそが毒物で、3年生の…彼が怪しいのではないかと。

 ただし決定打がない。彼が実際に犯行に及んだ形跡はないし、殆どの時間をここで過ごしているようだった。毒物を手にヴァレリエを襲っているようにも見えなかった。

「ベル、ベルもヴァレリエだろ。やっぱり毒に耐性はあるのか?」

「…そうね、有毒な樹液や蛇毒なんかには耐性はあるから、やっぱり人間よりは耐性があるかもしれないわ。それで長く苦しむっていうのなら、ちょっと困ったものかもしれないわね」

 そういう考え方もありか。とちょっとガリオンが苦笑したが、ガリオンの意識は話しながらも1人のところへあった。

 先ほどからずっと本を読み続けている3年生…ケイオス先輩だ。

 おとり捜査をするつもりはないが、同じ手が使えると思ったのだ。あの双子の時と。ケイオス先輩には是非ともベルを襲ってもらって、そこを取り押さえる、これがガリオンの考える中で一番手っ取り早く確実な犯人確保の手段だった。

 このとき重要なことを見落としさえしなければ、ガリオンはこれが一番確実だなんて言っていられなかったのだが、それは後ほど後悔することになる。






 

 ―――時は数日後、あえてベルを教室に呼び出したまま、1時間放置した。もちろん、その様子をそばでそっと見守っていた。ミドリに頼んで魔術で結界を張ってもらい、人払いもし、更に監視もしてもらっている。当分ミドリにお昼ご飯の後のデザートをたかられることになっていて、懐が寂しいことはベルには内緒にしておこう。

 ともあれ、これがガリオンの予想通りの動機と行動を持ってやっている犯行ならば、ケイオス先輩が必ずやってくるはずだった。

 壁越しの隣の教室でミドリと二人、ひそひそと話をする。

 ミドリにはばっちり隣の様子が見え、聞こえているようだった。こういう探査や結界魔法はミドリの最も得意とする魔法。今回それにすがった形にはなったものの、ミドリを通じてベルの安全を確保できるのは何よりありがたかった。

「今、ちょうど廊下からケイオス先輩が教室に入ってきたよ」

「…マジか」

 当たりたくなかった、とガリオンは思う。本当は自分の推理なんて当たってほしくなかった。そんな人じゃないと思いたくなかったから。

 でも予想が当たってしまった以上はやることはやらねばなるまいと、気持ちを切り替える。

「ミドリ、中はどうなってる?」

「今、ベルさんが何事かとまくし立ててるけど、それを抑え込んでるね。ケイオス先輩見た目に反して割と肉体派だったみたいだ。ベルさんを軽々抑え込んでる」

 できることなら今すぐに助けに行きたいガリオンだったが、抑え込んでいるだけでは今回の連続毒物殺人事件の犯人としては証明できない。まだ、毒物を使用していないからだ。

 持っていない、使っていない、などと言ってシラを切られたら終わりだ。最悪、窓の外にほって投げられても悪い。使ってもらわなくては困る。

「ミドリ、今は?!」

「…ちょっと待って。今、口に無理やり入れた…と思う!」

「突入する!」

 隣の教室から出て、ベルとケイオスのいる教室のドアを開ける。ドアをがんっと音がするほど大きく音を立てて開けると、虚ろな目をしたベルが横たわり、逃げようとしていたのかケイオスが立ち、毒薬が入ってたと思われるビンを持っていた。

「ミドリ、ケイオス先輩の確保頼んだ!」

「ぼくそういう魔術得意じゃないんだけど…!もー…≪飾らぬ手 縛らぬ呵責 責めぬは水の虚≫」

 ミドリが呪文を手早く唱えると、教室を出ようと走り始めたケイオス先輩の手と足を魔白い蔦のようなものが縛りつけ、きゅっとリボン結びにした。

 ガリオンは虚ろな目をしたベルに、状況がフォリオと同じではないことを感じて、でも同じことをするしかないと思い、一先ずは同じように水を口移しで与えては吐き出した。

けれども、水は一向に色に染まらない。何度か繰り返したが色が付かない。毒が既に体に吸収されてしまっているのだ。本当ならば色がついて、だんだんそれが薄まっていけば、フォリオと同じように解毒できるはずなのに。

どんどん青ざめていくベルになす術のないガリオンが、思わずミドリに声を荒げる。

「ミドリ、ヴァレリエは毒に耐性があるんじゃなかったか?!」

「そうだよ!だから5分も持ったんじゃないか」

「…?え、5分しか持たなかったんじゃ…」

 ミドリはバカなの?!と言いたげにガリオンを指差す。

「あのね、君と、人間と違ってぼくらは耐性があるから5分も毒に対して保つことができたの。だから、フォリオだっけ?彼は助かったの。でも、彼女は違うよ!」

「…え?」

「彼女“人間”でしょ?!5分も持つはずないじゃない!早く医療棟へ連れて行って!助からないかもしれない!」







 ガリオンはその言葉に走り出した。彼女を抱き上げ、医療棟とまっすぐ。

 背にミドリの「知らずに彼女を囮にしたの?!バカなの?!」という罵声が聞こえる。そうかもしれない、バカなのかもしれない。とガリオンは内省をものすごくしていた。もう、一生でこれ以上あるかないかっていうほどに。

 彼女の言葉を簡単に信じすぎてしまった。彼女が自分で「ヴァレリエ」だなんて言うから、それを本気にした。ああ、確かめればよかったんだ。マリィにでも、理事長にでも。確かめる機会はいくらでもあったのに。

 医療棟に飛び込んだガリオンは緊急用の魔術結界が張ってある医療チームの部屋へ飛び込んだ。

「すみません、急患です。例の毒を飲んでしまった…人間です!」

「に、人間があの毒を?!フォリオ君でもしばらく治癒にかかっているのに、彼女は生きているのかい?!」

「兎も角、診てくれませんか?!」

「わかった、こっちへ」

 すぐさま医療チームが集められ、彼女に魔術的な毒の治癒が行われる。医療チームのひとりがすぐにガリオンのところにやってきた。

「人間とは思えないが、まだ保っている。が、ギリギリだ。もう死んでもおかしくない。だが…」

「…先生?」

「これ以上、魔力での治癒に毒の進行が追い付かない。我々ヴァレリエならば毒の進行が遅いため、魔力の治癒を続けていれば毒を完全に消せるが、彼女は人間だ。毒の方が進行が早く、魔力が毒を消すより早く毒が優ってしまうだろう」

 それはつまり、彼女がこのまま目の前で死ぬ―――ということだ。

「他にここでできる手段はないんですか、何か…!」

「残念だが、人間の街に行けば何か技術はあるのかもしれないが…ここではこれが精一杯だ」

 どうしよう…彼女が消えるなんて。ガリオンは後悔の念だけが、絶望が押し寄せてくるような感がしていた。

 やっと手に入れたと思っていたのに。やっと取り戻せたと思っていたのに。―――やっと?何が、やっと?






「仕方ない、私が知恵をひとつ貸そうではないか」






 そこに降って湧いたのは、やはり黒衣のあの大魔女だった。

 場は騒めき、けれどガリオンと大魔女の間だけは静寂が訪れていた。

「可愛いいとし子、君の心が絶望に堕ちてしまう前に。君にしかできない技を教えよう。いや、君と彼女にしかできない、技を」

「それが、できれば。ベルは助かりますか?」

「助かるとも。確約しよう。繰魔女ではないが、これについては私は確約しよう」

 つるりとした手でほほを撫でられ、つい、と魔力結界を大魔女は左手の指一本で消してしまった。

「児戯な結界は不要。医療チーム、下がれ。ここに膨大な魔力負荷がかかる。許可が出るまで立ち寄るなと通達を出せ」

「は、はい。理事長」

 大魔女は来た時と同じようにふわふわと浮いてベルのそばに行く。冷たくなりそうなベルの手を取ると、ちょっと悲しそうな顔をしているような気がした。いや、黒布で顔は伏せられているから見えないのだけれど。

 ガリオンは導かれるままに、ベルの隣に座る。

「ベルと手を繋いで、魔力を解放せよ。魔力の解放の後押しは私がしてやろう」

「でもそれじゃあ、ベルが…」

 ふっとんでしまう、あの木端微塵になった魔力測定の時の石みたいに。

「魔力の暴走を懸念していると思うが、君と彼女ではそうはならない。やればわかる。時間がない、やるんだ、ガリオン1年生」

「は、はいっ…!」

 そうだ、ぐずぐずしていたらベルの命がなくなってしまう。

 木端微塵でなくなってしまうのか、毒によってなくなってしまうのか、それは違いがあるけれど。それでもガリオンはこの力で助けられるのであれば、助けたかった。

 室内が黄金色に染まる。けれど、ベルの方からも銀色が微かに漏れ出る。まるで共鳴するように波紋が室内を包み込む。それに耐えきれなくなり、ガリオンはベルに重なるようにして倒れ込んだ。

 大魔女はぽつりと呟いた。

「いとし子よ、夢見の時間だ」







 目覚めたのは白い花の降りしきる小さな丘。

 ガリオンはさっきまで医療棟にいたはずなのに、と思いながらも、ここは見知った場所だと思った。なぜかはわからない。頭痛がする。

 俺はどうしてここにいるんだろう、やっと会えたのに。―――やっと会えた、誰に?

 そうだやっと会えたんだ、夢の中でずっと泣きそうな笑みを浮かべていた人に。泣きわめく俺に対していつも笑みを浮かべて、さよならを言った彼女に。

 後ろにいる、彼女に。

「―――ベル、やっと会えた」

 さよならなんて何で言ったのか、偽名や人間でないなんて嘘まで使って隠れてここに住んで。さよならなんてしなくても2人で居られたのに。

 後ろを振り向くと、泣きそうになっているベルがいた。蒼白の空にそれは目に居たかった。

「何で、思い出すの…バカ」

「双子なんだ、忘れられるわけないだろう。ずっと、探してた」

 さよならの魔法、小さな彼女がやっと出来た『さよならの魔法』。2人の思い出を消し去る魔法。それをやってのけ、彼女はガリオンの元を去った。そしてガリオンは1人で生きてきた。

 でもその『さよならの魔法』は不完全だった。ガリオンはずっと夢に見ていたのだから。その『さよならの魔法』がかけられたときのことを。

 あまりに力が強すぎて2人でいることでしか力が使えなかった2人。黄金色100%のガリオンと銀色100%のベル。鐘の名前の双子はあまりに力が強すぎて、あまりに近すぎた。しかし、それ故にお互いがお互いの制御でもあった。

でもそれじゃいけないと思ったのはベル。依存してはいけない、自立しなければと。記憶さえなければ、ガリオンは1人で生きていける。きっと大丈夫だと思って。

「わかってるの、ガリオン?一緒にいたっていいことはない。幼い頃とは違うし、この力を妬む人だって一杯いるわ。幼い頃だって散々だったのに、私と一緒にいても…!」

「そういうことを聞いているんじゃないんだ、ベル。あの時、あの選択しかしなかった…いやベルに選択を押し付けた俺も悪かったんだ。でも、もう押し付けたりしない。2人で決めよう。2人で考えよう。2人一緒なら大丈夫だ」

 過去、白い花が舞う丘で、さよならを言ったはずなのに。2人は今、見つめ合っていた。それがどれだけ尊いことか知っているのは、大魔女だけ。

「俺はもう泣き虫じゃない」

「知ってるわ」

「スラムから1人でここまで迎えにきたよ、ベル」

「うん」

 ベルは言葉を返すだけで、降りてはこなかった。けれど。






 ―――ずっと丘の一番上に立っていたベルが、少しづつ降りてくる。まるで臆病な子猫のように。そして、ぽすりとガリオンに抱き付く。

「…ごめん、なさい。置いてきぼりにして」

「うん」

「『さよならの魔法』も、ごめんなさい」

「うん、あれは結構つらかった」

「あと…」

「もういいよ。もう一緒に居られる。もう思い出したんだから、大丈夫」

 ほっと息をついたガリオンだったが、そういえばここはどこだろう?とやっと首をかしげる。

「ベル、ここって…」

「たぶん、深層心理とかだと思う。大魔女<TopSecret>がやってくれたんだと思う。私、ヴァレリエの戸籍と一緒にお願いしたの。もし、本当にもし、ガリオンがここへたどり着いて、私を思い出したら、この丘を創ってほしいって」

 子供のころ、ずっと一緒に遊んで魔法の勉強も一緒にしていた丘。もう戦争で焼けてしまってなくなってしまったけれど、思い出の丘。白い花と大きな木、それだけで思い出せる小さな頃の得難い思い出。

「そっかじゃあ、起きればたぶん出られるんだな」

「たぶん」

 ことも無げにベルは言った。

「ベル、怖くないのか。毒にやられて、今俺が力使って延命してる状態なんだぞ」

「全然。昔はずっとガリオンの触媒だったから、気にならないわ」

 そういえばそうだった。昔はずっと力を使うのは自分で、コントロールを彼女に任せていたのだった。

 エーディヒ先生が言っていた通りだった。双子の妹が触媒だったのなら、そりゃあ適合もするだろう。

 ガリオンはベルを抱きしめたまま目を閉じる。そうして世界は暗転した。







「お帰り―――双子の人間、私のいとし子のふたり」

 その大魔女の声だけがして、ガリオンは意識がふっと覚めるのを感じた。けれど、あまりに怒涛の展開が連続だったためか、そのまま意識をもう一度手放した。

「…落ちてしまったか。まあ良い。ベルも助かったようだし、私はお暇しようか」

 2人の預かり知らぬところで大魔女はくすりと笑い、また出てきたときと同じように宙から消えた。








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